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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
五章 死の運命

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第35話 帰国のゆるし



 あおの年、太陽の月の初め。ブラゴールではまだ年明け前だ。


 ユライナ宮廷の夢のような優美さにはかなわないものの、ラマスタの宮殿もなかなか壮麗だ。ブラゴールの富のすべてがこの一点に集中している。

 中央に皇帝の御座所。瑠璃るり色に金色のモザイク模様の丸天井が特徴だ。この皇帝宮からユスタッシュが大使館へ戻ったのは、日が沈みかけてからだ。リードがすっかり待ちくたびれていた。


「お帰りなさいませ。イグナ王はご承諾くださいましたか?」

「ようやくおゆるしが出た。やっとユイラへ帰れるぞ」

「こちらはいつでも出立できる用意にございます」

「いや、待て。たいぶ渋っておられたので、離別の宴をひらかねば承知できぬとおっしゃったのだ。今夜より三日三晩の宴だ」

「三日ですか。それならば、ずいぶんと短いですね。こちらの宴はやりだすと、ひと月やそこらは続きますから」

「新年の潔斎けっさい日にかかるわけにはいかないからだろう。運がよかったというべきか。私もこんな形で国へ帰りたくはなかったが」


 唇をかむユスタッシュの表情は暗い。


 ユスタッシュが任期を途中でなげうって帰国するはめになったのは、三度めに届いたエルヴェの手紙だ。初めはエランが遠くへやられたとか、ヘルディードがいなくなったとかの、不穏だが火急というほどではない話だった。だが、イグナ王との野生馬狩りから帰ったやさきに見たのは、決定的な内容だった。いつものように、エルタルーサの手紙に同封されていたそれは、ふるえた文字で信じられないようなことが記されていた。



『兄上。どうか、助けてください。先日、兄上の葬式がありました。なんのことやら、さっぱりわからないでしょ? でも、とつぜん兄上の遺体を持ってきた男たちがいて、兄上が病のすえ、海難事故で亡くなったって。悲しくて眠れなかったので、母上のお部屋へ行ったとき、ぼくは聞いてしまいました。母上と伯父上が兄上を殺そうと計画しているのを。


 やっぱり、ぼくの勘違いじゃなかった。母上たちはラ・マンのお城を乗っ取ろうとしてるんだ。だから、ジャマなエランやヘルディードを遠くへやって。

 ああ、こんなことを書かないといけないなんて。僕の大好きな人たちが、大好きな兄上を殺そうとしている。


 どうかどうか、母上をゆるしてください。僕は兄上を失いたくないので、この手紙を書きます。僕の手紙は出す前に伯父上が盗み読みしてるみたいなので、またエルタルーサに頼みます。


 兄上。早く帰ってきて。このままだとラ・マンは伯父上のいいようにされてしまう。伯父上はこの日のために僕に優しくしてくれてたんだ。小間使いが来た。伯父上の手先だ。


 レリーナ港で積荷のなかに刺客が入ってます。一星号も見張られています。どうかご無事で。


     風の月四日。エルヴェ』



 この手紙を受けとったのが闇の月の終わり。

 読んだあと、ユスタッシュは怒りで体がふるえた。義母たちが自分の留守に城を乗っ取ろうとしていることより、幼い弟が誰にも相談できず、一人で苦悩している。その状況に置いたのが実の母親だという事実だ。


(なるほど。おれを死んだことにして、そのあいだに細工をというわけか)


 一日も早くユイラへ帰りたかったが、ちょうど年に一度の大市が立っていた。大使が不在になれば、ユイラから来た商人全員が困る。それに、大市のあいだだけ集まった商人の多くは年内にユイラへ帰っていく。彼らに手紙をたくしておけば、ユスタッシュが彼らの悪だくみに気づいたとは考えないだろう。


 そう考えて、セブリナあて、エルヴェあて、北空の一星号の船長ヴァルシアあての手紙を、戻っていく商人にあずけた。エルヴェあてのものはセブリナかレニードがにぎりつぶのだろうが、それでいい。


 それにしても、セブリナがそこまでユスタッシュを恨んでいるとは思っていなかった。皇都に屋敷を買いあたえて、これでも温情を持って接していたはずなのだが。


 とつぜん、風呂場に元気のいい声が響いた。


「ひどいじゃないか。ユスターハン!」


 宴の前に入浴中だったユスタッシュは、リスみたいな敏捷さで、マハドにとびつかれた。


「風呂へ入るときは服をぬぐものだ」

「そんな場合じゃないよ。あんた、ユイラへ帰るんだって?」

「ああ。そうだ。そろそろ王の迎えが来るな。支度をすませておかなければ。あのかたはご自身が待たせるのはいいが、待たされるのはお嫌いだ」

「熱い……のぼせる」


 風呂はブラゴール式の蒸気風呂だ。熱気で頭がクラクラする。服を着たままで入るなんて、とんでもない。


「だから、服をぬげと言ったのだ。さあ、水をかぶって。おれは王の宴へ行くからな」

「そうだよ。ひどいよ。あんた、おいらに秘密にして、置いてくつもりだったんだろう? ユイラ人は嘘つきだー!」


 ユスタッシュは笑った。自分がなぜ、このにぎやかな少年を好きなのかわかった。イタズラっぽく輝く黒い瞳や、いつも陽光に包まれているような生命力の強さが、なんとなく、ルビーを思わせるのだ。外見ではなく、根源的なところが似ている。


「置いていくつもりなどない。宴は三日続くから、そのあいだにおまえも旅支度をしておきなさい。金が必要ならリードに言えばいい」


 今度帰れば、ユスタッシュはフォンナと結婚しなければならない。愛しい少女を思わせる少年をそばに置くくらいはゆるされる贅沢だろう。


 そういう意味では帰りたくはない。だが、それでいて、ルビーに会えると思うと心が弾む。妙なものだ。


 しかし、油断は禁物だ。帰国の前には戦闘がひかえている。

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