第13話 帰還の宴1
ラ・マン侯爵家の大広間を薄暗い灯りが照らす。独特のエキゾチックな香りがあたりを満たしていた。調度品もこの日のために繊細なユイラ風から、ブラゴールよりユスタッシュが持ちかえった品物に変わっている。むこうの屋敷で使っていたものだ。
香油のランプ。極彩色のツボ。幾何学模様のじゅうたん。タペストリー。
給仕の女たちは白い肌に銀の胸あてと足の透ける腰布をまとい、目から下を薄絹でおおっていた。ブラゴールの衣装だ。
本日は料理もすべて、あちら風である。馬肉のステーキや、子羊の丸焼き。ユイラ人の口にもあうよう香辛料の量を調整したスープ。山羊乳のヨーグルトあえなど。
オルギッシュが招待客の前であいさつをする。
「愚息の帰還の祝いのため、お集まりいただいた諸兄姉。深く感謝いたしますぞ。ぞんぶんに楽しんでいただきたい。ごらんのとおり、今宵はすべてブラゴール風となっておりますゆえ、話に聞くかの国を心ばかり味わってごらんじあれ。また、広間にならべた、これらの品々は、土産として皆さまにお持ち帰りいただく所存。お望みあれば、なんなりとお申しつけくだされ。早い者勝ちにございますればな。では、ごゆるりと召されよ」
オルギッシュは体調が万全ではないので椅子に座したままだが、客たちからいっせいに拍手が起こった。
広間に飾られた品物をどれでもプレゼントするというのだから、ずいぶん太っ腹だ。
子羊の丸焼きを載せた大皿は藍地に金で唐草が描かれ、それだけでもそうとうな代物だ。ほかにも、壁には宝玉を象嵌した半月刀がかけられ、魔神にさらわれようとする美姫を勇者が救うタペストリーは、おそらく何十人もの織姫が何年もかけて作りあげたに違いない。
今宵の招待客のなかには、ラ・クルエル公爵を初め、ほかにも五大公のアルメラ大公、レイモンド公爵夫妻もいた。彼らに持たせる土産はそのくらいの品物でなければ失礼にあたる。
しかし、それにしても気前のいい申し出は、むしろ客の半数をしめている親族に対する力の誇示でもあった。ルーラ湖岸協定者として恒久的な財源を持つ長である立場を、ここぞと主張しているのだ。長年、侯爵位にあるオルギッシュは貴族の心をつかむことに長けていた。
あいさつに続いて、ユライナからつれてきたダンサーがブラゴールの曲にあわせ、なまめかしい踊りをひろうする。次にターバンを頭に巻いた男が蛇を使った奇術を見せる。寸劇のあとには、いよいよ無礼講だ。
「ユスタッシュ。元気そうだな」
「君がいないあいだ退屈だったぞ。互角に戦える相手がいないんだからな」
「三年のあいだに腕をあげたんじゃないか?」
ユスタッシュのまわりに集まってくるのは、彼をライバルとみなした剣術狂いや、才気をみこんだ年上の男、または傍若無人に見える態度は社交界になじめず傷ついてしまう心のせいと見ぬける年上の女たちだ。それでいっそう同世代の令嬢は近づきにくくなってしまう。
女など見むきもしない武術家や若い将校にかこまれるユスタッシュに、業を煮やしたのか、オルギッシュが近づいてくる。
「これ、ユスタッシュや。わしはさきに退出する。あとを頼んだぞ」
「はい。父上」
「それからな。むこうでレリエルヴィが男どもを従えておるではないか。男どうしの気楽さに逃げてはならん。あいさつに行かぬか」
「ですが、父上……」
「ですがも何もない。行け」
「わかりました」
ユスタッシュは頭をさげて歩きだす。亡くなった最初の妻に似た息子を見送りながら、オルギッシュはため息をついた。
「まじめはよいが、どうも奥手すぎる。年の差がなんだというのだ。好きならガッツリ行かんと、いい女はすぐにほかの男にとられるぞ」
となりで夫の肩を支えるセブリナは眉をひそめた。
「それは……どうでしょう。出会ったその日に求婚なさったのだから、奥手とは言えませんでしょう」
セブリナの声はかすかにふるえ、かたい。
オルギッシュはそれを型破りな継子に対する批判だととった。
「いや、何。男はそれぐらいでよいのだ。よほどルビーを好いたのだろう。わしもそなたに会って三日のうちには求婚していたぞ」
「そうでしたわね」
「このように病がちになり、そなたにはすまなく思っておる。やはり、もっと若い男のほうがよかっただろうな」
セブリナは悲哀に満ちた笑みを浮かべた。
「殿には何から何までよくしていただいて、わたくしこそ申しわけなく思っております。わたくし、殿に救っていただかねば、家族の口を養うために花宿へ行かなければならないところでした」
セブリナの父は領地を持たない下位貴族だった。宮中に官位を持って代々、家を守ってきた。だが、まだ兄妹が小さいうちに父が急死してしまった。
それから彼女たちの生活はまたたくまに降下した。貴族としての体裁は保たなければならない。当時、まだ騎士学校に入ったばかりの兄をなんとか卒業させ、官位につけなければ収入源が絶たれる。学費はバカにならなく高いのだ。
年老いた祖母と、泣くしか能のない母と、幼いセブリナがお針子をして、その日を暮らした。ヒマを出した小間使いのかわりに家事もすべてセブリナがこなした。毎日、夜中まで働いて、へとへとになって眠りについたものだ。
それでも、女三人の稼ぎなどたかが知れていた。彼女が十代になったころには、あちこち借金だらけで、にっちもさっちもいかなくなっていた。花宿に身売りはもののたとえではない。正確に宿入りの日取りも決まっていたのだ。路地裏で泣いていたセブリナを馬車で通ったオルギッシュが見初めた。嘘のようなぐうぜんだった。
(殿には、ほんとに感謝している)
あの日、目の前で馬車が止まり、顔をあげたセブリナが見たのは、しおれかけた花を愛でるような優しく、あたたかな笑顔だった。
求婚されたときには、年はずいぶん離れているとは思ったものの、この人のあたたかさに包まれたいと願った。早くに父を亡くしたから、よけいに年上の男が恋しかったのかもしれない。
借金もすべて返してくれた上、数々の贅沢な品が贈られ、嫁入り道具まで用意された。兄には士官を紹介され、母も祖母も泣いて喜んだ。オルギッシュの財力と愛される幸福に酔った。
なんという頼りがいのある人だろうか。この人になら、生涯、仕えられると信じていた。おだやかな愛。それを恋だとすら思っていた。それなのに……。
セブリナの目はどうしても、ユスタッシュの姿を求めてしまう。二度とゆるされないとわかっているのに。




