第18話 ルビーの手紙1
リ・ドニイ伯爵家の一室。
ルビーの朝は届いた手紙に目を通すことから始まる。
「これはル・リファー伯爵からのお誘い。こっちはラ・ベリス侯爵。夜会に園遊会。舞踏会。みんな同じね」
ウンザリしたようすで、ルビーは招待状のたばを空中になげだした。白やピンクの封筒が花びらのように舞う。
「姫さま。いけませんよ」
庭から切ってきた花たばをかかえて帰ってきたサラエラが、めっと人さし指をつきだした。
「だって、サラエラ」
「だってじゃありませんわ。真心をこめたお手紙ですもの。ちゃんと全部お読みにならなくては」
ルビーは反省した。
「そうね。みんな、わたしを大切にしてくださってるのよね。それはわかっているの。でも、こうも毎日同じだと退屈じゃない? 遠乗りも音楽会も観劇も楽しくないわ。どうして、みんな、何年も同じことをくりかえして飽きないのかしら? わたしは一年で飽きてしまったのに」
風の月の終わりごろ。
ルビーが社交界入りしてから丸一年だ。最初は何もかもおもしろがっていたルビーも、近ごろはこの調子だ。
サラエラは笑いながら、花瓶の花をとりかえる。
「それはきっと、姫さまが恋をなさっていらっしゃらないからですわね。恋をすると、愛しいかたを見るだけでドキドキいたしますもの」
「そうかしら?」
「そうですよ」
とはいえ、サラエラだって恋なんて一度もしたことがない。大人からの受け売りだ。
「恋ねぇ。それって一人の殿方をとびきり好きになるんでしょう? わたし、誰か一人を選ぶなんてできないわ。リノンは優しいし、ノーツウェルはロマンチックな詩を聞かせてくれるし、ビスケルは気がきくわ。アランの贈り物はいつもセンスがいい。でも……」
「でも?」
ルビーはサラエラのいけた花を花瓶から一本とると、鼻と上唇ではさんで口をとがらせた。
「でも、どっかにもっと違った男の人がいないかしら? わたしを退屈させない人」
マストおりられない猫事件でもわかるように、じつは見ための美しさに反して、ルビーはかなり野生的だ。この世のものとも思えないほど美しい虹色の翼を持つルーラ鳥だって、本来は野の鳥。野の鳥は野の鳥らしくあつかわないと、カゴに閉じこめては元気をもてあましてしまう。
「わたしも男に生まれるべきだったかしら? そしたら、世界中を旅してまわるのに」
「なんて恐ろしいことをおっしゃるのですか。外国には危険がいっぱいですよ? 野盗に海賊、人さらい。ジゴロに詐欺師。姫さまにもしものことがあれば、サーラは死んでおわびしなければなりません」
「だから、わたしが男だったらと言ってるじゃない。何かこう、新しい刺激が欲しいのよ」
「でしたら、はい。さきほどまたお文が届いてまいりましたわ」
サラエラはポケットに隠していた手紙を五、六通とりだす。ルビーは気のなさそうに一つずつ封を切った。そのうちの一通に目をとめる。
「あら、なつかしい。ユスタッシュよ。今度の湖礼祭にご両親ともどもおいでください、ですって。一年ぶりですものね。そろそろ、叔父さまの喪が明けるわ」
「侯爵さまはお気の毒でしたわね。まだそれほどのお年ではありませんでしたのに」
ユイラは世界でも長寿の国だ。文化水準が高く、国全体が潤っているので、よほどの事情がなければ、庶民でも七、八十は生きる。病気の治療にも万全な富豪ならば百歳だ。
しかし、そういうサラエラの顔には不満の色が浮かんでいる。
「今の侯爵さまはヒドイおかたです。姫さまに求婚しておきながら、ほかの女性と婚約なさるなんて」
「あれは破談になったのだし、それに、叔父さまの遺言だったらしいじゃないの」
「それはそうですけど」
憤慨するサラエラをなだめるルビーだが、内心はおだやかでない。といって、ユスタッシュが惜しかったわけではない。まだルビーの乙女心は眠ったままだ。ただ、ユスタッシュがマストからおろしてくれたときの安堵感がとても大きかったので、それを考えると、なんとなく胸の底でゆったりと動く渦巻きを感じた。
「ユスタッシュがフォンナお姉さまと結婚なさるなら、わたし、あのブローチをお返ししなくちゃね。あとで聞いたけど、あれは代々、侯爵夫人に渡されるものなんですってね」
「姫さまにとてもお似合いですのに」
「でも、わたしが結婚するわけじゃないもの。いいわ。湖礼祭はほかにもお誘いがあるけど、ラ・マン侯爵の招きに応じましょう。そのときに婚礼の引き出物としてブローチをお返しするわ」
「もったいない」
サラエラの正直な物言いに、ルビーは笑った。
「返事を書くわ。紙とペンを持ってきて」




