第16話 船上の宴1
ユイラ三景にも数えられるルーラ湖に、三隻の船が浮かんでいる。
湖底に眠る星輝石の大鉱脈のおかげで、夜空をそのまま切りとったように輝く湖面と星空に包まれ、まるで船は星の海をただよっているかのようだ。
「素敵だわ。広間のバルコニーから見たときとはまるで違うのね。お兄さま」
広間の夜会から一昼夜。翌日は夕刻から船上でのパーティーだ。やはり、夏の一番の人気は夜の湖での船遊びだ。豪華に飾りたてた遊覧船。満天の星。濃紺の水面にも金色の光が星のしずくのようにきらめく。星輝石はそれじたいが光を発するのだ。
ロマンチックな景色に、フォンナはすっかり酔っている。しかし、何もユスタッシュとフォンナが二人きりなわけではない。
ユスタッシュたちの船は独身の若者だけを乗せた一隻だ。まわりには着飾った令嬢や貴公子が大勢いて、甲板の音楽や、ときおり岸からあがる花火に夢中になっていた。ゲームをしたり、ダンスを踊ったり。なかには、このムードを利用して、好きな人を誘って二人きりになる者もいるだろう。
「フォンナ。私の相手はいいから、君は親しい人のもとへ行っていなさい」
「わたしはお兄さまといたいのよ」
「私は君の相手ばかりしていられない。船内に異常がないかクルーに聞いてこなければ。グラスや食事がたりているかも確認しないといけない」
「わたくしも行きます。腕を組んではくださらないの?」
貴婦人からこう言われれば、断れないのがユイラの社交界だ。しかたなく腕を組んで歩くユスタッシュに、あちこちから声がかかる。この一号遊覧船のホストはユスタッシュなのだ。あいさつに余念ない。変わり者と言われてはいても、そこは嫡男の教育を受けている。
「やあ、ユスタッシュ。湖礼祭の前にこの景色を楽しめるなんて嬉しいよ」
「まったく何度見ても素晴らしい」
「君はもう見あきてるかもしれないが」
ほろ酔いかげんの客はみな上機嫌だ。
船上では今、マリールという遊びが始まっていた。マリールは愛の女神アレイラの九番めの息子で、子どもの姿をした愛の運び屋である。
小山内神の名をとったこの遊びは、鬼ごっこの一種だ。鬼になった者が想い人をつかまえ、両想いならカップル成立で遊びはおしまい。片想いなら、今度はつかまった者が自身の好きな人をつかまえる。これがえんえんと続く。
ユスタッシュはこれに参加せず、船内の状況を衛兵から聞いていた。
「ユスタッシュ。君もくわわればよかったのに。愛しの君を抱きしめるチャンスだったのにな」
笑いながら近づいてきたのはエルタルーサだ。
「からかうのはよしたまえ。私は少女を追いまわす無礼はしたくない」
「おや。私は相手が少女だとは言わなかったがね。君はすっかりあの娘にのぼせあがってると見える。こうしてほかの女性と腕を組んでいるのに」
「これは……」
「何、かまわないさ。恋は自由だ」
エルタルーサは酔っているらしい。いつもより、さらに陽気だ。
ユスタッシュの心は対照的に晴れない。
原因は二つ。いや、正確には三つ。一つは自分の恋が前途多難らしいこと。ほとんど望み薄のようだ。それはもともと承知の上だった。が、ユスタッシュは気づいてしまった。エルヴェの目が昨夜からずっとルビーを追っていることに。
(そうか。おまえもか)
それは、しかたない。あれほど生き生きとした美少女だ。誰だって惹かれないわけがない。しかし……。
やはり、これは罰なのだろうか?
父をだまし、裏切ってきたことへの?
よこでエルタルーサが何やら話していたが、ユスタッシュの耳を素通りしていく。ところが、そのときだ。
「ねえ、おろしてはいただけませんこと?」
頭上から声が降ってくる。
見あげたユスタッシュは息をのんだ。なんと、マストの帆桁にルビーがすわっている。それも、かなりの高所だ。
そういえば少し前、しきりに彼女を呼ぶ声が聞こえていた。
「あなた、いったい、そこで何をしているんですか!」
「マリールよ。みんながあんまりしつこく、わたしを追いかけるから、ここで隠れてたの。そしたら、あら、困ったわ。のぼるのはらくだったのに、おりられなくなってしまったの。高いところで助けを求める猫ちゃんの気持ちね」
「猫はともかく、あなたが落ちたらたいへんだ。待っていなさい」
マストにのぼろうとするが、その腕をフォンナが強くつかんでひきとめる。
「フォンナ。人の命がかかっている。離しなさい」
「イヤよ。自分でのぼっておりられなくなったのよ。ほっとけばいいんだわ」
ユスタッシュは嘆息した。
「フォンナ。君にガッカリさせないでくれ。ふだんはワガママでも、私が熱を出したとき、不器用ながら君はけんめいに看病してくれた。君のそんなところが好きなんだ」
そんなふうに言われると、フォンナも文句は返せなかったようだ。素直に手を離す。
ユスタッシュはマストをあがっていった。おどろいたことに、ルビーは三段ある最上段にいる。




