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異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
二章 からまる糸

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第15話 帰還の宴3



 しかし、もちろん、レニードだって、自身がユスタッシュに嫌われていることは百も承知していた。あのウジ虫を見るような眼差しに何も感じないなら、それは死人であろう。


(クソッ。お高くとまりやがって。生まれたときからありとあらゆる贅沢があたりまえだったやつに何がわかるっていうんだ? 貴族とは名ばかりの貧乏暮らしがどれほどみじめだったか。その日の食事にもことかいて、空腹のあまり他人の皿をなめたんだぞ)


 じっさいには敵国ブラゴールで貴公子が耐えられる限界など、はるかにこえた侮辱を、ユスタッシュも受けている。死ななかったのが不思議なほどの過酷な差別だ。


 宴会の席で女官がわざと大使の頭から酒をこぼしてみせるていどは、まだいい。番兵は平気でカンカン照りの門前に何刻も待たせるし、やっとの思いで領事館へたどりつくと、そこでも気づかないふりで、翌朝までしめだしを食らう。


 道を歩けば乞食にツバを吐きかけられ、子どもには石をなげられる。市場ではまともに食物も売ってもらえない。三日も水だけでしのいだこともある。そんなとき、ユスタッシュは他人の皿をなめるようなマネはせず、わずかなたくわえを自分のぶんまで従者にわけあたえる。そういう男だ。


 三日と続かないと言われるブラゴール大使を、ユスタッシュは三年勤めている。だから、ユスタッシュが苦労知らずだというレニードの考えはまちがっている。要するに、レニードは生まれや育ちではなく、品性が卑しいのだ。


 しかし、レニードはそれに気づかず、ユスタッシュを責めることで自分をなぐさめていた。いや、気づいているからこそ、なおさら腹立たしいのかもしれない。


 そんなレニードにとって、妹が富豪と結婚したのはこの上ない好機だ。この機会を徹底的に利用してやろうというのが、レニードの魂胆だ。


 レニードは大勢の人のあいだをぬって、エルヴェを探した。ユスタッシュと違って、気の弱いこの甥は必ず切り札になると、レニードは考えていた。甥とは言え、五歳しか違わないユスタッシュより、あつかいやすいせいもある。


 レニードが見つけたとき、エルヴェはカーテンのすみに身を隠して、ひっそりと広間をながめていた。同じラ・マン侯爵家の息子なのに、かなりお粗末なあつかいだ。


 が、それもいたしかたない。ユスタッシュでさえ、嫌われ者である一方、彼の人柄を買う者も少なくない。好かれるか嫌われるか両極端だが、エルヴェの場合は好かれも嫌われもしない。いるかいないかわからないからだ。内気でおとなしく、目立ったところもない平凡な少年。存在感がないに等しい。


 この少年を見るときにだけ、レニードは嘘偽りなく優しい気持ちになれる。それは自分より絶対的に劣る人間に対する優越感に裏打ちされた優しさだ。負け犬であるレニードがゆいいつ優位に立てる存在なのだ。


「エルヴェ。そんなところで何をしてるんだ?」


 声をかけると、エルヴェは決まり悪そうに頬を赤くした。どういうわけか、セブリナは両親にも兄であるレニードにもあまり似ず、ひじょうに美人だ。両親の持つパーツをいい感じに絶妙のバランスで配置されたふうである。エルヴェはそのセブリナのおもざしを継いでいる。頬を染めると女の子のようだ。


「おまえはまた仲間はずれにされたのかい? 兄上は冷たいな」

「兄上はお客さまのお相手で忙しいから……それに、ぼく、すみっこが好きなんだ。ここからなら、兄上のお姿がよく見えるから」

「何を言ってるんだ。おまえたちはほんとの兄弟なんだ。それを遠くから見て満足してるなんて。まるで片思いの娘っ子だ」


 エルヴェは赤い頬をもっと赤くして目をふせた。

 レニードは優しく見える笑顔を作って、エルヴェの手をひく。


「せっかく、これだけめずらしいものがあるんだ。いろいろ見てまわろうじゃないか。むこうには、おまえと同じ年ごろの美しい令嬢がいるんだぞ。ひとめでも見たかい?」

「いいえ」

「それはいけないな。おまえの兄上がプロポーズしたってウワサだ。それに、おまえにとっても親戚にあたるんだ」


 レニードにしてみれば、自分一人では相手にもされない身分の高い人々の集まりだ。成人して父の位を継いだとはいえ男爵にすぎないし、領地も官位もない。その点、侯爵家の息子であるエルヴェをつれていれば、それをだしにお近づきになれる。都合のいいお人形だ。


 そうやって、エルヴェはムリヤリ人前につれだされた。が——


「初めまして。彼はどなた?」

「ユスタッシュの弟ですよ。兄と違って可愛らしいでしょう?」

「ユスタッシュも少年時分は可愛かったんだが。もっとも、見ためだけの話でね。中身は違っていた」


 ルビーの美貌に、エルヴェは声も出ない。


「エルヴェというのね。わたしたち、お友達になりましょ?」


 うなずくエルヴェのおもては真紅に染まっていた。

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