第19話 ルビーの手紙2
『ラ・マン侯爵ユスタッシュさまへ
このたびはお招きにあずかり感謝いたします。ぜひ参らせていただきますわ。貴君に会うのは一年ぶりですわね。叔父上はたいへん残念でした。憂いは解かれていませんでしょうが、どうぞ一日も早く元気になられますように。
双心の年、風の月、アイサラ旬二日
レリエルヴィ・ドナチエ・リ・ドニイ
追伸
ご婚約おめでとうございます。悲しみのなかにも喜びがあるのは天の恵みですね』
この手紙を何度も読みかえして、ユスタッシュは吐息をついた。
残酷にもルビーがユスタッシュのことなど、つゆほどにも気にしていないとわかる。こうも屈託なく、ほかの女性との婚約をお祝いされるとは。やっぱり、最初の求婚をとりさげなければよかったのだろうかと考えて、自分を笑う。
泣いても笑っても、とりかえしはつかない。父は帰ってこない。一度、口にした約束も。
「ユスタッシュさま」
ノックがあって、入ってきたのはエランと家令のヘルディードだ。二人とも両手いっぱいの書類をかかえている。
「エイトラン牧場のここ十年の出入簿をお持ちしました」
「ラ・バンジュ鉱山の報告書と、今年の星輝石の水揚げ量でございます」
見るだけでウンザリする量だ。しかし、ユスタッシュは黙って目を通す。
昨日が父の没後一年だった。この一年、ラ・マン侯爵家の財産や所有地の把握に忙しく、父の死を悲しんでいるいとまもないくらいだった。
「やっと落ちついてきたな。これで、およそは現状をつかめただろう?」
父に仕えた忠臣はそのままユスタッシュにも忠誠を誓ってくれている。ここまでやってこれたのは、彼らのおかげだ。
「若——いえ、侯爵閣下のご尽力にございます。有能なさま、お父上にもお見せいたしとうございました」
「そなたらの援助のおかげだ。これからも頼む」
「ありがたきお言葉」
「さっそくだが、ヘルディード。湖礼祭の件、遊覧船三隻でまにあいそうか?」
「確実においでくださるお客さまの数を考慮いたしませぬと」
「返事の手紙をとってある。リードに持ってこさせよう」
父が生きているうちは知らなかったが、多忙な日々だ。もちろん、家臣にお任せでなげてしまえばいいのだろうが、ユスタッシュの性格ではそれができない。
「大鳥の大門前広場で、下々にふるまい酒を出さなければな。酒は樽五十でたりるか?」
「今年は閣下の襲爵の祝いもかねておりますれば、もっと華やかになさったほうがよろしいでしょう。民の人気はバカになりません」
「代がわりの顔見せは別にと思っていたが、そうだな。酒を百樽。パンとチーズ、山鳩の蒸したのを用意し、子どもには菓子をあたえてやろう。門付には銀貨をはずんでやれ。皇都から手妻師でも呼んでおけばいいな」
「手妻師ならば、ジェルマンが評判ですな。天才とウワサされております」
「それがいい。ほかにも何人か」
話しているところへ、にぎやかに足音が近づき、扉がひらかれる。
「お兄さま!」
フォンナだ。婚約期間中なので、ラ・マンの城に花嫁修行に来ているのだ。修行といっても、ユイラに古くからある慣習である。花嫁は嫁ぐ家のしきたりなどを学ぶ。
「フォンナ。私は忙しい」
「お兄さまがおヒマなときなんてないじゃありませんの。この十日のあいだ、何度、お食事をごいっしょにしまして? さぞや、お兄さまには、わたくしよりラ・マンの財産が大事なのでしょうね」
文句を言いながらフォンナが入ってくるので、エランとヘルディードは沈黙する。どちらも苦虫をかみつぶしたごとくだ。
ユスタッシュは言い返せば十倍になって返ってくると知っているので、早々に本題を切りだす。
「用があったのではないか?」
「ありますとも。たくさんね。だけれど、まず火急の用を言いますわ。お兄さまはわたくしの顔も見たくないみたいですから」
「私は忙しいのだ」と、さっきと同じ言いわけをする。
「ええ、ええ、そうでしょうよ。むさくるしい男ばかり集めて、難しい書類をながめていらっしゃるのが忙しいのですわよね? わかってらっしゃるの? わたし、お兄さまとお話するの、今日で三日ぶりですのよ? もうじき夫婦になろうという男女がこんなものなの?」
次々にあびせられる言葉に、耳をふさぎたくなる。が、それをすればいっそう激しいつぶてになるだろう。じっと耐える。とにかく、満足するまで言わせておこうと。
(いや、そうではない)
ほんとは愛してると言って、くちづけさえすれば、フォンナはおとなしく去っていくのだ。それがわかっているができない。
喪中とはいえ、たしかに婚約者どうしが同じ城で一年も暮らして、キスもしないなんて異常だ。
(フォンナが恨むのは当然だ)
悪いのは自分だとわかっている。わかってはいるが、どうしても、その気になれない。心のなかに、まだ別の少女がいる。父の遺言で必ずフォンナと結婚しなければならないのなら、せめてそれまでのあいだだけ、今しばらくの夢を見ていたい。
「それが言いたくて来たのか?」
やっとフォンナの猛襲のあいまに口をはさんだ。フォンナはユスタッシュをにらみつけたあと、ようやく用件を述べる。
「お兄さま。喪があけたので、叔父さまのお部屋を片づけさせたでしょう?」
ユイラでは人が死んで一年間は部屋をそのまま閉めきっておく。貴族のあいだでの古いしきたりだ。死んだ人の霊が一年はそこにとどまっているからと言われている。
「片づけなければ衣類など傷んでしまう。形見わけもしなければならないし」
「わかってますわよ。でも、どうして、それを指図するのがお義母さまなんですの? この城の当主はお兄さまじゃありませんか。家事をとりしきるのは当主の正妻の役目ですわ。つまり、わたくしです」
「バカを言うのはよしなさい。義母上は父上の妻だったのだ。義母上が指図するのは当然ではないか」
「バカですって? お兄さまはいつもお義母さまの肩を持つのね」
しだいにフォンナは涙ぐんでくる。
「そうじゃない。私とおまえはまだ結婚もしていない。それならば、長くつれそった義母上が遺品を整理するのが筋だろう?」
「お兄さまのわからずや!」
泣きながら、フォンナは部屋からとびだしていった。
ふう、と室内の男たちは嘆息する。
「困ったものですな。大家の姫君であるだけに、ひくことをご存じありませんからな。何ゆえ、先代閣下はあのかたを花嫁にお選びになったのでしょう?」
「私が若輩者だからな。クルエル伯父上の後見を望んだのだろう」
「しかし、あれではさきが……」
口をにごすエランに、ユスタッシュは黙って首をふる。
(恐ろしいものだな。女の勘というやつは)
フォンナは気づいてしまったのだろう。ユスタッシュのセブリナを見る目、そして、セブリナがユスタッシュを見る目から。だから、あんなにセブリナを毛嫌いするのだ。
苦い思いが胸中にひろがる。




