第27話 ユスタッシュの知らせ
アレイラの二日。白の月に入って十二日め。年間通して温暖なユイラだが、いちおう季節は冬だ。
ルビーは憂鬱だった。近ごろ、なぜか、わけもなく気分が落ちこむ。日々は変わらずにぎやかで、多くの誘いの手紙であふれていたが、ちっとも心をはずませてくれない。なぜなのか、ルビー自身にも理由がわからなかった。
「今日は新しいドレスが届くのに。どうしたのかしら? 楽しみにしていた紫アゲハのネーロ(ユイラの民族服)。白いレースとあわせたら、きっと素敵でしょうね」
ルビーは自分をはげますようにひとりごとを言うものの、やっぱり思ったほど気分がはずまない。
「あの上着にあうのはどのアクセサリーかしら? 真珠や紫水晶ではありきたりでしょうね」
それでもさらに自分を鼓舞するようにつぶやきながら、宝石箱をひらいた。多くの貴公子から贈り物をもらって、今ではすっかり、ルビーの宝石箱は満杯になっている。なかでも、もっとも素晴らしいのは、虹色にきらめく大粒の星輝石のブローチ。ユスタッシュから送りかえされてきた例のラ・マン家の家宝だ。
『私を軽蔑なさるのは勝手ですが、あなたは私を贈り物をとり返すケチな男になさるつもりですか? あなたがいらなければ、すててくださってけっこう。
ユスタッシュ・レンド・ラ・マン』
ブローチとともに送られてきた手紙は悔しさのあまり、すっかり暗唱できる。
(見ていらっしゃい。結婚式に呼ばれたとき、あの人の目の前で湖にすててやるから)
ルビーはそう考えて腹立ちをごまかすのだが、一方で、どこか虚しい。まったく、このやっかいな憂鬱はなんだというのか?
「きっと、あなたの名前のせいね。あなた、星の涙というんだそうじゃない。すてないでと泣いてるみたいだわ」
吐息をつきながら、宝石に話しかけていると、サラエラが銀の盆を手にやってきた。
「姫さま。お手紙でございます」
ルビーはあわててブローチを宝石箱にしまう。気にかけていると思われるだけでシャクなのだ。
「手紙? 誰から?」
「ラ・マン侯爵さまですね」
思わず、ブローチをとりおとしかけた。箱におさめているところでよかったとホッとする。でなければ、派手に床に落として壊してしまっていた。
「ああ、きっと、フォンナお姉さまとの婚儀の招待状ね。望むところよ」
結婚式の日、目の前で湖に……少しは悲しめばいいんだわ。なんて考えながら、なにげないふうを装って、ルビーは手紙の封を切った。が、出てきたのは招待状ではない。招待状なら家紋を箔にした羊皮紙が入っているはずだ。が、出てきたのは薄手のレバソン紙である。手紙や辞書などに用いる上質紙だ。
「小雪のちらつく季節となりましたが、いかがおすごしでしょうか——雪なんて降らないわよ。ユライナはあたたかいんだから」
「姫さま。手紙の慣用句かと」
「あらそう。そんなのわかってるわよ。こんな慣用句が書ける人だったなんて、ちょっとおどろいただけよ」
「姫さまが侯爵を嫌われる気持ちもよくわかりますが」
「あ、あの人のことなんて、なんとも思ってないわ。それより、続きは——このたび、間近にひかえておりました私ことユスタッシュ・レンド・ラ・マンとラ・クルエル家のフォンナ姫との婚礼につきまして、皆々さまより厚い祝福をいただき感謝にたえません。しかしながら、私事により、このたびの婚礼は無期延期……ええっ? 無期延期?」
ルビーは自分の目を疑って、何度も何度もその部分を読みなおす。しかし、書いてあるのは何度見ても無期延期の文字だ。ふつう、婚約が発表された婚姻が破談になるなんてありえない。あるとしたら、家族の誰かが死んだとか、当人が病に倒れたとか、よほどのときだ。
「皆々さまにはご迷惑をかけ深謝いたします、ですって。でも、婚礼は十日後と聞いたわ。無期延期なんて、ほとんどとりやめじゃない。どなたかお亡くなりになったのかしら?」
まさか、ユスタッシュが大ケガをしたんじゃないか? たとえば落馬して? それとも熱病?
そう思うと胸がドキドキする。
「いったい、どうしたっていうの? お父さまなら知ってるかしら?」
ルビーは部屋をとびだした。じっとしていられない。あの憂鬱な感じもすっかり忘れていた。
「お父さま。お母さま」
父の居間へ走っていくと、予想どおり、両親はそろっていた。なにやら難しい顔で話している。父なんて泣きそうだ。
「どうにかならないのかい?」
「どうにも何も三日も前に発っているというんだもの。どうしようもないわよ」
二人の話し声が小耳に入る。
「お父さま。お母さま。ユスタッシュの手紙をお読みになった? フォンナお姉さまとの結婚が無期延期になったというのよ」
開口一番でたずねると、クレメントの目から涙がポロリとこぼれてきた。
「そうなんだよ。かわいそうに。ユスタッシュ」
「まあ、やっぱり、落馬なさったのね? 大ケガをしたの? 足が折れて二度と歩けないとか?」
それだって大事だが、返ってきたのは思いもよらぬ答えだ。
「皇帝陛下のご勅命で、ブラゴールへ発ったというんだ。大使の任で、今度は五年」
「発った? ブラゴールへ?」
「そうだよ。かわいそうに。エルヴェは子どもだし、結婚式の前だったのに、行きたくなかっただろうなぁ」
「しかたありませんわよ。陛下がユスタッシュの手をお直々にとって懇願されたという話よ。それでは断れないわ」
父母の声がなんだか遠くなる。
敵国へ行ってしまったユスタッシュ。今度は五年……。
あの重い憂鬱のかわりに、ルビーは胸の奥が痛むような焦燥感にとりつかれた。




