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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
五章 死の運命

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第39話 身代わり



 北空の一星号がレリーナ港についたのは、それから二日後。

 毎日、快晴が続いている。

 一星号の甲板では、昼食のさなかだ。朝早くに入港し、今は港の検閲を待っている。国外から危険な品物を持ちこんでいないか、国境ではくわしく調べられる。レリーナ港は立ちよる船が多いため、検閲に数日待たされた。


 港には二十隻以上の大型船が停泊していた。風にさまざまな色の国旗がなびき、青空を飾る。出ていく船。入ってくる船。大型船のあいだを小型の漁船が通り、とてもにぎやかだ。


「ユスターハン。また大きな船が入ってきたよ」

「あれは下ナイラ州の船だ。大理石を運んできたのだろう」

「しも……」

「ユイラの州の一つだ。ユイラは国土が広いので、十の州にわかれている。私の領地はペレノー州。ルーラ湖畔の美しい土地だ」

「ふうん」


 マハドの関心は船らしく、ユスタッシュの説明は上の空だ。ユスタッシュはそれに気づいて笑った。


「マハドは船が好きか?」

「大好きだ」

「船と私では?」

「えっ? それ、聞く?」


 今度は返事がかえってくるのに時間がかかる。

 マハドはまわりの船長やリードたちをうかがいながら、モジモジ答える。


「えっと、あの……侯爵だよ」

「遠慮しなくても、船が好きなら船と言ってかまわないんだぞ?」

「そんなわけあるかい!」


 ふてくされたように言いかえすと、リードがにらむ。マハドは首をすくめた。が、


「私もおまえが好きだよ」


 ユスタッシュが言うと、えへへと笑う。


「マハドはやけに船を気に入っているが、船乗りになるのはどうだ? 将来、北空の一星号の乗組員になるといい。おまえがその気なら」

「えっ? ほんと?」

「だが、泳げるのか?」

「えっ?」

「えっ? 泳げないのか?」

「お、泳げるさ。フェイレーン湖の人魚ってのは、おいらのことさ」


 青くなっているので、人魚は怪しい。


「では、水泳にユイラ語に剣術。これだけ教えれば、いい船乗りになるだろう。おまえは飲みこみが早いから、じきにおぼえる」


 マハドは青くなったり赤くなったり忙しい。多彩な表情の変化がじつに愛くるしく、やはり、どことなくルビーをほうふつとさせる。


 これらの会話をリードは黙って聞いていた。が、やがて、うつむいたまま顔をあげなくなった。

 ユスタッシュはそれを見て、何か言いかけたがやめた。


 そうこうするうちに、ようやく検閲の役人たちがやってきた。なかには信用を金で買おうとする者もいるが、ユスタッシュは性格的にそれができない。台所の鍋のなかまで調べて、役人は帰っていった。


「遅くなりましたな。今夜は港で一泊したほうがよろしいかと存じます」と、ヴァルシアは言う。

「そうだな。かわりに、つみこむ食料を注文しておくといい。明日の朝一番に持ってくるようにと。そのあと出発だ」

「では、さっそく」


 ヴァルシアの目がキラリと光る。


「なんだか、今日のユスターハンたち、ようすが変だね」


 勘のいいマハドが首をかしげる。が、ユスタッシュは笑ってごまかした。


「夕食まで時間ができた。マハド。おまえにユイラ語を教えてやろう。今からユイラ語しか使っちゃいけないぞ」

「ええ? そんなぁ」

「ほら、それがもうブラゴール語だ」


 そんなわけで夕食の席はにぎやかだった。


「これはエビです」「エビは美味しい」「塩をとってください」「大きいスプーンが欲しい」など、ずっとマハドがおぼえたてのユイラ語をわめいていた。

 食後にはユイラの物語本を読みきかせられて、マハドの頭はヘトヘトだ。


「ああ、おいら、ユイラのお姫さまが嫌いになりそうだ。早く、ファートライトと結婚してやればいいのに」

「そうはいかないからおもしろいんじゃないか。ファートライトが毒酒を飲ませられる場面は何度読んだことか」

「毒を飲むのかいっ?」

「さあ、どうかな? 続きは自分で読みなさい」と、ぶあつい本を渡される。


 マハドがウンザリしながら自分の船室へ帰ろうとしていると、甲板にリードが立っていた。マハドは無視して通りすぎようとしたものの、リードのほうがひきとめてくる。


「旦那さまは優しかったろう? なぜだかわかる?」


 マハドはムッとした。

「そんなの、ユスターハンはおいらを好きだから優しいんだ」

「旦那さまはおまえのことなんて好きじゃないんだ」

「な、なんだよ。おいらだって、ユスターハンのためなら命の十個や二十個——」


 リードは鼻で笑って、マハドの手元の本に目を落とした。


「騎士ファートライト物語か。その話のなかで、ファートライトはエテランタ姫と恋におちるが、なかなかうまくいかない。何度も苦しい思いをして、それでも姫をあきらめられない。ファートライトといえば、苦しい恋の代名詞だ」

「だ、だから、なんだよ?」


 この前なぐられたから、というよりは、月光のせいかいやにピカピカ光るリードの目が異様で、マハドは気迫負けしてしまっている。


 リードは冷淡に告げた。


「旦那さまもそういう恋をしてるんだ。ひそかに想う姫がいるのに、ほかのかたといっしょにならなければならない。おまえはそんなことも知らないだろう?」

「だ、だから……?」

「おまえは旦那さまの想う姫に少しだけ似てる。もちろん、顔立ちは姫君のほうがずっと美しいさ。でも、表情とか、仕草がなんとなく。だから、おまえは旦那さまがなぐさみに置いてるだけだ。おまえは旦那さまがほんとに愛する姫君の身代わりにすぎないんだ」

「う、嘘つき!」


 マハドは叫んで走り去った。だが、自室にとびこんでも、体がふるえている。バサバサとファートライトの本が床に落ちた。

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