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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
六章 ユスタッシュの帰還

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第50話 馬術大会の女神



 砂の年、太陰の月。

 先代皇帝の国喪があけるやいなや、新皇帝の戴冠たいかん式が盛大にもよおされた。ヒース皇子の根気に負けて、イルーシャ皇女が彼の求婚を受けいれたのだ。皇位継承権第一位のイルーシャ皇女が女帝にむかない性格だったので、皇位は夫となったヒース皇子にたくされた。


 馬術大会はもともと年に一度おこなわれるのだが、新皇帝の列席する初めての御前大会として、初日からおおいに盛りあがりを見せていた。


 宮殿内の敷地のうち、狩りと武術の神であるヴィサラ神の神殿の近くに闘技場があった。コースを観客席が円形にかこむコロシアムだ。


 その闘技場のとなりに貴賓きひんのためのひかえ室があり、ルビーはサラエラと二人でそこにいる。柱のあいだから見える青空をぼんやりながめながら、大会が始まるのを待っている。


 始まり前から大勢のざわめきや馬のいななきが聞こえ、闘技場の熱気と緊張感が伝わってくる。


 この闘技場は貴族しか入れない。身分に関係なく誰でも自由に入れる賭博を目的とする闘技場は街なかに別にある。

 そのため、ふだんは選手とその家族、寮生活で退屈をもてあましている騎士学校の生徒、もともと武術が大好きな偏屈くらいしか集まらない。しかし、今日は新皇帝の顔を見ようと、ユライナじゅうの貴族という貴族が見物に来ていた。


 また、前年まで略式だったのを新皇帝が憂いたため、今年は長年とりやめられていた荒馬乗りなども復活させ、五日がかりで開催される。貴族の子弟ばかりでなく、兵士や市民の出場もゆるされた。


 一日めの今日は予選だ。いつもは地味なくせに意外に難しいので、省略されていた障害物競走である。広場に設置された障害をすべてクリアして完走した者だけが予選通過となる。競走といっても完走さえすればいいので、速さは関係ない。


 ルビーはこの大会の女神に選ばれていた。最終日、優勝者に勝利の祝福をあたえる役目だ。ゆえに、ずっと新皇帝とならんで大会を見物していなければならない。むしろ、自分が出たいルビーにとって、この立場は嬉しいような悲しいような。


「まあ、いいわ。一番よく見える賓客席で大会を楽しめるものね。わたし、シャンテお姉さまを応援するから」

「伯爵さまは大丈夫でしょうか?」

「お父さまのことだから、どうせ最初のバーでひっかかってころぶに決まってるわ」

「まあ、姫さまったら、しんらつ」


 サラエラと笑っていると、ルビーたちのひかえるあずまやに、母のヒルダがやってきた。


「聞こえたわよ。ルビーったら、いくらなんでもヒドイんじゃないの? お父さまだって、馬くらい人なみに乗れますよ」と言いつつ、出場者の行列に参列して、クレメントがこの場に来ていないことを、ヒルダは心ひそかに喜んでいた。もちろん、クレメントの心の平和のためにだ。


「だって、お母さま。去年なんて、お父さま、障害も何もない速駆けで、急に馬が逆走したじゃない? 陛下の前で、あんまり恥をかかせないでほしいのよね」

「ま、まあ……今年は大丈夫よ。きっと」

「だといいけど」


 笑いあっているところへ、あずまやの外から声をかけられた。


「リ・ドニイ伯爵令嬢さまにお文が届いております」


 女官が手紙を持って現れる。ルビーはため息をついた。


「どうせハリーよ。ほらね」


 ヒルダが首をかしげた。

「変ね。この前まで、ハリオットはしょっちゅう、うちに来てたくせに。なんで手紙なの? 彼も大会に出場するのでしょ? 会場にいるのなら、たずねてくればいいのに」

「……」


 じつは、ルビーはハリオットと絶交しているのだ。絶交だなんて子どもみたいだが、事実、そうなのだ。


 去年の風の月、ルビーは十四になった。ハリオットは十八だ。もはや少年ではなく、一人前の若者である。

 子どものころからルビーひとすじのハリオットは、当然、ことあるごとに求婚しようとした。そもそも、デビューの初日にユスタッシュが求婚したせいで、これまでにもかなりの数の貴公子からプロポーズをされていた。


 しかし、ルビーにはその気がない。ウンザリして、シャンテの部屋へ逃亡しているほどだ。まだ結婚したいとは、まったく思ってもいない。


 それで、いつもはぐらかしていたら、業を煮やしたハリオットが、二人きりのときにいきなり実力行使におよぼうとしたのだ。ルビーは手近な花瓶でハリオットの頭を……なぐりまではしなかったものの、とりあえず水をぶっかけてビショビショにしてやった。


「あなたとは絶交よ。今度こんなことしたら、シャンテお姉さまに教わった痴漢撃退法をしちゃいますからね」

「ど、どうするんです?」

「こうするのよ」


 ルビーが足を伸ばして、男性の急所をけりとばそうとすると、あわててハリオットは逃げさった。


 それが二ヶ月ほど前。以来、ハリオットは毎日のように謝罪の手紙を送ってくるのだ。ルビーは一通も読んでなかったが。


「ハリーなんて、とうぶん頭を冷やしていればいいのよ。こんなの無視すればいいわ」


 ルビーは言ったものの、事情を知っているサラエラが忠言する。


「姫さま。もうこれで百通にはなります。外で待っているから来てくれと書いてありますわ。そろそろ、ゆるしてさしあげては?」


 ルビーは勝利の女神のシンボル銀細工の乗馬のムチを、とがらせた唇と鼻ではさむ。銀細工といっても、なかは空洞の透かし編みなので、とてもかるいのだ。子どものころからの彼女のこのクセは健在だ。


「ハリーはああ見えて、けっこう狡猾こうかつなのよねぇ。謝罪したい気持ちはあるんでしょうけど、どのくらい謝れば、わたしがゆるす気になるのか、計算してるんだと思うわ」

「さようでございますか?」

「ハリーはクルエルの叔父さま似だから。計算高いくせにロマンチストなのよ」

「ルビーったら、うまいこと言うわね」


 母のヒルダはコロコロ笑った。が、サラエラはやはり気になるようす。


「わたくし、ひとことお断りしてきます。大会があるのに、ずっとお待たせするのは申しわけないですもの」

「あら、いいのに」


 ルビーが言ったときには、サラエラはかけだしていた。

アイリス異世界ファンタジー〆切前にできていなかった推敲は、いちおう終わりました。かなりの誤字脱字は修正できたと思います。

今後は推敲したものをアップしていきます。


2023/09/22

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