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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
四章 遠い空

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第27話 ユスタッシュの知らせ



 アレイラの二日。白の月に入って十二日め。年間通して温暖なユイラだが、いちおう季節は冬だ。


 ルビーは憂鬱ゆううつだった。近ごろ、なぜか、わけもなく気分が落ちこむ。日々は変わらずにぎやかで、多くの誘いの手紙であふれていたが、ちっとも心をはずませてくれない。なぜなのか、ルビー自身にも理由がわからなかった。


「今日は新しいドレスが届くのに。どうしたのかしら? 楽しみにしていた紫アゲハのネーロ(ユイラの民族服)。白いレースとあわせたら、きっと素敵でしょうね」


 ルビーは自分をはげますようにひとりごとを言うものの、やっぱり思ったほど気分がはずまない。


「あの上着ネーロにあうのはどのアクセサリーかしら? 真珠や紫水晶ではありきたりでしょうね」


 それでもさらに自分を鼓舞こぶするようにつぶやきながら、宝石箱をひらいた。多くの貴公子から贈り物をもらって、今ではすっかり、ルビーの宝石箱は満杯になっている。なかでも、もっとも素晴らしいのは、虹色にきらめく大粒の星輝石のブローチ。ユスタッシュから送りかえされてきた例のラ・マン家の家宝だ。



『私を軽蔑なさるのは勝手ですが、あなたは私を贈り物をとり返すケチな男になさるつもりですか? あなたがいらなければ、すててくださってけっこう。


     ユスタッシュ・レンド・ラ・マン』



 ブローチとともに送られてきた手紙は悔しさのあまり、すっかり暗唱できる。


(見ていらっしゃい。結婚式に呼ばれたとき、あの人の目の前で湖にすててやるから)


 ルビーはそう考えて腹立ちをごまかすのだが、一方で、どこか虚しい。まったく、このやっかいな憂鬱はなんだというのか?


「きっと、あなたの名前のせいね。あなた、星の涙というんだそうじゃない。すてないでと泣いてるみたいだわ」


 吐息をつきながら、宝石に話しかけていると、サラエラが銀の盆を手にやってきた。


「姫さま。お手紙でございます」


 ルビーはあわててブローチを宝石箱にしまう。気にかけていると思われるだけでシャクなのだ。


「手紙? 誰から?」

「ラ・マン侯爵さまですね」


 思わず、ブローチをとりおとしかけた。箱におさめているところでよかったとホッとする。でなければ、派手に床に落として壊してしまっていた。


「ああ、きっと、フォンナお姉さまとの婚儀の招待状ね。望むところよ」


 結婚式の日、目の前で湖に……少しは悲しめばいいんだわ。なんて考えながら、なにげないふうを装って、ルビーは手紙の封を切った。が、出てきたのは招待状ではない。招待状なら家紋をはくにした羊皮紙が入っているはずだ。が、出てきたのは薄手のレバソン紙である。手紙や辞書などに用いる上質紙だ。


「小雪のちらつく季節となりましたが、いかがおすごしでしょうか——雪なんて降らないわよ。ユライナはあたたかいんだから」

「姫さま。手紙の慣用句かと」

「あらそう。そんなのわかってるわよ。こんな慣用句が書ける人だったなんて、ちょっとおどろいただけよ」

「姫さまが侯爵を嫌われる気持ちもよくわかりますが」

「あ、あの人のことなんて、なんとも思ってないわ。それより、続きは——このたび、間近にひかえておりました私ことユスタッシュ・レンド・ラ・マンとラ・クルエル家のフォンナ姫との婚礼につきまして、皆々さまより厚い祝福をいただき感謝にたえません。しかしながら、私事により、このたびの婚礼は無期延期……ええっ? 無期延期?」


 ルビーは自分の目を疑って、何度も何度もその部分を読みなおす。しかし、書いてあるのは何度見ても無期延期の文字だ。ふつう、婚約が発表された婚姻が破談になるなんてありえない。あるとしたら、家族の誰かが死んだとか、当人が病に倒れたとか、よほどのときだ。


「皆々さまにはご迷惑をかけ深謝いたします、ですって。でも、婚礼は十日後と聞いたわ。無期延期なんて、ほとんどとりやめじゃない。どなたかお亡くなりになったのかしら?」


 まさか、ユスタッシュが大ケガをしたんじゃないか? たとえば落馬して? それとも熱病?


 そう思うと胸がドキドキする。


「いったい、どうしたっていうの? お父さまなら知ってるかしら?」


 ルビーは部屋をとびだした。じっとしていられない。あの憂鬱な感じもすっかり忘れていた。


「お父さま。お母さま」


 父の居間へ走っていくと、予想どおり、両親はそろっていた。なにやら難しい顔で話している。父なんて泣きそうだ。


「どうにかならないのかい?」

「どうにも何も三日も前に発っているというんだもの。どうしようもないわよ」


 二人の話し声が小耳に入る。


「お父さま。お母さま。ユスタッシュの手紙をお読みになった? フォンナお姉さまとの結婚が無期延期になったというのよ」


 開口一番でたずねると、クレメントの目から涙がポロリとこぼれてきた。


「そうなんだよ。かわいそうに。ユスタッシュ」

「まあ、やっぱり、落馬なさったのね? 大ケガをしたの? 足が折れて二度と歩けないとか?」


 それだって大事だが、返ってきたのは思いもよらぬ答えだ。


「皇帝陛下のご勅命で、ブラゴールへ発ったというんだ。大使の任で、今度は五年」

「発った? ブラゴールへ?」

「そうだよ。かわいそうに。エルヴェは子どもだし、結婚式の前だったのに、行きたくなかっただろうなぁ」

「しかたありませんわよ。陛下がユスタッシュの手をお直々にとって懇願こんがんされたという話よ。それでは断れないわ」


 父母の声がなんだか遠くなる。

 敵国へ行ってしまったユスタッシュ。今度は五年……。


 あの重い憂鬱のかわりに、ルビーは胸の奥が痛むような焦燥感にとりつかれた。

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