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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
六章 ユスタッシュの帰還

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第48話 皇帝陛下の崩御



 その年の不幸はラ・マン侯爵家のみではなかった。

 父ザニーシャ帝より帝位を継ぎ、三十余年在位していたガラバ帝がみまかったのだ。太陰の月、ヴィサラ旬の八日だ。享年七十二歳。いささか疑問の残る死だった。


 ひと月の国葬を終え、現在は星の月、ヴィサラ旬十日。ユスタッシュのもとへエルタルーサがたずねてきた。以前と同じ滝裏の洞窟だ。


「やあ、またここにいたね」

「世の無常を考えていた。私がブラゴールへ行ったときには、お元気でいらした陛下リオルが、急にご崩御ほうぎょとは。まさかのエニティさままで」

「泣きくずれるイルーシャさまのお姿が哀れだったな」


 イルーシャ皇女はガラバ帝の末子だ。ガラバ帝ゆいいつの未婚の皇女になる。


「皇太子殿下と私は同い年だったのだぞ。私はさほど親しくしていただいたわけではないが、それでも、第一校ではクラスメイトだったし、いつもおだやかな笑みを皆になげかけてくださる、春の陽光のようなおかただった。ほんとに残念でならない」


 とうとうとユスタッシュが語るのに、エルタルーサは考えこんでいる。

 ユスタッシュは続ける。


「エニティさまは人望をお持ちだった。いつまでも、このおかたのそばにいたいと思わせる。あのおかたが次の皇帝陛下になられるならば、わが国は安泰だと思っていたものだが」

「そう考えぬ者はなかっただろう」

「エニティさまがお亡くなりだと、跡目はもめるな。アルメラ公にご降嫁なさったシビル皇女のご嫡男、アルト皇子か、ガラバさまの亡きご令弟のご子息ゼキア皇子さまが妥当と思われるが。イルーシャさまはかよわい姫君だからな」


 エルタルーサは嘆息する。


「ターシュ。君は二年も国を留守にしていたから、何も知らないのだな」


 子どものころの愛称で呼び、妙に優しくささやく。


「ヒース皇子が何年も前から、イルーシャ皇女に求婚なさっている。おそらく、ヒース皇子が帝位につくだろう」

「兄上のゼキアさまをさしおいてか?」

「あくまで皇位継承権第一位はイルーシャさまだ。未婚の直系の皇女なのだから。ならば、姫の伴侶が帝位につくのが自然だろう。アルト皇子はイルーシャさまの夫には年が若すぎる。ゼキアさまにはすでに正妃のフェミアさまがいらっしゃる。フェミアさまはアルメラ公のご息女。離縁になれば、シビアさまが黙ってはおられぬぞ」


 つまり、ちょうど年のつりあうのがヒース皇子しかいないのだ。しかし、ユスタッシュはヒース皇子をあまり好いていなかった。


「ヒースさまか。あのかたは、どうも苦手だ。頭も切れるし、如才がない。政治的な手腕は充分すぎるだろう。対外的に見れば、素晴らしい帝になられる。だが……」


 ユスタッシュが口をつぐむと、エルタルーサは皮肉に笑った。


「ハッキリ言わないのは皇室への敬意か? ヒースさまは冷酷な蛇だと言えばいいんだ」

「エル」


 ユスタッシュはとがめたが、エルタルーサは肩をすくめる。


「我らエニティさま親衛隊にしてみれば、ぐちも言いたくなるさ。いいか? 何年も前から求婚していらしたんだぞ? つまり、陛下がなかなか承諾されなかったんだ。ヒースさまのお人柄を疑問に感じていらしたのだろう」

「なるほどな。いっそ、イルーシャさまにお好きなかたがいれば、臣下でもかまわない。ご成婚なさればいい」

「おとなしいおかただからな。ヒースさまの求婚をふりきってまで、ご自身の意思を通そうとはなさらないだろう」


 このときはただ、自国の行く末について嘆くだけだった。他意はなかったのだ。ヒース皇子が皇帝になることで、自身にどれほど大きな影響をおよぼすか、まだユスタッシュは知らなかったから……。


「エニティさまにお子があれば、こうはならなかったのにな」というと、エルタルーサはからかい顔になった。


「そういう君はどうなんだ? やっぱり、フォンナと結婚するのか?」

「……」


 レニードを追いだした後始末はキレイにすんだ。エランやニコルを呼びもどすと、ヒマをとっていたもともとの小間使いたちが帰ってきた。書きかえられた書類は破棄。たまっていた雑事もほとんどはエランがすましてくれた。セブリナは皇都の屋敷へ移り住み、ときおりエルヴェがたずねていく。


 だから、本来なら、約束どおり、フォンナとの結婚式にむけて支度をし始めるべきだ。わかってはいるのだが。


(五年のつもりでいたからな。急には、ふんぎりが……)


 どっちみち、一年は国喪期間だ。華やかな祝いごとはひかえなければならない。それを言いわけに、ユスタッシュには考えがあった。


「私はしばらく旅に出る。領内がよく治っているか見まわろうと思う。このさいだから、小さな村々まで行ってみたい」

「フォンナの襲撃から逃がれるために?」

「まあ、そうだ。結婚前の最後の気晴らしに」


 エルタルーサはパチンと指を鳴らす。


「いいね。私も行こう」

「ほんとに?」

「そうと決まれば、急いだほうがいいね。私はユライナの港でフォンナ嬢を見たのだがね?」

「それはいけない」


 大あわてでエルニルーク城へ帰り、必要最低限の荷物をまとめる。

 リード、北空の一星号の乗組員でもある騎士ランザニック、小姓のマールをつれて五人旅だ。


 フォンナとはきわどく、ひと足違いだった。

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