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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
三章 贖罪の日々

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第22話 ルビーの初恋



 ラ・マン侯爵邸。正式名称は星の雫という意味のエルニルーク城だ。その客間の一室に、ルビーはこもっていた。

 扉の前には父クレメント、母ヒルダや侍女のサラエラ、ハリオットなどが立っている。


「ルビー? ルビーや? どうしたんだい? 何かあったなら、お父さまに言ってごらん」

「あら、ダメよ。父親には言えないことだってあるわ。お母さまが聞くわよ。ルビー」


 だが、扉の内から返事はない。船遊びが終わるやいなや、客室にこもって、どうやら泣いているらしい。

 今夜は遅いので、招待客はみんな一泊し、翌朝、ラ・マン家の船で送ってもらうのだが、いったい、ルビーはどうしてしまったのか? 両親は心配でならない。


 ハリオットはひたすら、うなだれている。


「僕のせいです。いっしょうけんめい探したのだけれど、見つからなくて。ルビーを一人にしてしまった。あのとき、誰かといっしょにいたのだと思います」


 クッと唇をかんで、ハリオットは手をにぎりしめる。ハリオットはルビーが男といっしょにいて、そしてその男と何かあったと思いこんでいるのだ。にぎりしめた両手はブルブルふるえ、怒りと悲しみで今にも泣きだしそうな目つきだ。


「何か……されたのかしら?」


 ヒルダがつぶやくと、クレメントの顔色も変わる。


「よしてくれ。あの子はまだ十一なんだ」

「でも、わが子ながら、特別に美しい子ですもの。そのへんの十一歳とは違うわ」


 耳をふさぐクレメントとは対照的に、ハリオットはこぶしをふりあげた。


「どこのどいつかわかったら殺してやる!」


 本気の光がその目に宿っている。


「僕たちの仲間内ではなかった。あのときは全員がひとかたまりになっていたから。それに、僕らのではない変わった香水の残り香が、ルビーのマントからした」


 ギリギリと歯ぎしりするハリオットだが、そのとき、遠慮がちにサラエラが言いだした。


「ですが、お召しものは乱れていませんでした。わたくしが聞いてみます。なにとぞ、おまかせくださいませ」

「たしかに、おまえなら、あの子も気をゆるすかもしれないわね。頼みましたよ。サラエラ」

「はい。奥さま」


 サラエラは一人で扉の内へ入っていく。


 ひじょうに豪華な賓客用の部屋だ。金糸の刺繍ししゅうがランプの光に浮かびあがるタペストリー。天井には女神アレイラのフラスコ画が描かれ、調度品には四季の花が螺鈿らでん象嵌ぞうがんされている。


 この華麗な室内で、もっとも美しい宝石のような娘は、ベッドにつっぷして泣いている。


「姫さま。どうか元気をお出しになって」


 サラエラが呼びかけると、ルビーは一瞬、泣きやんだ。が、すぐにそっぽをむいて、ふたたび泣きだす。


「ほっといてちょうだい。わたしを一人にして」

「そんなふうにお泣きになって、皆さま心配していらっしゃいます」

「いいから、ほっといて」


 サラエラが困って口をつぐむと、逆にルビーは自分から話しだす。しょせん、黙ってはいられない性分だ。


「……ねえ、おまえはもう、あるの?」

「何がでございますか?」

「ほら……アレよ」

「アレと言われましても」


 イラだったようすで、ルビーは大きな声を出す。


「だから、月経よ!」

「……ございます」


 急ににどうしたのかと危ぶんだものの、サラエラは正直に答えた。すると、わッとルビーがまた泣きだす。


「どうせ、わたしはまだよ。お子さまよ。一人前じゃないんだわー」


 サラエラにも事情が飲みこめてくる。


「どなたかに、そのことをなじられたのですね?」


 ルビーは泣き声で返答する。


(ヒドイわ。わたしを子どもあつかいして)


 ルビーだって一年以上も社交界をすごし、男たちにかこまれてきた。ほんとのところ、キスはもう何度かしたし、相手がキス以上を求めているふうなのも気づいている。それがなんなのかはわからないまでも。


 だが、何よりも屈辱的だったのは、初潮がまだだと言われたことより、ユスタッシュが遊びだったという事実だ。


 一年ぶりに見るユスタッシュは日焼けが冷めて、ビックリするくらいハンサムになっていた。以前はエキゾチックだと思いはしたが、正直、顔立ちはよくわかっていなかったのだ。


 あらためて見たとき、胸がドキドキした。同時に、以前、マストからおろしてくれた彼の力強さを思いだした。

 小舟に乗ろうと誘われたとき、なんとなく、何かが起こるような気はしたが、それでもよかった。相手がユスタッシュなら、キスしてもいいと。


 なのに、それが遊びだった。からかわれていただけだと思うと、悔しくて、悔しくて、涙が止まらない。そのくせ胸の奥がガラスでひっかかれたように痛い。


 ルビーは知らなかったのだ。まだ幼すぎて、その感情がなんなのか。

 自分がユスタッシュに恋しているのだと……。

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