第29話 レニードの企み
火の月が終わる三日前。エルヴェの誕生日だ。
レニードがしばらくぶりにエルニルーク城をおとずれると、エルヴェが出迎えてくれた。
「伯父上。いらっしゃい。待っていたんですよ。きっと来てくださると思ってました」
「十歳の誕生日、おめでとう」
レニードはいささか大げさにエルヴェの頬へキスをした。ついでにプレゼントを渡す。とても高価な上に手に入れるのがたいへんだった。
「ほら、おまえはこういうものが好きだろう?」
「わあ、なんだろう? あけてもいい?」
「もちろんだ」
嬉しげに包みをあけるエルヴェを、レニードは笑ってながめる。
中身は精緻な銀細工の小物入れだ。ふたに美しい小鳥がとまっていて、大きくあけたくちばしに付属の枝をくわえさせると、パチンとバネがはねあがる。それが鍵になっているのだ。ふたがひらくとオルゴールが鳴った。
エルヴェの瞳がキラキラ輝いた。
「ありがとう! 伯父上。なんで、伯父上はいつも、ぼくの欲しいものがわかるの?」
「そりゃ、おまえが大事だからだよ」
そこらへんはぬかりない。エルヴェはこうした機械仕掛けの人形やら、馬車のオモチャやらが大好きだ。または子どもじみた絵本。
「母上だって、プレゼントはくれるけどね。難しい本ばっかりでつまんないよ。それに、去年は兄上が立派な剣をくださったけど、ぼく、まだ怖くて一度も使ってないんだ。剣術の先生だって、ぼくにはまだ木の剣で充分だっておっしゃるしね」
「兄上は自分ができたから、弟の腕前をわかってないんだな」
とたんに、エルヴェはうなだれた。
「ぼく、がんばるよ」とは言ったものの、あきらかに気落ちしている。
(ふん。そうかんたんにわかってもらっちゃ困る。こっちはこの子の機嫌を十年とり続けてるんだからな)
レニードは火の月生まれというのが嘘のような甥っ子を見なおす。いつもオドオドしたエルヴェは、『火の月生まれは気性が荒い』ということわざを見事に裏切っている。
「今日はおまえの誕生日だっていうのに、パーティーはしないのかい? 妙に静かだなぁ」
「エルニルーク城は皇都から遠いもの。ぼくの権利じゃ船を動かせないし、友達を呼べなくて……」
いや、それは嘘だろう。ほんとは友達じたいがいないのだ。わかっていて、レニードはけしかけてみる。
「それなら、兄上が皇都に買った新しいお屋敷にみんなを呼べばよかったのに」
「うん。でも……」
「あそこは兄上がおまえの母上のために買ったお屋敷じゃないか。使わないなんて、もったいない」
「でも、母上は今、このお城を離れられないし」
ユスタッシュがいないあいだ、城のあるじが必要だった。エルヴェは子どもだから、補佐役のセブリナを隠居させておくわけにはいかなかったのだ。セブリナはエルニルーク城にとどまり、エラン、ヘルディードとともにユスタッシュの留守を任されていた。
そうなると、皇都の屋敷はからっぽになる。セブリナが住む予定で用意された使用人だけがいる状態だ。そこをレニードが見逃がすはずがなかった。
「主人がいない家は使用人が好き勝手するんだぞ。不用心だから、なんなら、伯父さんが定期的に見まわってやろう」
「う、うん。頼むよ」
「よしよし。任せとけ」
レニードはニヤニヤ笑いが抑えきれない。
今日まで我慢するのは長かった。五ヶ月だ。この五ヶ月、酒場へも花宿にも賭場へも出入りせず、おとなしくしていた。それというのも、妹のセブリナの信用をとりもどすためだ。これまで、お小遣いをせびったり、勝手に宝石を持ちだしたりして、信頼を失っていたせいだ。
(たしかに、ちょっとばかり遊びすぎてた。近ごろはセブリナのやつ、おれを見るだけでイヤそうな顔をしてたからな)
むろん、先代侯爵オルギッシュから、ユスタッシュへ代がかわっても、以前どおりの手当ては受けとっていた。ツケをまわせば支払いもしてくれる。しかし、決定的な違いが一つある。それは、好意だ。
オルギッシュはときに説教をたれながらも、レニードの好きにさせてくれた。かなり年が違うから、放蕩息子をゆるす父親の気分だったのだろう。ムチャをするなよと笑みを浮かべながら金貨をくれた。
それに、レニードがオルギッシュからもらう金額など、ラ・マン侯爵家の莫大な財産のなかでは、ほんのお茶代くらいだ。妹を嫁がせたんだから、ほんとならもっとくれてもいいとすらレニードは考えていた。オルギッシュ自身に、レニードにそう思わせる鷹揚さがあった。
それなのに、ユスタッシュになってから、レニードの立場は大きく変わった。
オルギッシュが亡くなって二、三ヶ月もたってからだ。いつもの調子で花宿に居続けて、手持ちの金がなくなった。花宿から出してもらえないので金を持ってきてほしいと、セブリナに手紙を送った。
すると、やってきたのはユスタッシュだ。まさか、ラ・マン侯爵自身が来るとは思っていなかったが、その後のユスタッシュの行動はさらに度肝をぬいた。
「私は喪中でなかへ入れない。この男をつれてこい」
従者に命じ、レニードは往来の激しい花街のどまんなかへひっぱりだされた。大勢が好奇の目で見るなか、ユスタッシュは野良犬にエサをあたえるように、金貨のつまった袋をレニードの足元へなげた。
「くれてやる」
あのときの軽蔑しきったユスタッシュの目を思いだすだけで、はらわたが煮えくりかえる。公衆の面前で大恥をかかされ、あの宿には二度と行けない。
(あの屈辱。一生、忘れないからな)
歯ぎしりする思いをこらえてきた。が、ついに好機がおとずれたのだ。
今、ユスタッシュはいない。五年ものあいだ、遠く祖国を離れている。
(見てろ。まずはエルヴェとセブリナを味方につけて。そのあとは……)
何しろ、彼には切り札があるのだ。
(知ってるんだぜ。セブリナのやつ、ずいぶん前から、ユスタッシュを好きなんだってな)
これはきっと利用できる。




