第43話 暗闇の襲撃者
ユスタッシュは眠っていた。眠りながら、考える。
かわいそうに。今まで心をゆるせる相手がいなかったのだろうな。そういえば、リードもつれられてきたばかりのころは、よく一人て泣いていた……。
だが、とつぜんの悲鳴が、ユスタッシュの眠りを切りさく。
「ユスターハン、起きて! 誰かいる!」
ハッとして、ユスタッシュは目をあけた。だが、体が重い。思うように動かない。眠いからではない。手足のさきが痺れるように、変な感覚があった。
(薬が盛られている)
異様な眠気と全身のだるさ。それに、強いめまいだ。
ユスタッシュがムリに半身をひき起こすと、グルグル天井がまわって見えた。
「ユスターハン、危ない!」
マハドの声がして、体をつきとばされた。同時にかすかな痛みが腕に走る。誰かが剣で切りつけてきたのだ。
チッという舌打ち。
続いて、二刃が襲ってきた。暗くてよく見えないが、金属が空気を切る風圧を感じる。
ユスタッシュは夢中で卓上のランプをなげつけた。ガラスの割れる音がして、相手がひるむ。命中したのだ。目に油が入ったらしい。男は片手で目を覆って、もう片方でにぎった剣をやみくもにふりまわす。
「ユスターハン。逃げよう」
ユスタッシュはマハドに支えられて外に出た。甲板に行けば、見張りの騎士たちがいるはずだ。そこまで行けば……しかし、船内は奇妙に静まりかえっている。まるで無人の船だ。
「追ってくるよ。ユスターハン」
「私にかまわず逃げなさい」
「そんなことできないよ。しっかりして」
薄暗い廊下をよろめきながら進み、甲板に出る。だがそこに見張りの姿はなかった。それどころか、宴会の席もそのまま、だらしなく酔いつぶれた騎士たちの姿がある。
いや、違う。酔いつぶれているのではない。
「眠り薬だな。この眠気とだるさ」
「そ、それって?」
「眠り薬を盛られたんだ。おそらく、今夜の食事のどれかに入っていた。これだと、みんなは朝まで目ざめないだろう」
「そんなぁ」
「だが、私とおまえだけは薬の効果が薄い。私はこんなときのために、あらかじめ、あらゆる毒の効果を抑える薬を飲んでいる。おまえは、さてはリンナールを飲まなかったな?」
「うん」
「リンナールは苦味があるから、毒をまぜるには最適だ。壊血病対策で船乗りは毎食、必ず飲むしな」
「ユスターハン。あいつが来たよ」
廊下から男がとびだしてくる。どこかへ隠れるにはすでに遅かった。ユスタッシュは無意識に剣をぬき、マハドをうしろにかばう。
「逃げなさい」
「ヤダよ!」
男が怒りの叫びをあげながら走りよる。目を真っ赤にしているのはユスタッシュがなげつけたランプのせいだろう。目を血走らせ、ものすごい形相だ。
「うおおおおーッ!」
獣のおたけびで剣をつきつけてくる。
ユスタッシュは愛剣をなんとか前に出す。が、薬のせいで立っているのがやっとだ。いつもなら自在に動かせる剣が灯台のように重い。キャランの解毒剤の効果も薄れかけていたに違いない。油断して新しい包みを飲まなかった自分のミスだ。
「マハド、離れてろ!」
ユスタッシュはマハドをひきはなし、目の前に迫る刺客の剣をなんとか受けとめる。が、そのまま、ガクンとひざがぬけた。
もうダメだ。
こんな形で終わるのか。
ルビー、あなたにせめてもう一度、会いたかった……。
そのときだ。ユスタッシュの頭上に覆いかぶさる影に、マハドが体ごとぶつかってくる。刺客は予想もしていなかったのだろう。ふみとどまれず、そのまま二人は折りかさなって、甲板の手すりを乗りこえた。
「……マハド——マハド!」
二人の姿が夜の海へ吸いこまれていくのを、ユスタッシュはなすすべなく見つめた。




