第9話 一夜明けて
翌朝。ルビーが目ざめると、二人の客が来て待っていた。
「姫さま。お客さまですわ」
侍女のサラエラがドア前で告げる。
「どなた?」
サラエラは部屋に入ってきて、カーテンをあける。ルビーはぼんやりとそれをながめる。
「なんだか、いろんな夢を見たわ。海底の人魚の国へ遊びに行くの。すると、そこにあの侯爵令息がいて、おみやげに星輝石のブローチをくれるのよ」
「まさに、そのかたがおいでです。お客さまはその侯爵令息と、ハリオットさまですよ」
「やっぱり、侯爵令息からの求婚についてかしら?」
「そうでございましょうね」
ルビーはサラエラに手伝われて髪をくしけずり、衣服をかえて、朝食を運ばせた。
「お母さまやお父さまよりさきに、別のかたを部屋に迎えるなんて、これまではなかったわね。それも大人の仲間入りしたからだわ」
「姫さまがめずらしくお寝坊なさったことでもわかりますわ。でも、わたくし、なんだかさみしいのです。姫さまが遠い人になったようで」
ルビーはおさげ髪をした侍女をながめた。サラエラはルビーと同い年だが、働いているせいか、少し大人びて見える。ルビーほど華やかではないものの、ユイラ人らしく整ったおもてに、いつもはしっかり者らしい表情が浮かんでいる。が、今は少し物悲しそうだ。
「わたし、今、気づいたわ。あなたの髪、おさげのままね。わたしだけ大人の髪型になったのがいけないのよ。お母さまに言って、あなたもわたしと同じにしてもらいましょう」
「姫さま……」
「わたしたち、これからもずっと友達よ」
「もったいないお言葉です」
サラエラは乳母の娘だ。侍女であり、友達であり、乳姉妹でもある。二人は手をにぎりあって、たがいの友情をたしかめた。
「あっ、いけない。お客さまだったわね」
「ハリオットさまは朝一番にお越しになって、イライラしながらお待ちです。もうおひとかたは同じころに来て、何刻でも待つとおっしゃってますわ」
「きっと人魚の国は時間の進みかたも違うのね。いいわ。次期侯爵をここへ呼んで。ハリーの用件はどうせわかってますから」
サラエラが出ていくと、ルビーは急に思いたって、胸に昨夜のあのブローチをつけた。昨日はハリオットがずいぶんさわいだものだけど。
「ルビー、君はほんとにあの男と結婚するつもり? わかってるんだろうね? 男が身につけているものを女に贈るのは求婚だ。そして、女がそれをまとうのは承諾するって意味だよ。そりゃ、今どき、こんな古風なプロポーズ、誰も真に受けないだろうけど」
「そうなの? 知らなかったわ」
「みなさん、聞きましたか? ルビーは知らずに受けとっただけだ。この婚約は無効です!」
なんて、ハリオットがわめいていた。それで今朝もようすを見に来たのだろう。
ほんとは、ルビーは知らなかったわけではない。精霊の王から首飾りを受けとった娘の話は絵入りの童話で読んだ。
「お客さまをおつれしました」
サラエラが案内した次期侯爵ユスタッシュのうしろには、ルビーの両親もひっついている。
「おはよう。令嬢。あなたに会えて光栄です」
ユスタッシュはルビーの手に接吻する。が、ルビーはちょっとガッカリした。今日のユスタッシュはふつうのユイラ服を着ているのだ。褐色の肌には昨日のブラゴール装束のほうが似合っていた。
「ラ・マン次期侯爵さま。わたし、これから朝食ですの。ごいっしょにいかが?」
ユスタッシュはためらっている。いつ本題に入ろうという顔だ。そばで見ている父母もソワソワしていた。
妙に緊迫したふんいきのなか、無言のまま食事が進む。もっとも、食べているのはルビーだけだ。
やがて、決心したようすで、母ヒルダが口をひらいた。
「ねえ、ルビー。あなた、ほんとのところ、ユスタッシュをどう思っているの?」
あまりにも単刀直入だったため、ユスタッシュがたじろぐ。
「いや、わかっています。ご令嬢は私を思いやって話をあわせてくださったのだ。他意はありませんよ」
「あら、わかりませんわよ。ここは本人に聞いてみませんと」
「いやいや。ヒルダ。ルビーはまだ子どもだよ。十歳なんだよ? いくらなんでも、それはないよ」
大人たちのやりとりが、ルビーには妙におかしい。
「わたし、このブローチ、気に入ってるわ」
ルビーが昨夜のブローチを鏡台のひきだしから出してくると、ユスタッシュは複雑そうな顔をする。
「それはもう、あなたのものです。さしあげた品を返せとは言いません。私は昨夜、あなたへのプレゼントを用意していなかった。あなたは私の困った立場に気づいて助けてくださったのですね?」
「ええ、まあ」
「やはり、あなたは思ったとおりの淑女だ」
ユスタッシュのおもてはますます複雑になる。あのあたたかな微笑を見せながら、一方でどこかさみしげでもある。
「だから、本日は提案に参りました。ブローチはさしあげます。そのかわり、求婚に関しては、あなたから断っていただけますか? あなたの今後のためにも、それが一番だと思うのです」
日焼けして顔色のわからないユスタッシュを、ルビーは見つめる。
「あなたはわたしを好きなわけじゃないのね?」
一瞬、ユスタッシュは戸惑って見えた。
「……もちろん、あなたは魅力的ですよ」
「ありがとう。では、お望みどおりお断りいたします」
ユスタッシュはそのまま一礼し、去っていく。
なんだか今日の彼はモゴモゴしてばかりで態度が冴えない。昨日とは別人みたいだ。
「ルビー、よかったの? あなたが好きなら、お母さま、反対しないわ。ユスタッシュはあなたの年齢を考慮してるだけよ」
ルビーはかぶりをふった。
「彼って意外とマジメなのね。なんだか、ガッカリ」
ルビーの言いぶんに、ヒルダは苦笑した。




