第52話 ハリオットの呼びだし2
「なんで女ってやつは、初めての男の言いなりになるんだろう?」
サラエラの悲鳴はふさがれた手のなかに消える。ふいに草むらに押したおされ、抱きすくめられる。十四の少女の抵抗は、たくましい青年に対して、まったく役に立たなかった。全力であばれても、ふさがれていた口がやっと自由になっただけだ。
「誰か——誰か、助けて!」
しかし、その口はふたたびふさがれる。サラエラが泣きながらあきらめかけていたときだ。
「なぐられないうちに離れたほうがいい」
二人の背後から急に声がした。ハリオットがふりむいたので、肩ごしに、サラエラはその人が見えた。ユスタッシュだ。乗馬用の正装をして、長いマントをつけている。
「女の悲鳴が聞こえたから来てみれば、まさか従兄弟が少女に乱暴しようとしているとは」
ハリオットはカッとしたようだ。
「あなたもしたことだ。他人をとやかく言う前に、自分の過去を悔いるがいい」
「なんのことだ?」
むろん、ユスタッシュは身におぼえがない。首をかしげるので、ますますハリオットは激昂する。
「決闘だ! あなたに決闘を申しこむ。四日後の槍駆けで、どっちが勝つか決着をつけよう」
一方的に言いはなって去っていった。
「妙なやつだな。そもそも、槍駆けまで二人とも残る保証もないのに」
言いつつ、ユスタッシュはサラエラに手を貸して立ちあがらせる。
「大事はありませんでしたか?」
「ええ……」
ちょっと衣服は乱れたが何事もなかった。それでも恐ろしさにふるえているサラエラを見て、ユスタッシュは手をひいたまま、木立の外れまでつれてきてくれる。
「ここからなら、もう安心だろう。人目がある」
おだやかな微笑を見て、サラエラは頬が赤らむのを自分でも感じた。
(イヤだわ。このかたは、うちの姫さまを侮辱して泣かせたかたよ。わたしったら、どうしたの?)
ユスタッシュはサラエラがルビーの侍女だと気づいていないらしい。それでも助けてくれたのは、純粋に助けを求める女をほっておけなかったのだろう。身分の上下に関係なく優しいのだ。サラエラの服装は令嬢のそれではないし。
立ちどまって考えこむサラエラを、ユスタッシュはまだ怖がっていると思ったようだ。
「ほんとにすまなかった。従兄弟があのような無礼を。あなたの主人はどこにいるのだ? そこまで送っていこう」
「いえ、大丈夫です」
ルビーの前につれていったら、それはそれで、もめごとになるかもしれない。少なくともルビーはいい気持ちではないだろうと、サラエラは考えた。
「それより、わたしのせいで決闘などと、申しわけありません」
「あれはむこうが勝手に言っているのだ。私が少女に乱暴したとか、おかしな言いがかりをしていたし」
「ハリオットさまは勘違いなさっておられるのです。以前の湖礼祭の夜、侯爵さまがうちの姫さまに乱暴をなさったのだと……」
「うちの姫? 湖礼祭で……」
ユスタッシュはまじまじとサラエラを見つめ、ようやく気づいたようだ。
「あなたはルビーの侍女か」
「はい」
ユスタッシュの端正なおもてがくもる。
「あの湖礼祭のときのことですか?」
「はい」
「まさか、ウワサになってやしないでしょうね?」
「いいえ。ハリオットさまお一人がそう思っていらっしゃるだけです」
とたんに、ユスタッシュの口から安堵の吐息がもれる。
「そんなウワサが立っていたら、どうやってもおわびできないところだった」
ルビーの体面を気づかっている。そのおもてに浮かぶ真剣な表情に、サラエラはドキリとした。
いっしょうけんめいやってるのに、なぜか、うまくいかない。残念な美青年——
サラエラのタイプどまんなかの人が目の前に立っている。
あずまやの近くまで来て、ユスタッシュは微笑んだ。
「さあ、お行きなさい。これからは気をつけて」
ルビーの前へは出ないつもりだ。恩着せがましく見られるのが苦手なのだろう。
手をふって去っていくユスタッシュを、サラエラは見つめた。
「ラ・マン侯爵……ユスタッシュさま」
知らず知らず、その名をつぶやいて。




