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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
二章 からまる糸

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第17話 船上の宴2



「ごめんなさいね。わたし、木のぼりは得意なほうなのよ。だから、こんなふうになるなんて思いもよらなかったの」

「それはいいので、手を伸ばして。ゆっくり、私の手をつかんでください」

「ほんとは一番下で満足しておくつもりだったのよ。この棒、なんていうのかしら? 鬼さんから隠れるには下で充分だし。でも、上から見たら湖がキレイなんだもの。それでついここまで。そして、真下を見たら目がまわって……変よねぇ。湖を見るぶんにはぜんぜん平気だったのに」


 話し続けるルビーの手をつかんで、初めて、ユスタッシュは彼女がふるえていることに気づいた。ルビーは怖さをまぎらわせるために、こんなどうでもいい話をしているのだ。勝気な女王さまにも少女らしい一面がある。


 ユスタッシュは微笑して、ルビーの華奢な体を抱きよせた。


「もう安心です。私にしっかりつかまって」


 ユスタッシュは片腕でルビーをかかえたまま、片手でロープをにぎり、マストをくだる。両腕でユスタッシュの首にしがみつくルビーをぶらさげて、するするとすべりおりた。物心ついたときから船は遊び場だ。船乗りのマネなんてたやすい。


 だが、もう少しで甲板におりるというとき、最後尾の三号船がゆるやかに近づいてくるのを認めた。

 不安がユスタッシュの胸をよぎる。あれは父の乗っている船だ。


「ありがとう。ユスタッシュ。ほんとに助かったわ。あなたはわたしの命の恩人ね」


 甲板におりたつと、ルビーは感謝のキスをユスタッシュの頬に贈る。だが、それにも上の空だ。


 父の容態はいまだ万全ではない。これが、ユスタッシュがパーティーを楽しめない最大の理由だった。

 たしかに、近ごろ、日増しにオルギッシュの体調はよくなっていた。寝たきりではなくなっていたものの、出港前、父の紫色の唇を見て、ユスタッシュは城に残るようひきとめた。しかし、父は頑固に聞かなかった。典医は心臓が弱っていると言っていた。ムリをしてはいけないと……。


 三号船は合図の銅鑼どらも鳴らさず、ユスタッシュの船によこづけしてくる。やはり、異常だ。何か起こった。

 二隻の船にかけた渡り板を走ってくるのは、オルギッシュの側近エランだ。


 ユスタッシュは自分がまだ腕にルビーをかかえていることも、まわりで彼女のとりまきがさわいでいることも眼中にない。急いで彼女を誰か(おそらく、とりまきの一人)に渡すと、舷側げんそくにかけよった。


「ユスタッシュさま! いずこですか? ユスタッシュさま!」

「エラン。ここだ」

「一大事でございます。さきほど、侯爵閣下が……」

「父上に何かあったのか?」

「さきほど、お倒れに」


 ユスタッシュは自分でも血の気がひくのがわかった。すっと空気が冷たくなる。


「それで、今は……?」

「今はわずかにもちなおしておられます。しかし、至急、閣下のおそばに……」

「わかった」


 答えながら、すでに渡り橋にとびのっている。が、フォンナが呼びとめた。


「待って。お兄さま。叔父さまに大事なら、わたしも行くわ。叔父さまにはお世話になっておりますもの」


 フォンナが渡り橋にあがれなくて四苦八苦している。そこへ、エルタルーサの声がした。


「私につかまりなさい。フォンナ嬢。ユスタッシュ、君は急いで伯父上のもとへ」


 うなずき、ユスタッシュは船から船へ渡した手すりもないブリッジを走る。不安が高まる。


 三号船は奇妙に静かだった。招待客も事情をわきまえているのか、ひっそりと甲板に立ち、行く末を見守っているようだ。


 家令のヘルディードが出迎えている。


「ユスタッシュさま。こちらでございます」


 つれられていくと、船室のせまい一室で、オルギッシュはすでに死んだように青白くなっていた。


「父上」


 何人もの医者が父の枕元に立っていた。どの顔も暗い。つきそうセブリナは涙をこられていた。


「父上。ユスタッシュです。わかりますか? ただいま参りました」


 かすかにオルギッシュの目がひらく。ちょうどフォンナとエルタルーサも追いついてきた。オルギッシュはユスタッシュを見つめ、それからフォンナをながめた。


「ユスタッシュ。父は後悔しておる。わしは晩婚であったゆえ、こうして、そなたらが年若いというのに残して逝かねばならぬ」

「何をおっしゃいます。そのような弱気を——」


 言いかけるユスタッシュを典医が手ぶりで制した。病人にしゃべらせよというのだ。ユスタッシュはわずかな希望まで打ちくだかれた。それは遺言という意味だ。


「そなたはまだ若い。そなたがレリエルヴィを好いているのは知っておる。わしが健康ならば、数年待ってやりたかったが……ユスタッシュ。聞いてくれるな? そなたがラ・マン侯爵家を盛りたててゆかねばならぬ。わしのようにまだ若いわが子を残していく憂いを味わわぬよう、近々に妻をめとるのだ。フォンナはそなたを好いておる。よい嫁になるだろう」


 すると、すかさず、フォンナがベッドの前にすべりだし、ひざまずいた。


「わたくし、全身全霊をこめて、お兄さまにお仕えしますわ」

「ユスタッシュ。聞いたな? そなたはときにムチャをする子だ。もし今、そなたに何事かあれば……頼む。フォンナといっしょになってくれ。ひきうけてはくれまいか?」


 父の声はだんだん弱くかすれてくる。ぜいぜいと苦しげな呼吸の音がやけに耳につく。

 ユスタッシュはぐるりと典医たちの顔を見まわした。全員が一様に重々しくうなずく。


 父は死ぬのだ——


 ユスタッシュは深呼吸し、父の手をにぎりしめた。


「わかりました。父上」


 ほんとに?

 ほんとに、それでいいのか?

 自分のなかの何かを殺されたような気がした。でも、ほかにどうすればよかったろう?


 そのあと、父は何度かうわごとをつぶやき、船上で息をひきとった。まだ岸へむかう途上。自身の城へ帰ることなく逝ったのだ。


「父上——父上!」


 遅れてきたエルヴェが父にすがりつき、泣き叫ぶ。

 ユスタッシュは悪い夢でも見ている気分で、それをながめた。

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