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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
六章 ユスタッシュの帰還

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第44話 帰ってきたユスタッシュ

ここから折り返し地点です。

残り半分。



 ユライナのラ・ベルモット邸は宮殿へ馬車で十五ミールとほど近い。しかも貴族屋敷の端なので、反対側は皇帝領の森や果樹園で、景色もよかった。


 エルタルーサが宮殿から帰ると、小サロンで妹のシャンテとルビーがお茶を飲んでいた。このごろ、よく見る光景だ。年はだいぶ離れているが、ルビーとシャンテはたいそう気があうらしい。


「ご機嫌よう。令嬢」

「機嫌よくもないのだけれど、ご機嫌よう」


 ルビーはため息をつきつつ答える。

 ルビーは十三歳になっていた。体つきも女らしくなり、女児というよりは少女だ。ため息をつくと、大人びたかげりすらかいまみえた。


「妹よ。ルビー嬢をうちに独占していると、そのうち男どもが怒って暴動を起こすぞ? ほどほどにしておきなさい」

「すでに恨まれておりますわ。おかげでわたしはユイラじゅうの殿方に嫌われて、結婚なんてできそうにないわね」


 ベルモット家は長子のエルタルーサをのぞいて、兄妹は女ばかり。そのせいか、結婚も放任主義である。シャンテはとくに男勝りだし、もしもルビーがシャンテの影響を受けたらと、エルタルーサは危ぶんだ。


「ごめんなさいね。お姉さまを悪者にしてしまって」


 吐息をつくようすが、薄い花びらを唇からヒラヒラ吐きだしているような可憐さだ。


「気にしないで。わたしが結婚しないのは、わたしより強い男がいないからよ。ユイラの男はなんでこうも頼りないのかしら」

「わたしも早くお姉さまみたいに強くなりたい」


 エルタルーサはゾッとする。


「恐ろしい。花のごとき美少女が、シャンテのように、自分より強い男としか結婚しないなんて言いだしたら、どうなるか」


 シャンテはかなりの剣術家だ。大会では貴公子にまじって首位を争う腕前だ。ルビーは近ごろ、シャンテを師匠とあおいで剣を習っている。


 シャンテは大口をあけて兄を笑った。


「責任はもてないわ。だって、ルビーは自宅にいると求婚者がたずねてくるので、うちへ逃げてきているのだもの。ねえ、ルビー?」

「ええ。どうして、殿方って、みんな同じことしか言わないのかしら? 飽き飽きしちゃう」


 ルビーの口調にはあきらかに男性蔑視の傾向がある。エルタルーサはふたたびゾッとした。


「それより、兄さま。陛下のご病状はいかがでしたの?」


 シャンテに問われ、エルタルーサの表情はひきしまる。


「はかばかしくなかった」

「一昨年、エニティさまがご逝去せいきょされたばかりなのに……」


 エルタルーサはシッと人差し指を口にあてた。それについてはよくないウワサがあるからだ。

 まだ二十代の健康な皇太子が、とつぜん亡くなった。幼名はエニティ。諡名おくりなはイルティ。清き光の意味である。

 暗殺されたのではないか……そんなウワサがささやかれる。


 ルビーにとって亡き皇太子は従兄弟だ。不安げに二人の年上の友達を見つめる。


「エニティさまは優しくて聡明な、とてもよいかただったわ」

「うむ。宮中でも多くの者に慕われていた」


 シャンテが眉をひそめる。


「エニティさまがそうなら、もしや、陛下も……?」

「めったなことは言うな。英君の誉れ高い陛下にかぎって、そのような……」


 エルタルーサの言葉は中途で消えた。表がさわがしくなり、バタバタと走ってくる足音がある。扉の前でシャンテの侍女の声がした。


「エルタルーサさまにお手紙ですわ」


 エルタルーサが扉をあけると、侍女は一通の封筒を渡す。


「表口に怪しげな男が参り、若さまにこれを渡してほしいと」

「どんな客だ?」

「フードを頭からかぶっていらして、顔は見えません」

「もう帰ったか?」

「下でお待ちでございます」


 封を切ってなかを見たエルタルーサは叫んだ。


「その客を今すぐ、ここへ通せ」

「かしこまりました」


 侍女が出ていき、シャンテは首をかしげる。


「どうしたのよ。お兄さま」

「しばらく、かくまってほしいと——なぜ今、彼が……」


 エルタルーサにはシャンテの声が聞こえていないかのようだ。


 やがて、フードをかぶった背の高い男が室内に入ってきた。


 さっきまでため息ばかりついていたルビーの目が彼に釘づけになる。まさかと思いつつ、なんとなく、ある人の面影を感じたのだ。体格や香り。すべてが、なつかしい。


 注視するルビーの前で、彼はフードをとりはらう。その下から現れたのは、火に焼けた肌の凛々しい顔立ち——


「エル。ひさしぶり」

「信じられない。ほんとに、ユスタッシュか?」

「おいおい。従兄弟の顔をもう忘れたのか?」


 エルタルーサとユスタッシュが抱きあって笑う。日焼けした肌のなかで白い歯がくっきりと浮き立つ。

 ルビーが初めて会ったときのユスタッシュだ。海底国の人魚の王……。


(ユスタッシュだわ。ユスタッシュ……)


 彼のせいで男嫌いになったはずなのに、なぜか、涙がこぼれそうになる。


(まあ、何? わたし。まさか、喜んでるの? そんなわけないわね。でも、なんだか……)


 彼が生きていたと思うだけで、胸が熱くなる。


 ユスタッシュはまだルビーに気づいていない。しきりとエルタルーサと話している。


「ユスタッシュ。いったい、どうしたんだ? ブラゴール大使の任期はまださきだろう?」

「たったいま、ユライナについた。二、三日、この屋敷にかくまってくれ」

「それはいいが、なんでだ?」

「波止場であてもなく私を待っていたというヘルディードに会ったよ。聞けば、しあさってがおれの一年祭だというじゃないか。そのとき乗りこめば言いわけもできない」

「一年祭? ここにいる君が死人だとでも? とにかく、なかへ入りたまえ。幽霊でなければね」


 室内に入ってきたユスタッシュの目がルビーの上で止まる。二人は時が止まったかのように、しばし見つめあった。

 ユスタッシュの頬にもかすかな笑みが浮かんだ気がしたのは、ルビーの思い違いだったのだろうか?

 次の瞬間には、ユスタッシュは視線をはずした。


「エル。君の部屋へ行こう。ナイショの話がある」

「ここではできない話なんだね?」

「誰にも聞かれては困る」


 ユスタッシュはエルタルーサと退室する。

 ルビーはあわててあとを追った。


「待って。あやまらないの? あなたはわたしにあやまらなければならないわ。だって、そうでしょ? わたし、もう一人前よ」


 廊下へ出たところで、ユスタッシュはふりかえった。青い瞳が物悲しいような色を帯びる。


「そんなことを公言しているあいだは、まだ子どもですよ」


 そのまま去っていった。

 ルビーは怒りでふるえた。

 だが、なんだろう?

 腹立たしいのに、嬉しい。

 近ごろの憂鬱がいっぺんにふきとんだ。

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