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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
三章 贖罪の日々

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第26話 ないしょの隠れ家



 白の月の初め。フォンナとの婚礼を十日後にひかえた午後。

 ユスタッシュはただ一人、少年時代の思い出の場所に遊びに来ていた。こんなことも結婚してしまえばできなくなるのだろう。人生最後のちょっとした気晴らしだ。


 エルニルーク城に近い森のなか。そこにある滝の裏側だ。水のベールをぬけると、小さな空間がある。

 子どものころ、ぐうぜん見つけてから、自分だけの隠れ家にしていた。水の薄い膜を通して、外の景色がにじんで見える。泣きたいときには、ここへ来た。一人になるのにちょうどいい。ここなら、泣き声も水音がかきけしてくれる。


 ぼんやり外をながめていると、人が近づいてくるのがわかった。背が高いので男のようだ。いや、そもそも、この場所を知っているのは、ユスタッシュのほか、一人しかいない。


「やっぱり、ここにいたか」


 顔をのぞかせたのは、思ったとおり、エルタルーサだ。


「君は一人になりたいときには、いつもここにいた。変わらないな。何かから逃げだしたいのかな?」


 ユスタッシュは苦笑する。


「君がいると、おちおち一人にもなれないな。なつかしいだろう? よく隠れ鬼のとき、ここにひそんだものだ。何人も滝の前を素通りしていったっけ」

「いろいろ宝物を持ちこんで遊んだな。嵐の夜に城をぬけだして、ここで一晩すごすと言っていたが、狼の遠吠えを聞いて逃げ帰ったんだ」

「あれは君がムリヤリつれ帰ったんだ。私はまだ残るつもりだった」

「何を言う。君だって、そうとうふるえあがっていたぞ? ユスタッシュ」

「まだ七つだったからな」


 ユスタッシュは笑い声をあげ、半身を起こした。あいた場所にエルタルーサが入りこんでくる。大人二人だと、さすがにせまい。


「昔は二人で寝ころんでも広い気がしていたのに」

「いつまでも子どもではないからな。君は二十三。私は三十だ」

「社交界では二十七で通しているじゃないか? エル」

「自分の年を正直に言うバカがどこにいる?」

「ここにいるとも」

「なるほど。君は愚かだ。ユスタッシュ」


 あけっぴろげな従兄弟の言いぶんに、ユスタッシュはさらに笑う。


「君と話していると、ホッとするな。今夜は泊まっていくのだろう?」

「今から発つとユライナにつくのが夜中になる。今夜はゆっくりしよう」


 ならば、従兄弟と飲みあかすのもいいとユスタッシュは考えた。が、エルタルーサのおもてはかすかに暗い。滝の洞の薄暗さのせいかと思ったが、そうではなかった。ユスタッシュはまだ気づいてなかったが。


「ろうそく。火打ち石。木の兵隊。本もある。昔好きだった冒険譚が。ガラクタばかりだが、子どもの私には宝物だった。そのヴィナ酒はファートライトが毒薬を飲ませられる場面で、ともにあおってドキドキしたものだ。まだ飲めるだろうか?」


 何かから逃がれるように、ユスタッシュは話し続けていたものの、従兄弟の暗い顔つきに、やっと異変を感じた。


「どうかしたのか? エル?」


 エルタルーサは沈鬱に唇をかみしめる。ようやく、決心したふうで口をひらいた。


「じつは、ユスタッシュ。今日は君にイヤな知らせを持ってきた」


 一瞬、ユスタッシュはルビーに何かあったのではないかと案じた。それ意外にイヤな知らせなど想像もできなかったからだ。しかし、エルタルーサの言葉は意表をついていた。


「ラ・ベレント侯爵家のジュリアンが、昨日、ユライナに帰ってきた」

「ジュリアン? ラ・ベレントの四男だったか? 帰ったというからには、どこかへ行っていたのか?」


 さほど親しいわけではない人物の話のどこが悪い知らせなのかわからない。


「ブラゴールへ行っていた」

「ブラゴール?」


 ユイラ人が用もなく行くはずもない。行くとしたら、そうとうの理由がある。


「……もしかして、大使だったのか?」


 エルタルーサはうなずいた。


「君の後任でブラゴールへ行っていた。もう四人めだ。どれも三月もたたず逃げ帰ってきた。むこうの皇帝が、ぜひにも君をよこせと言っているそうだ」


 ユスタッシュは従兄弟の暗い顔つきのわけを察した。


「そんなの……ムリだ。以前と今じゃ事情が違う。私は結婚をひかえている上、父上を亡くした。エルヴェはまだ小さい。私がいなければ、この城を守る者がいない」

「陛下も心苦しく思っておられる。しかし、行ってはくれないか? これは陛下のご勅命ちょくめいだ」


 ユイラ皇帝の命。

 それでは断りようがない。

 ユスタッシュの胸を不安がよぎった。悪いことが起こる兆しのような、漠然ばくぜんとした予感が……。

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