第33話 ユスタッシュの葬儀
礼拝堂の鐘がしめやかに鳴る。
水の年、太陰の月。
朝から霧雨が降っていた。
エルニルーク城のなかにあるユイラ十二神を祀る神殿。そのなかでも地下納骨堂にほど近いデリサデーラの祭壇で、人々は一つの柩を前にしていた。
デリサデーラは死と死後の安息を司る神だ。喪服は深い藍色。デリサデーラのシンボルカラーである。夜のとばりの色とも言われる。
「母上」
エルヴェが泣きじゃくって、セブリナの手をにぎる。セブリナはわが子の手をしっかりとにぎりしめてやった。だが、そのセブリナ自身の手は息子のそれよりも激しくわなないていたが。
とうとう、やってしまった——
もうとりかえしはつかないのだわと、その思考だけがグルグルと脳裏でまわっている。
どうして、こうなってしまったのだろうか?
今さら言っても、しかたないのだが、どこかで異なる道はなかったのか。
(悪いのはあなたよ。いいえ、やっぱり、わたし? あなたはわたしが生きていると思うだけで苦しかったの? でも、それじゃ、わたしの恋心はどうしたらいい? わたしはあなたのために、その恋心さえすてようとしたのに。それさえ、あなたがゆるさないというなら、わたしはこうするよりないじゃない?)
女がいつまでも黙って耐えていると思ったら、大間違いなのだ。
しかし、その一方で、なぜか、セブリナの頬をぬるいものがすべる。それは胸のより深いところから湧きあがる悲しみだ。
きっと、雨だ。雨粒が頬をぬらしただけ。
礼拝堂のなかに雨が入ってくるはずもないのに、セブリナはぼんやりと考える。
鐘を鳴らし終えた神官が告げる。
「第百六十七代めラ・マン侯爵さまの柩をおさめます。皆さま、最後のお別れを」
黒アボクのつややかな光沢に、金の飾り彫刻もあざやかな柩が、納骨堂へと運ばれていく。百六十七代めのラ・マン侯爵——つまり、ユスタッシュの遺体が眠る柩だ。
ユスタッシュの死が伝えられたのは昨日だ。
遠いブラゴールから塩づけにされて届けられた遺体は、もはや本人なのかどうかもわからない。わずかに髪の色だけがそれらしく見える。鮮烈な青い瞳さえ、もはや白くにごっていた。
「侯爵さまはラマスタで病をわずらわれ、帰国の途上でございました。ルーツ海で嵐に見舞われ、北空の一星号は転覆。侯爵さまほか、わずか数名はからくも命をとりとめましたものの、ご病床にあった閣下はそのまお亡くなりに……」
涙にくれる男たちがそう言って運んできた。大破したという北空の一星号の舳先を飾っていた海神の像を見せられては、疑うわけにはいかなかった。しかし、じつのところ、あれは兄レニードが大金をかけて、そっくりに作らせた模造品なのだが。
「兄上! イヤだよ。兄上。お願い。もう一度、目をあけて!」
泣きじゃくるエルヴェの声だけが納骨堂に響く。セブリナの手をふりはらい、柩にとりすがる。
かわいそうに。あれはユスタッシュではないのに。
ユスタッシュはまさか、祖国で自分自身の葬儀がおこなわれているなんて、思いもしないだろう。
レニードが今日の計画を言いだしたのは、セブリナに毒が盛られているとわかった翌朝だ。
「一晩考えた。セブリナ。いいか? このまま見すごしていると、おまえはエランに殺されてしまうぞ。いや、おまえだけじゃない。もしかしたら、エルヴェまでも……ユスタッシュにしてみれば、エルヴェは異母兄弟だ。これから、ヤツの子ができたとき、跡目争いになると考えるかもしれない。こうしなければ、おまえもエルヴェも殺されるんだ。それはイヤだろう? エルヴェだけは守らないとな」
レニードに言われて、セブリナは硬直した。
レニードは知らないだろう。エルヴェがあるいはユスタッシュの子どもの可能性があると。
セブリナを殺すつもりなら、ユスタッシュは禁じられた関係でできてしまった不義の子をも殺したいと願うはず。むしろ、セブリナよりもエルヴェの存在のほうがジャマかもしれない。
「いったい、どうするつもりなの? 兄さん」
「まずは、エランとヘルディードをなんとかしないとな。あの二人がおまえに毒を盛ってる張本人だよ。人を使ってやらせてるとしても、命令は彼らが出してるんだ。なら、ユスタッシュを死んだことにする。当主がいなくなれば、エルヴェは大事な跡取りだ。ヤツらもあきらめて、おまえたちを殺すのはとりやめる」
「待って。かんたんに言うけど、死んだことにするって、どうするつもり? 本人が帰ってきたら、すぐにバレるわ」
「方法はいくらでもある」
そして、話してくれたのが、今日の葬儀だ。ユスタッシュは遠い異国にいるし、まだ任期の終わりまで四年ある。当分は周囲をだませる。
でも、問題はこのあとだ。
「ユスタッシュが帰ってきたら、どうするの? こんなことをして、わたしたちのほうがとがめられる。追放ではすまないかもしれない。だって、これは侯爵家の乗っ取りよね? 大罪人だわ」
すると、妙にきっぱりと兄は断言した。
「ユスタッシュは帰ってこない」
「帰ってくるわよ。四年したら任期が明けて……」
「ヤツは帰らない」
その口調に、セブリナはハッとした。
(兄さんはユスタッシュを殺すつもりなんだわ)
悟ったとたん、ガタガタと全身がふるえだした。
でも、エルヴェを守るためにはやるしかない。
それから数ヶ月を要して、入念に準備を重ねた。
そして今日、弔いの鐘が鳴る。
あれは、わたしの恋心の死を知らせる鐘の音。
わたしは自分の手で大切にあたため続けてきた恋心を殺してしまった。
その夜、寝つけないセブリナのもとへ、レニードがおとずれた。
「どうだ? うまくいったろ? これで、ラ・マン侯爵家はエルヴェのものだ」
「そうだけど……」
「これからが肝心なんだ。まずはエランとヘルディードを理由をつけて遠くへやろう。やつらの口からユスタッシュの死が本人の耳に届いちゃいけないからな」
親戚たちに知らせれば混乱を招くからと、今日の葬儀はエルニルーク城内の人間だけですませている。対外的にはユスタッシュの死は内密を保ち、そのあいだにユスタッシュ本人を……そういう計画だ。
「どうやって、ユスタッシュを殺すつもりなの? ブラゴールへ刺客を送るの?」
「まさか。ブラゴールで殺せば、ヤツの死がむこうの皇帝からユイラに伝えられる。それじゃ、その死の前にあった葬式が疑がわれるだろう。帰りの船を襲うんだ。積荷にまじって刺客を船内へ忍びこませる。ユスタッシュの首をとったら、ユイラにつく前に沖合で船ごと沈めてしまうんだ」
「そんなにうまくいくかしら?」
「北空の一星号は主人の帰りを待って、六海州ライラクの港に停泊中だ。人を雇って見張らせておこう。国境のレリーナ港で刺客を潜入させるんだ」
レニードはもはや計画の成功を疑っていない。
セブリナにはどうでもよかった。なるようになればいい。セブリナの世界はもう終わってしまったのだから。ユスタッシュを葬る鐘の音とともに。




