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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
五章 死の運命

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第36話 別れの歌



 砂漠の国ブラゴールでは、豊富な水はそのまま権力と富の象徴だ。シンメトリーの壮麗な皇帝宮を、あざやかな緑と長方形の池がかこみ、宴の明かりをその水面に映している。


 ユスタッシュが招かれたのは皇帝の後宮だ。そこに住む女の数は一万人。国じゅうから選ばれた千人の美姫と、それに仕える侍女たちである。


 後宮は妃を集めた場所であるから、よほど皇帝のお気に入りでなければ招かれない。

 ちなみに、ブラゴールは領地ごとに王がいて、王たちを束ねる最上位の王が皇帝を名のる。それが、今はまだ若いイグナ王だ。


 ブラゴール式の歓待というのは体力が続くかぎり不眠不休で飲みあかす。招くほうも招かれるほうもフラフラになってしまう。

 招くほうはまだしも代理がきくからいいが、招かれるほうはたまったものではない。古来には気に入らない相手をもてなしと称して一睡もさせず、衰弱死させたという言い伝えがあるほどだ。


 今回、ユスタッシュを送る宴は三日だから、死にはしないだろう。が、その後、砂漠を渡って旅すると思えば、あまり体力は使いたくない。


「ほんとに帰るのか? ユスタッシュ。まだいいではないか。城などくれてやれ。かわりに余がアルマハールの王位をやる」


 イグナ王はまだ不満げだ。それもいたしかたないのかもしれない。イグナはユスタッシュより下の少年王と言っていい年齢だ。第一子だが位の低い母を持つ兄と帝位を争って王になっている。かなり血みどろの戦いだったらしい。だからこそ、気心の知れた飾らない気質のユスタッシュを兄のように慕っているのだ。


「そなたの留守に好き勝手されるとは、存外、慕われておらぬのだぞ」

「そうかもしれません。ですが、弟が待っておりますゆえ」

「弟か。仲はよいのか?」

「私に助けを求め、帰りを待ちわびております」

「ならば、しかたあるまいな」


 やはり、実の兄弟のつながりを羨んでいるようだ。

 イグナ王は嘆息した。


「そなたに土産をつかわそう。ツボや皿は旅のさわりになろう。駿馬を百頭くれてやる。好きに使うがよいぞ」

「ありがたくちょうだいいたします」


 急ぎの旅に駿馬百頭はこの上ない贈り物だ。ことに、砂漠をぬけるとすぐに草原だ。草原でよい馬に恵まれれば、素晴らしい旅が約束されている。


 年下の王の酔いでうるんだ双眸を、ユスタッシュは見なおした。あるいは瞳がうるんでいるのは酔いのせいではないのかもしれない。

 言葉にしては、そっけないが。


「大半、そなたがつかまえた野生馬だからな。感謝などいらん」

「あなたは私の生涯の友です」


 ユスタッシュが言うと、ますますイグナはふくれっつらになる。


「そう思うなら、また来るがよい」

「いつか、必ず。そのときにはもう若くはないかもしれませんが」

「だから、ユイラ人は恩知らずだというのだ」


 若々しい顔をゆがめて、必死に涙を見せまいとしている。

 そのようすが微笑ましい。


「どこにいても、私たちは変わらず友人ですよ」


 皇帝はごまかすようにそっぽをむいたまま、言いだす。


「では、最後に小用のとばしあいをしようぞ」

「受けてたちましょう」

「ツボだ。ツボをならべるがよい」


 こういう宴会芸がユイラで嫌われる由縁だ。言葉どおり、男が複数人で小用をたしながら、できるだけ遠くのツボに命中させるという、イグナ王お気に入りのゲームだ。上品なユイラ人の大使はこれを侮辱だととらえる。が、ユスタッシュはやった。ユイラの建前ばかりの社交界より、あけっぴろげでいい。


「ほれ、どうだ。私の勝ちだろう」

「いえいえ。負けませぬ」


 ならんで笑いながら、いつかまた、ほんとにこの国へ来たいと、ユスタッシュは願った。


 新年が明けて三日間は潔斎日。ブラゴールでは酒色を断ち、肉食をやめて一年の初めに心を清める決まりだ。

 このあいだに宴会の疲れをいやしたユスタッシュは、一月の四日、イグナ王や大使館の者に見送られてラマスタを発った。


「気が変わってアルマハールの王になりたくば、いつでもまいれ」

「お言葉だけ、ありがたく受けまする」

「わかるものか。人は気まぐれな生き物ゆえな」


 イグナ王に手をふって、ユスタッシュたちは出発した。四頭立ての馬車数台と、駿馬にまたがる騎士たち。残る三十頭には水や食料がつまれる。一頭ずつの荷がかるいから、馬は見事な速さでラマスタをあとにした。

 瑠璃色の丸天井がみるみる遠ざかる。


「おかしいね。大使館のやつら、泣いてたよ。ユイラ人の役人はわかるとしても、下働きのブラゴール人までさ。シーラなんか、あんたにトカゲ食わせたことなんて忘れたみたいに大泣きして」というマハドも少し涙ぐんでいる。


「昔のことだ。シーラはおぼえてないだろう」


 一度めに大使としてやってきたときだ。料理係のシーラがいやがらせで、生きたトカゲを皿に載せてきた。ユスタッシュが「焼いてから持ってこい」とつきかえすと、ほんとにトカゲが丸焼きになって戻ってきた。


 あのころは悪戦苦闘の毎日だった。それも今ではなつかしい。


 楽しい思い出のつまった国を、ユスタッシュはあとにした。

 草原の風が別れを歌っている。

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