表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界源氏物語〜愛に形があるのなら私はあなたの翼になる〜  作者: 涼森巳王(東堂薫)
二章 からまる糸

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/94

第12話 弟、エルヴェ



「ともかく、そなたが若い娘に関心があるとわかっただけでも安堵した。じつはひそかに案じておったのだ。成人してもいっこうに婦女子に興味なさげなので、わが息子は体に欠陥があるのか、はたまた男色家であろうかと」

「……父上」


 オルギッシュは豪快に笑った。しごく機嫌がいい。


「そなたが帰還した祝いに宴をひらこう。むろん、レリエルヴィも招いてな。男は待っているだけではいかん。強気で行くのだ」


 ユスタッシュは嬉しげな父を見ていられなかった。父は大貴族の御曹司として何不自由なく育ち、今まで来ているので、人を疑うことを知らない。息子のユスタッシュを心から信じて溺愛している。


(私はあなたに愛される資格はないのですよ? 父上)


 ユスタッシュも立場は父と同じであるが、心はすでに六十すぎの父より老いていると思う。愛する人を裏切ったという思いが、少年時代からずっと、ユスタッシュの心を重く閉ざしている。


「そのような催し、父上のお体にさわります」

「何を言う。そなたの顔を見たせいか、ずいぶん、かげんがよいのだ。この月のそなたの誕生祝いもせなんだし、そのぐらいせねば、ほかへの示しがつかん」


 風の月はユスタッシュの誕生月でもあった。すでにユイラへの旅の途上で一人さみしくすましていたが。


 嬉しくてしかたないようすの父に、ユスタッシュは何も言えず、一礼し退出する。が、父が呼びとめた。


「エルヴェが会いたがっていたぞ。たまには相手をしてやってくれぬか」


 ユスタッシュはうなずいた。

 今度こそ退室すると、部屋のなかからフォンナの声が聞こえてくる。


「叔父さま。約束が違うじゃありませんの!」

「まあまあ、よいではないか。わしはそなたが嫁でもかまわんが、こればかりは息子しだいだ。しかし、そなたが見事、ユスタッシュの心を射止めるぶんには賛成するぞ」

「そういうことなら、わかりましたわ。わたくしにも覚悟があります」


 なんとも豪快なナイショ話だ。廊下のユスタッシュにまで丸聞こえである。扉の外で待っていたリードをつれて、早々にその場を逃げだした。


「旦那さまはフォンナさまが苦手でいらっしゃいますね」


 リードはクスクス笑う。


「昔から、よい思い出がないからな」

「あの家宝のブローチがご継嗣けいしから婚約者に贈られると聞いて、ユミオンさまの宝石箱から盗みだされたり」

「あのときはおれの手に押しつけて、『さあ、渡せ』というから、そのまま母上にお返ししたのだったな。そのあと一日、泣きわめかれて往生した」

「あるいは、旦那さまがご本にばかり気をとられているので、そのご本をとりあげ、スカートのなかへ隠してしまわれたり」

「そんなこともあったな」

「あれは旦那さまが十三のときでしたでしょうか?」


 なにげないリードの言葉に、ユスタッシュは胸をつきさされた。


(そうだ。十三だった)


 思えば、あれは多感な年だった。父が再婚し、それに先立ち、ひそかな憧れの皇女も嫁いでいた。

 ユスタッシュが子どもでいられた最後の年だ。


「旦那さま。もうお休みになられますか?」


 リードの声が物思いをさます。

 昼までルビーの目ざめを待ち、それから数刻かけて城に帰ったので、とっくに日は暮れていた。晩食は船内ですませている。


「いや、エルヴェに会っておこうか」


 苦いものをかみしめるように、ユスタッシュは言った。

 ほんとは会いたくない。だが、会わなければならないだろう。エルヴェを嫌いなわけではない。病弱で年の離れた弟は可愛い。むこうも兄上、兄上と慕ってくれている。


「九つだったかな?」

「さようでございますね」


 では、ルビーの一つ下だ。それはそうだろう。そうならなければおかしい。あのことがあったのは、ヒルダ皇女が従兄弟と結婚したあとだった……。


 ユスタッシュが会いに行くと、エルヴェは夏風邪をひいていた。あいかわらず病がちだ。


(一つの城に病人が二人か)


 だからこそ、父の期待がユスタッシュ一人に過剰にかかるのだ。ラ・マン侯爵家を盛りたてていかなければならない重責は、ユスタッシュも自覚していた。


「ぐあいはどうだ?」


 ユスタッシュを見ると、エルヴェはベッドの上でとびおきた。


「兄上! ぼく、すっかりいいんです。だいたい、そんなに悪くないのに母上が病人あつかいして——それより、こちらにいらしてください。兄上。昨日はお急ぎで、帰られたと思ったら、すぐに出かけられたと聞いて、すごくガッカリしたんですよ」


 会えば、やはり弟は可愛い。すっかりいいと言いつつ、エルヴェの頬は熱で赤らんでいる。年より小柄で、三年前からさほど体格も変わっていなかった。


「まだ熱があるんじゃないか? よこになっていなさい」

「平気ですよ。ぼく、兄上とお話がしたくて。早く、こっちへ来てくださいよ。ねえ、ブラゴールは楽しかった?」


 ユスタッシュはエルヴェの枕元に腰をおろし、すがりついてくる弟のダークブロンドをなでた。その髪色はユスタッシュが父から受け継いだものだ。つまり、エルヴェもまた父からもらったのかもしれない。ユイラ人は黒髪黒い瞳が多いが、エルヴェの瞳も黒かった。それはセブリナの目の色である。


(いっそ、もっとハッキリした証があれば……瞳が青いとか。私の瞳の色は母上から継いだものだ)


 いや、そんなことになっていれば、父がどれほど悲しみ、苦しんだだろう。愛する息子に裏切られたと知れば、父の嘆きはどれほどだろうか? 苦しむのは自分だけでいいのだ。


(あのとき、おれはまだ十三だった)


 慕っていた女性のとつぜんの結婚。二つしか違わない父の後妻。過敏な思春期の少年少女。

 すべての条件が整いすぎていた。


 あの夏の日。あずまやで……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ