■六■
沢田邑夫は古遊戯研究会の顧問で化学の教師でもある。そんなわけもあって昼食は化学室の準備室でよく食べていた。だからといって化学室が好きというわけではなく、ここが言ってしまえば自分の居城であるからだ。そういう場所は不思議と居心地がよい。
そこに「失礼します」と入ってきたのは古遊戯研究会の部員の一人である椚湊だった。
「珍しい来客だな。何か用か?」
「毎年恒例の雪合戦をやるので、その申請ですよ」
「そういや、もうそんな時期か」
邑夫は申請書を受け取りながらぼやく。
「……やっぱり、俺も同伴したほうがいいんだろうな」
「先生がいないと審判がいないじゃないですか」
「前から思っていたんだが、どうして顧問が審判なんだろうな?」
「そもそも、古遊戯研究会の顧問が顧問らしく部に参加するのが雪合戦の審判くらいのものじゃないですか」
「ふむ。言われてみれば、そんな気もしなくはないな」
思い返してみても、部室に顔を出したのは今年だけでも数回くらいしかない。そもそも監督がそれほど必要な部ではないし、特に指導することもない。というかできることがない。だから、思い出したときに顔を出すだけでも、顧問としての役目は十分に果たせているはずだ。
「日程は次の土曜日か」
邑夫は壁にかけてあるカレンダーと睨めっこするが、その日は特に予定もない。仮に理由があって行けなかったにしても代行を立てる必要もある。
(行かなくていい理由がないな……)
「わかったよ。何時どこに集合かは教えてくれよ」
「わかり次第すぐに伝えますよ」
「頼む」
そこで会話も一旦とぎれて湊も失礼しようと思っていると、ノックと共に来訪者があった。
「失礼します」
「菖蒲か……」
入ってきたのは月乃である。
「やあ、菖蒲さん」
「こんにちは、椚先輩」
月乃は両手に抱えたプリントの束を邑夫に渡す。
「先週出された課題のプリントです」
「ご苦労さん。全員分か?」
「数人ほど間に合わなかったようです」
「了解だ」
「まったくしょうがない奴らだ」と邑夫はぼやきながら渡されたプリントを脇にやる。
「そういえば菖蒲さんは最後に雪合戦したのっていつくらい?」
「小学生のとき以来じゃないかと思いますけど」
「まあ、普通はそんなもんだよな。そういやチーム分けは終わったんだろう?」
「ええ。僕と菖蒲さん、それに篠尾君がチームになりました」
「篠尾は中学時代に野球部だったんだっけな。なかなか優良そうなチームじゃないか。で、勝つ自信のほどはどうだ?」
「それはやってみないと何とも……」
「勝負は気迫も大事だぞ。戦う前から、そんな調子だと勝てるものも勝てん」
湊は「ははは」と困った笑いを浮かべる。湊自身も勝負とかいうものはそれほど得意なほうではないのだ。
「そういえば、まだ雪合戦のルールとか聞かされてないんですけど、どんな感じなんですか?」
湊は月乃に詳しい説明をしていなかったことを思い出して、古遊戯研究会の雪合戦ローカルルールを説明した。
「ルールは大体わかった?」
「大体はわかりました」
「それはよかった」
「ところで当日は雪合戦をするだけなんですか?」
その質問に湊はどう答えたものかと思案する。
「まあ、そのあたりは当日の楽しみてことで」という答えに留まった。
それから三人は少し話している間に始業が近づいて、そのまま解散となった。