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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
三章 贖罪の日々

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第23話 ユスタッシュの決意



 朝早くユスタッシュが目をさますと、リードが銀の盆に一通の手紙と小さな箱を載せて待っていた。


「リ・ドニイ伯爵令嬢からです。旦那さまにこれを渡してほしいと言われまして、今朝方一番にお発ちになられました」

「発った?」

「どうしてもお急ぎというお話でしたので、小型船を出しましてございます。ひきとめはいたしましたが」


 封を切ると、手紙にはただ一行、こう記されている。



『あなたを軽蔑します』



 当然だろう。それは覚悟の上だ。ルビーへの未練を断ち切るには、むこうからさけてもらうほうがよいと考えた。それでも、胸が痛い。


「しかたあるまい。それだけのことを、私はした」


 小箱のなかは予想どおり、ルビーに贈った星輝石のブローチだ。ラ・マン侯爵家の家宝が帰ってきた。ただし、花嫁はつれずに。言い伝えなんて、そんなものだ。


「これを令嬢に送りかえしてくれ。待て。手紙をつける」


 さらさらとペンを走らせ、蝋封ろうふうをすると、ユスタッシュはブローチの箱とともにリードに渡した。


「これはとても大事なものだ。人に任せず、おまえがちょくせつ行って、令嬢に渡してくれ」

「かしこまりました。ですが……」


 リードは戸惑っている。


「どうした?」

「旦那さま。お困りではございませんか?」


 やはり、リードはユスタッシュの心の変化に気づいたらしい。


「いや。おまえが案じることはない」

「はっ」


 去ろうとするリードを呼びとめる。


「フォンナは起きていたか?」

「クルエル公爵さまがたとお食事でございます」

「わかった」


 リードが出ていったあと、ユスタッシュは自室で一人、嘆息した。食事をとるものの、砂をかんでいるようだ。小姓に手伝われ、身じたくを整えるあいだも、部屋を出て廊下を歩く一歩一歩も、すべてが自分を処刑台へつれていく心地がする。


 やがて、クルエル公爵を泊めた客室の前にたどりつく。


「伯父上。ユスタッシュです。入ってもよろしいですか?」


 返事があり、なかへ入る。クルエル公爵オニールを初め、夫人のアマンダ、三人の娘、長子のハリオットがそろって朝食をとっていた。


「昨日は忙中のこととて、ろくなあいさつもできず、申しわけありません」


 伯父とはいえ、オルギッシュが二十以上も年下の妻をもらったので、当然、ユミオンの兄オニールは父よりずいぶん若い。まだ五十前の公爵の瞳は母と同じブルーだ。顔立ちも少しユスタッシュに似ていた。


「ユスタッシュ。跡目を継いだばかりで忙しいのはわかるが、たまには娘の話相手にもなってやってくれぬか。おかげで今まで、フォンナのぐちを聞かされていたのだぞ?」


 伯父の言葉は冗談めかして優しい。が、声にはユスタッシュを責める響きもある。

 フォンナは三人娘のなかでは末だ。そのぶん、上二人の姉より可愛いのだろう。伯父は宮中でも切れ者と評判だが、フォンナがかかわると、その心眼はくもりがちだ。


「申しわけありません」


 ユスタッシュが素直にあやまると、伯父は微笑した。


「おまえを責めているわけではない。跡目を継いだばかりがもっとも忙しいと、私も経験上、知っているからな。今もフォンナにそう言い聞かせていたところだ」


 すると、フォンナがよこから口をはさむ。

「お父さまったら、それじゃ、わたくしが悪いみたいじゃありませんか」

「ユスタッシュも反省しているようだ。結婚前から女がさわぐと、愛想をつかされてしまうぞ」


 フォンナのワガママぶりを、二人の姉は苦々しげにながめている。ことに長女のアンリエットは痛ましいような表情でユスタッシュを見る。この婚姻がフォンナの願望にすぎないと気づいているのだろう。


「しかし、ユスタッシュ。フォンナの不安も察してやってくれぬか。私はおまえを高く買っている。幼いころより何をやらせても優秀だった。二人がいっしょになってくれれば、これ以上の喜びはないぞ。婚儀を早くながめたい」


 言われて、ユスタッシュの胸がズキリとうずく。


「伯父上。その結婚の件でお話が——」


 ユスタッシュが切りだすと、とたんにフォンナの顔がこわばる。


「お兄さま! わたくし、別れませんからね。絶対にお兄さまと結婚します!」


 すでに涙まで浮かべている。ユスタッシュの口から結婚と出ただけで、別れ話だと思う。そう思わせているのは、ユスタッシュの日ごろの言動だ。さすがに、ちょっと哀れになった。


「フォンナ。私がいつ、君と別れると言った? 私は二人の結婚の日どりについて話しあいたいと言ったのだ」

「お兄さま……」


 フォンナはポカンと口をあけて言葉もない。

 とつぜん笑いだしたのは、ハリオットだ。


「こりゃいいや。ついに、ルビーをあきらめたんですね?」

「……」


 黙りこむユスタッシュとは裏腹に、ハリオットは有頂天だ。乱暴にユスタッシュの肩をたたこうとして、とつぜん、そのおもてがこわばる。


「……ユスタッシュ。香水をつけている」

「香水くらい、誰だってつけるだろう」


 貴族のあいだでは香水はあたりまえだ。ユイラの流行は花や植物を使った自然な甘さだ。

 しかし、ユスタッシュはブラゴールから持ち帰った香水を使っていた。ユフランというブラゴール原産の香木が原料だ。ユイラでは育たない。今現在、この香水をユイラで所有しているのは、ユスタッシュだけだろう。


「この香り……あなただったのか」


 しばし、刃物のような目でユスタッシュを凝視したあと、ハリオットは急に外へとびだしていった。


「なんだったんだ?」


 ユスタッシュは気になったが、追ってはいけなかった。背中にフォンナがすがりついてくる。


「お兄さま。ごめんなさい」

「なぜ、あやまるんだ」

「だって、お兄さまが好きなのはあの子じゃない。わたし、ほんとはあきらめてたのよ」


 泣き顔でムリに微笑むフォンナを、初めて可愛いと思った。これからの人生をともにすごすパートナーとして、この娘を迎えるのも悪くないと。が、次の瞬間には、やはり幻滅させられたが。


「お願いがあるの」

「うん。なんだ?」

「これっきり。もう二度とワガママは言わない。だから、お願い。お義母さまを遠くへやって。あの人をお兄さまのそばによらせないで」


 ユスタッシュの心地はいっきに冷めた。

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