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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
六章 ユスタッシュの帰還

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第47話 一杯のヴィナ酒



 一階のエントランスホール。真夜中だというのに、たくさんの灯火がかかげられ、真昼のように明るい。大勢の召使いが起きてきて見守っている。

 このホールにエルニルーク城の刑吏の声が響いていた。


「三十九、四十! 四十一、四十二——」


 刑吏は数えながら手にしたムチをふりあげ、レニードの背中を打ちつける。そのたびにレニードの口から悲鳴があがった。


「九十六、九十七、九十九、百!」


 百をこえたあたりで、悲鳴も聞こえなくなった。ときどき、うめき声がもれ聞こえ、やがてレニードは気絶した。


「ユスタッシュさま。失神いたしました」

「うむ。ご苦労」


 椅子に座してこのようすを見ていたユスタッシュは、冷酷に言いはなつ。


「案外しぶとかったな」


 いったい誰がこんなユスタッシュを想像できただろうか?

 彼をよく知る者ほど、ユスタッシュは残酷なことなどできない物静かな男だと思っていたはずだ。

 それがレニードの誤算だ。ユスタッシュはまじめだけに、大切なものを守るためなら容赦はしない。


 エルニルーク城に戻ると、即座にレニードをとらえ、言いわけするいとまをあたえず、ムチをあびせた。


「ユスタッシュさま。この男をいかがいたしましょう? 謀反むほん人は斬首との決まりですが」


 そう言ったのは、エランがセ・クール砦にとばされたあと、一人でエルヴェを守ってきた兵士長ボルゴワールだ。彼がいなければ、エルニルーク城はもっと惨憺さんたんたる状態になっていただろう。


「こんな男を切っても剣がけがれるだけだ」

「しかし……」


 ボルゴワールはやはりこのおかたは甘いと言いたげな顔つきになった。

 だが、ユスタッシュは知っていたのだ。レニードにとって、ひと思いに殺されるより、もっとツライ罰を。


「金と権力に執着していた男が、一度手に入れたそれらを失う。殺されるより冷酷だ」


 水をかけレニードの目をさまさせるよう、ユスタッシュは刑吏に命じた。


「次におまえの顔を見たら、問答無用で斬首する。二度と私の領内に現れるな」


 ムチ打たれてボロボロになった服のまま、街路にすてさせた。きっと、どこかでのたれ死ぬだろう。

 兵士に両側からひきずられていくレニードを青くなって見送っているのは、彼がつれてきた女たちだ。


「さて、おまえたちは主人の留守に住みついた害虫だ。やつのようにムチで打たれたくなければ、今すぐ出ていけ!」


 表門を示すと、女たちは腰をぬかし、はうようにして逃げだしていった。


 最後にもう一つ、最大の問題が残っていた。セブリナの処遇だ。首謀者はレニードで、どうやらセブリナはだまされていただけらしい。だからといって、このまま何も罰をあたえずにすませるわけにはいかない。


 セブリナはホールのかたすみで、エルヴェとならんで立っていた。静かな表情で泣きもわめきもしない。


「ヴィナ酒を持ってきなさい」


 ユスタッシュはリードに命じ、まだ栓のあいていない酒瓶を運ばせる。自らの手でそれをあけると、グラスにそそぎ、飲みほした。

 そのようすをまわりにいる者すべてが沈黙で見守った。これから何かが始まると、誰もが理解していたからだ。


「義母上。私が今こうして酒を飲めるのは、ある友人のおかげです。あなたがたの送った刺客から私をかばって、彼は死んだ。まだ十五歳だったのに。私は彼をよみがえらせることができるなら、どんな犠牲をはらってもいい。だが、それは叶わない望みだ」


 ユスタッシュの声は静かなくらいだ。淡々として、むしろ無感情に聞こえる。

 語りながら、ユスタッシュはまたグラスに酒をそそいだ。だが、今度は飲まずに一包の薬をとりだすと、サラサラとそれをグラスにまぜた。


「義母上。一杯いかがですか?」


 すっとセブリナの顔面が白くなった。それは誰が見ても毒薬入りの酒だ。毒薬は高貴な女性を処刑するのに古来から使われてきた手法の一つである。


 セブリナは黙ってユスタッシュを見つめる。ユスタッシュは優しい口調で杯をさしだす。


「さあ、ひと思いに」


 セブリナはうなずいた。しっかりした足どりでふみだし、ユスタッシュの手からグラスを受けとる。


「母上、やめて!」


 叫んだのはエルヴェだ。セブリナに抱きつこうとして、リードたちにとめられる。すると今度はユスタッシュにしがみついた。


「お願い。兄上。母上をゆるしてください。伯父上に利用されてただけなんです。だまされてたんです。母上は悪くない!」


 涙を流してすがりつくエルヴェを、ユスタッシュはそっとひき離した。


「何か勘違いしているようだな。私は義母上に酒をすすめただけだ」

「だって、あれは——」


 子どものエルヴェにだってわかる。みなが見ている前で薬を入れ、それを謀反人に渡した。毒薬以外のなにものでもない。


「もういいのですよ。エルヴェ」


 割りこんだのはセブリナだ。エルヴェよりセブリナ自身のほうが落ちついている。


「お母さまがいけないの。何もかも責任はわたしにあります。だから、ユスタッシュさま。一つだけお願いがあります」

「なんですか?」

「エルヴェにだけは、おとがめなきよう、おはからい願います。この子にはなんの罪もありません」

「承知いたしました」


 セブリナのおもてに満足げな微笑が浮かぶ。


「これでやっと、殿のところへ行けるわ」

「母上!」


 セブリナはグラスに口をつけると、いっきに中身を飲みほした。戒めをとかれ、エルヴェが抱きついたときには、杯はカラだ。

 だが、数瞬たっても、セブリナに変化はおとずれない。


 ユスタッシュは苦いような顔でつぶやく。


「義母上。それはただの毒消しです。あなたがたに毒を盛られたときのために、キャランで買い、航海中ずっと飲んでいた残りだ」


 セブリナばかりか、エルヴェもボルゴワールも、まわりじゅうの者が目をみはる。


「ユスタッシュさま。なんで……?」

「あなたがたに城を追いだされたあと、ヘルディードは波止場で戻ってくるはずのない北空の一星号を待ち続けていた。そんなとき、小耳にはさんだのだそうだ。昨年の春ごろ、伯父上が何度もコリエンの実を買っていたと。コリエンは毒性は弱く、飲み続けても死にはしない。が、疲労感が強いので、重病にかかっている気分になるのだとか」

「去年の春……わたしの体調がすぐれなかったころ。あなたに毒を盛られているからだと、レニードが……」


 セブリナはよろめいた。ショックのあまり、まともに立っていられない。


「それを売った者もすでにわかっています。お望みなら、ここへつれてきます」


 セブリナは首をふった。


「いいえ。もうわかりました。レニードがわたしを利用するために、自分が毒を飲ませていながら、あなたのせいにしたのね。わたし、どうして信じてしまったの? あなたがそんなことする人でないと、もっと早く気づいていれば……」


 セブリナは床にくずれおちて泣きだす。


「だまされていたとはいえ、罪は罪。あなたをラ・マン侯爵家から除名します。エルヴェの母である権利を剥奪はくだつする。しかし、毒を飲む潔さに免じて、エルヴェのほうから面会へ行くことをゆるします」


 ユスタッシュはセブリナの手をとり、立ちあがらせた。そのとき、誰にも聞こえない小さな声で、そっとささやく。


「これで私たちのあいだにあったすべてを水に流しましょう」


 重い罪の十字架を、二人はようやくおろせたのだ。

ここで前半の山場、ラ・マン家のお家騒動は終わりです。

このあと、ラストにむけて馬術大会にからんだ波乱が待ち受けていますが、アイリス〆切前に投稿できるのはここまでになります。

三日間の連投にリアルタイムで追いかけてくださったかたがどれくらいいるのか、いないのか、わかりませんが、もしもいらっしゃったら、ありがとうございます。


今後は休日に打てたときだけ更新していきます。必ず完結まで持っていきますので、気長にお待ちいただければ嬉しいです。下書きはできてるので、あとは清書の時間があるかないかだけ。

とくに10月以降はリアルが忙しくなる可能性が大なので。

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