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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
四章 遠い空

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第32話 ブラゴールの暮らし2



 プッカサーリの果汁を飲みながら歩き続け、ようやく、ユイラ人市場が見えてきた。市場の一画にユイラ人が集まっている。

 ブラゴールにも数は少ないながら、ユイラから来た商人がいた。彼らの生活を守るのも大使の役目だ。


「今日はもめごとは起こっていないだろうか? アニエスが年内に店をたたんで帰国すると言っていたな」


 ラマスタはフェイレーン湖のまわりの草原に現れた水泡のような都だ。ルーラ湖、ノマン川にかこまれた水の都ユライナに、どこか似ている。


 文化水準はかなり低いものの、ユイラ人の市場へ来ると、少しだけ母国の街なみを思いだせた。と言っても、なつかしいユイラの香りがかすかにするだけだ。

 風景はまったく異なる。


 丸いドーム屋根の王宮や寺院。家々の戸口はアーチ型。アラベスクのモザイクや、カラフルな漆喰しっくいで建物は覆われている。


 石畳を敷いた通りは宮殿に続く二本だけだ。大きな建物はその周辺にしかない。そのほかはみんな皮のテントである。


 ユイラ人市場というのも、草原にできたテント村だ。短期間滞在して、ユイラに持ち帰る商品を買いつけると帰っていく彼らには、テントで充分なのだ。それでも、ユイラの香りを感じる。


 ここへ来るのはユスタッシュにしても楽しみだった。母国にいると何かと束縛され、生きにくい彼だが、遠くから思うぶんには、やはりなつかしい。


「大使さまだ」

「大使さま。いらっしゃいませ」

「ユスタッシュさま。なかで冷たいキノロンはいかがですか?」

「ラ・マン侯爵さま。こんにちは」


 異国の景色のなかで、草原の風に吹かれながら接するせいか、ユイラ人たちの反応はかなりくだけている。彼らはユイラへ帰れば、皇室おかかえの大商人である。当然、ユイラの大貴族ラ・マン侯爵の名は知っている。ユイラでは仰々しい態度をとる彼らも、ここでは気さくな友人のようだ。

 ユスタッシュがブラゴールを好む理由の一つは、ここにもある。


「商売のぐあいはどうだ?」

「上々です」

「争いや困りごとは?」

「今のところございません。変わったことといえば、昨日、新しくコンフェルの隊が到着しました」

「コンフェルの店なら、私もユライナでよく行く」


 これも大店だ。香水をあつかう店だ。とくに外国産のめずらしいものがたくさん、そろっている。


「大使さまあてのお文をあずかっているそうですよ」

「あとでよってみよう」


 ユスタッシュは露店の一つ一つに声をかけていく。


 周囲にはユイラ人以外の外国人の店もチラホラと見かけた。ユイラ人市場は治安がいいから、それにあやかって集まってくるのだ。


 それらを目あてに生活用品を売る者も。家畜を売る者。果物売り。ブラゴールの特産品。フェイレーン湖でとれる魚。かと思えば、長槍や剣の店。砂漠狼の白い毛皮。木の実やブラゴール芋。とうもろこし。


 市場はまるで迷路だ。テントの作るせまい道が複雑に交錯する。

 交渉にはげむ人々の声。呼びこみ。家畜の鳴き声。豚や羊。人いきれ。さまざまな商品から出る匂い。それらを一掃する乾いた風。


 テントの波に飲まれたような目まいを感じたとき、ふと見あげると、空がはるかにひろがっている。


 ああ、生きている——と実感した。

 おれは生きている。そして、この空の下、愛しいあの子も生きていると。

 それだけで世界中が愛しい。


 思いがけず、フォンナとの結婚が延期になった。でも五年たてば、きっとルビーには恋人ができているだろう。そして自分は彼女に「おめでとう」と言う。わずかな胸の痛みを隠して微笑む。


 本心をいえば、一生忘れられそうにないが、いつかはそれも過去の美しい思い出になるのだろうか?


 この空の青さを五年後、ユイラで思いだしたときには、きっと、この上なくなつかしい。そんなふうに、この想いも時の流れがセピア色に染めてくれるのか?


 今はただ、あの子のもとに通じているものがある。それだけでいい。何もかもが断ち切られたわけではない。そのくらいの自由は残されているのだ。


 ユスタッシュが感慨にふけっていたときだ。


「ラ・マン侯爵さま。おひさしゅうございます」


 声をかけられ、ふりかえる。昨日ついたばかりだというコンフェルが立っていた。


「無事についたな。しばらく滞在するのだろう?」

「はい。ブラゴールは香料に関しては豊富でございますから。ときに、お手紙をあずかっております」

「ああ、そうらしいな」

「今、お持ちいたします」


 コンフェルの店は定期的にブラゴールへ商売に出かける。それに、ユイラでは貴族の顧客が多いから、ユスタッシュの知りあいが手紙を託したのだろう。ブラゴールとの正式な国交はないに等しいので、私的な手紙は自ら人を雇って届けさせるか、こうして商人に頼むしかない。


「エルタルーサか。妙だな。彼の手紙にしては、やけにぶあつい。レバソン紙以外は手紙じゃないと豪語してたくせに、どうしたんだ?」


 封を切ると、なかに、さらに一通の封筒が入っている。


 それを見て、ユスタッシュはますます奇妙な気分になった。エルヴェからだ。ラ・マン侯爵家の文使い経由ではなく、わざわざエルタルーサに届けてくれるよう頼んだわけだ。


 ユスタッシュの不安がいっきに高まった。

 もしや、悪い知らせではないか?

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