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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
六章 ユスタッシュの帰還

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第52話 ハリオットの呼びだし2



「なんで女ってやつは、初めての男の言いなりになるんだろう?」


 サラエラの悲鳴はふさがれた手のなかに消える。ふいに草むらに押したおされ、抱きすくめられる。十四の少女の抵抗は、たくましい青年に対して、まったく役に立たなかった。全力であばれても、ふさがれていた口がやっと自由になっただけだ。


「誰か——誰か、助けて!」


 しかし、その口はふたたびふさがれる。サラエラが泣きながらあきらめかけていたときだ。


「なぐられないうちに離れたほうがいい」


 二人の背後から急に声がした。ハリオットがふりむいたので、肩ごしに、サラエラはその人が見えた。ユスタッシュだ。乗馬用の正装をして、長いマントをつけている。


「女の悲鳴が聞こえたから来てみれば、まさか従兄弟が少女に乱暴しようとしているとは」


 ハリオットはカッとしたようだ。


「あなたもしたことだ。他人をとやかく言う前に、自分の過去を悔いるがいい」

「なんのことだ?」


 むろん、ユスタッシュは身におぼえがない。首をかしげるので、ますますハリオットは激昂げっこうする。


「決闘だ! あなたに決闘を申しこむ。四日後の槍駆けで、どっちが勝つか決着をつけよう」


 一方的に言いはなって去っていった。


「妙なやつだな。そもそも、槍駆けまで二人とも残る保証もないのに」


 言いつつ、ユスタッシュはサラエラに手を貸して立ちあがらせる。


「大事はありませんでしたか?」

「ええ……」


 ちょっと衣服は乱れたが何事もなかった。それでも恐ろしさにふるえているサラエラを見て、ユスタッシュは手をひいたまま、木立の外れまでつれてきてくれる。


「ここからなら、もう安心だろう。人目がある」


 おだやかな微笑を見て、サラエラは頬が赤らむのを自分でも感じた。


(イヤだわ。このかたは、うちの姫さまを侮辱して泣かせたかたよ。わたしったら、どうしたの?)


 ユスタッシュはサラエラがルビーの侍女だと気づいていないらしい。それでも助けてくれたのは、純粋に助けを求める女をほっておけなかったのだろう。身分の上下に関係なく優しいのだ。サラエラの服装は令嬢のそれではないし。


 立ちどまって考えこむサラエラを、ユスタッシュはまだ怖がっていると思ったようだ。


「ほんとにすまなかった。従兄弟があのような無礼を。あなたの主人はどこにいるのだ? そこまで送っていこう」

「いえ、大丈夫です」


 ルビーの前につれていったら、それはそれで、もめごとになるかもしれない。少なくともルビーはいい気持ちではないだろうと、サラエラは考えた。


「それより、わたしのせいで決闘などと、申しわけありません」

「あれはむこうが勝手に言っているのだ。私が少女に乱暴したとか、おかしな言いがかりをしていたし」

「ハリオットさまは勘違いなさっておられるのです。以前の湖礼祭の夜、侯爵さまがうちの姫さまに乱暴をなさったのだと……」

「うちの姫? 湖礼祭で……」


 ユスタッシュはまじまじとサラエラを見つめ、ようやく気づいたようだ。


「あなたはルビーの侍女か」

「はい」


 ユスタッシュの端正なおもてがくもる。


「あの湖礼祭のときのことですか?」

「はい」

「まさか、ウワサになってやしないでしょうね?」

「いいえ。ハリオットさまお一人がそう思っていらっしゃるだけです」


 とたんに、ユスタッシュの口から安堵の吐息がもれる。


「そんなウワサが立っていたら、どうやってもおわびできないところだった」


 ルビーの体面を気づかっている。そのおもてに浮かぶ真剣な表情に、サラエラはドキリとした。


 いっしょうけんめいやってるのに、なぜか、うまくいかない。残念な美青年——


 サラエラのタイプどまんなかの人が目の前に立っている。


 あずまやの近くまで来て、ユスタッシュは微笑んだ。


「さあ、お行きなさい。これからは気をつけて」


 ルビーの前へは出ないつもりだ。恩着せがましく見られるのが苦手なのだろう。


 手をふって去っていくユスタッシュを、サラエラは見つめた。


「ラ・マン侯爵……ユスタッシュさま」


 知らず知らず、その名をつぶやいて。

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