第22話 ルビーの初恋
ラ・マン侯爵邸。正式名称は星の雫という意味のエルニルーク城だ。その客間の一室に、ルビーはこもっていた。
扉の前には父クレメント、母ヒルダや侍女のサラエラ、ハリオットなどが立っている。
「ルビー? ルビーや? どうしたんだい? 何かあったなら、お父さまに言ってごらん」
「あら、ダメよ。父親には言えないことだってあるわ。お母さまが聞くわよ。ルビー」
だが、扉の内から返事はない。船遊びが終わるやいなや、客室にこもって、どうやら泣いているらしい。
今夜は遅いので、招待客はみんな一泊し、翌朝、ラ・マン家の船で送ってもらうのだが、いったい、ルビーはどうしてしまったのか? 両親は心配でならない。
ハリオットはひたすら、うなだれている。
「僕のせいです。いっしょうけんめい探したのだけれど、見つからなくて。ルビーを一人にしてしまった。あのとき、誰かといっしょにいたのだと思います」
クッと唇をかんで、ハリオットは手をにぎりしめる。ハリオットはルビーが男といっしょにいて、そしてその男と何かあったと思いこんでいるのだ。にぎりしめた両手はブルブルふるえ、怒りと悲しみで今にも泣きだしそうな目つきだ。
「何か……されたのかしら?」
ヒルダがつぶやくと、クレメントの顔色も変わる。
「よしてくれ。あの子はまだ十一なんだ」
「でも、わが子ながら、特別に美しい子ですもの。そのへんの十一歳とは違うわ」
耳をふさぐクレメントとは対照的に、ハリオットはこぶしをふりあげた。
「どこのどいつかわかったら殺してやる!」
本気の光がその目に宿っている。
「僕たちの仲間内ではなかった。あのときは全員がひとかたまりになっていたから。それに、僕らのではない変わった香水の残り香が、ルビーのマントからした」
ギリギリと歯ぎしりするハリオットだが、そのとき、遠慮がちにサラエラが言いだした。
「ですが、お召しものは乱れていませんでした。わたくしが聞いてみます。なにとぞ、おまかせくださいませ」
「たしかに、おまえなら、あの子も気をゆるすかもしれないわね。頼みましたよ。サラエラ」
「はい。奥さま」
サラエラは一人で扉の内へ入っていく。
ひじょうに豪華な賓客用の部屋だ。金糸の刺繍がランプの光に浮かびあがるタペストリー。天井には女神アレイラのフラスコ画が描かれ、調度品には四季の花が螺鈿で象嵌されている。
この華麗な室内で、もっとも美しい宝石のような娘は、ベッドにつっぷして泣いている。
「姫さま。どうか元気をお出しになって」
サラエラが呼びかけると、ルビーは一瞬、泣きやんだ。が、すぐにそっぽをむいて、ふたたび泣きだす。
「ほっといてちょうだい。わたしを一人にして」
「そんなふうにお泣きになって、皆さま心配していらっしゃいます」
「いいから、ほっといて」
サラエラが困って口をつぐむと、逆にルビーは自分から話しだす。しょせん、黙ってはいられない性分だ。
「……ねえ、おまえはもう、あるの?」
「何がでございますか?」
「ほら……アレよ」
「アレと言われましても」
イラだったようすで、ルビーは大きな声を出す。
「だから、月経よ!」
「……ございます」
急ににどうしたのかと危ぶんだものの、サラエラは正直に答えた。すると、わッとルビーがまた泣きだす。
「どうせ、わたしはまだよ。お子さまよ。一人前じゃないんだわー」
サラエラにも事情が飲みこめてくる。
「どなたかに、そのことをなじられたのですね?」
ルビーは泣き声で返答する。
(ヒドイわ。わたしを子どもあつかいして)
ルビーだって一年以上も社交界をすごし、男たちにかこまれてきた。ほんとのところ、キスはもう何度かしたし、相手がキス以上を求めているふうなのも気づいている。それがなんなのかはわからないまでも。
だが、何よりも屈辱的だったのは、初潮がまだだと言われたことより、ユスタッシュが遊びだったという事実だ。
一年ぶりに見るユスタッシュは日焼けが冷めて、ビックリするくらいハンサムになっていた。以前はエキゾチックだと思いはしたが、正直、顔立ちはよくわかっていなかったのだ。
あらためて見たとき、胸がドキドキした。同時に、以前、マストからおろしてくれた彼の力強さを思いだした。
小舟に乗ろうと誘われたとき、なんとなく、何かが起こるような気はしたが、それでもよかった。相手がユスタッシュなら、キスしてもいいと。
なのに、それが遊びだった。からかわれていただけだと思うと、悔しくて、悔しくて、涙が止まらない。そのくせ胸の奥がガラスでひっかかれたように痛い。
ルビーは知らなかったのだ。まだ幼すぎて、その感情がなんなのか。
自分がユスタッシュに恋しているのだと……。




