■一■
――寒い。
早朝の部室に足を踏み入れた真っ先の感想である。
体を縮こませながらも部室の隅にあるストーブのほうへ足早に向かう。
「息がここでも白いね~」
こんな寒さにも関わらず、その声に寒さを感じさせるものはない。春のような陽気さを感じさせるように弾んだ声を発したのは菖蒲月乃である。
震える手でストーブのスイッチを点ける。だが、ここから点火するのにしばらくの時間を要する。まわりが暖かくなるのはしばらくあとだ。
とりあえず一仕事を終えたので、ふうとため息をついて、近くの机に自分の荷物を置く。
「月乃は楽しそうだな……」
竹川隆奈は呆れ顔で月乃を見た。にこやかな笑みをたたえて、こちらに顔を向けてくる少女がそうである。この寒さにあっても華やいだ感があって、可憐な雰囲気を醸し出していた。彼女のまわりだけ春のようだ。
月乃はついでに着ていてコートも脱いで椅子にかけていた。対照的に隆奈はコートを着こんだままである。
「隆ちゃんはコートを脱がないの?」
「脱いだら寒いだろ……」
むしろ、この状況で脱ぐという選択がありえなかった。それで月乃は次の質問をしてくる。
「先輩たちはいつ来るんだろうね?」
「あと一〇分くらいしたら来ると思う。……それにしても今日は悪かったな。なんか付きあわせたみたいでさ」
今日は隆奈が部室に来てストーブを点ける係だったのだが、当番とは関係のない月乃が付きあってくれたことに対しての礼だった。と言っても、逆の立場だったら彼もまた同じようなことをしていただろう。
二人は家も隣同士の幼なじみである。付きあいも長いし、いつも一緒に行動することが多かった。これは二人にとって慣習でしかないのだ。
そんな話をしているとストーブから着火する音が聞こえた。これで部室が少し暖かくなると少しだけ期待を込めて隆奈はコートを脱いだ。
区切って少しずつあげていきます。
人物が出そろうまでに数日かかりますが、ご容赦ください。