第49話 危険な近道
フォンナがエルニルーク城に到着したとき、わずかの差でユスタッシュは出ていったばかりだった。
「たったいまですって? どこへ行ったの?」
「行くさきは聞いておりません。方々をまわるとおっしゃられて」
「いつ帰るの?」
「それも、あいにく」
「どこへ行って、いつ帰ってくるかわからないですって? おまえ、それでちゃんとした家来なの? ヒドイわ。お兄さまったら、わたしにあいさつもせずに旅に出るなんて。わたしたちの結婚はどうなったのよ?」
エランは主人をかばって、ただひたすら謝罪と弁明をつらねる。そのうち、フォンナのほうがあきらめた。
「いいわよ。わたくし、しばらく、ここで待ちますから」
「しばらくというと?」
「お兄さまがお帰りになるまでよ!」
だが、ひと月たっても、ふた月すぎても、ユスタッシュは帰らなかった。さすがに退屈して、フォンナは皇都の生家へ帰った。
ユライナは国喪のため、どの店も門戸を閉ざし、大通りに人気はない。いつもは広場を埋めつくしている大道芸人や露店も姿を消し、墓前にそなえる花売りがチラホラ見えるのみ。
それでもやはり都は都で、ガラバ帝の偉業をたたえるお芝居が劇場で夜遅くまでおこなわれ、貴族や富豪の家にはレクイエムを奏でる楽士が招かれた。
女たちは尼僧スタイルと称する白と紺色の服装で、おしゃれを楽しんだ。
ユライナへ帰ったフォンナもさっそく観劇だ。
「すっかり遅くなってしまったわ。真っ暗よ」
「最後まで見ると言ったのは、フォンナ。あなたじゃない」
「だって、ひさしぶりのお芝居だったんですもの」
最終幕がひけて、帰っていく人々の混雑から、フォンナは姉姫たちとともに迎えの馬車へ乗りこむ。
「それにやっぱり、グランソワールはハンサムよね。役者のなかでは一番だわ」
「フォンナ。わたしたちは役者を見に来ているのではないのよ。陛下をしのぶためですからね」
「お姉さまったら、かたくるしいんだから」
長女のアンリエットにたしなめられても、フォンナはまったく意に介していない。
アンリエットはクルエル公爵の娘のなかでは一番の美人だ。髪は黒いがユスタッシュに似ている。いや、ユスタッシュよりも、彼の母ユミオンに似ている。
フォンナたちが乗りこんでも、馬車はなかなか走らない。観劇後はいつもこうだ。近くに貴族の屋敷が多いので混むのである。
「サワンや。だいぶ混んでいるの?」
馬車の小窓をあけて、アンリエットが御者にたずねる。
「はい。姫さま。このぶんでは、しばらく待つ必要がございましょう」
「わかりました」
ユイラの治安は世界一とはいえ、夜ともなれば、まったく危険がないわけではない。街灯の明るい安全な大通りは皆が通るので、なおさらに混雑する。
すると、今度は反対側の窓をあけて、フォンナが命じる。
「よこ道に入っておしまいなさい。そのほうが早いわ」
「しかし……」
「わたしの言うことが聞けないの?」
フォンナの声はつい大きくなる。
歩道を歩いていた酔っぱらいが、その声にひかれてふりかえった。街灯に照らされたフォンナのおもてを見て、ハッと立ちどまる。さらには、あわてて街灯から遠のき、姿を隠す。
フォンナは気づきもしなかった。いや、気づいても、それが誰かなんてわからなかっただろう。彼を注意して見たこともないし、ずいぶん落ちぶれていたから。
それは、レニードだ。ユスタッシュに追放されて、行くあてもなくさまようセブリナの兄だ。
街灯のない真っ暗な脇道に入っていく公爵家の馬車を、レニードはじっと見送った。




