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人生やり直し列車

作者: 夜狩仁志

 俺は気が付くと駅の窓口の前に立っていた。


 なぜこんなところに?

 確か俺は出勤中、ホームで電車を待っていたはずでは?


「お次のお客様どうぞ」


 ガラス越しの駅員と目が合うと、笑いながらこう言い放った。


「ああ、あなた、死んだんですよ」

「死んだ!?」


 そう言われ記憶を辿ると、最後の瞬間はホームから落ち、迫りくる電車の映像。


「ここは人生やり直しの始発駅です」

「やり直し?」


「ええ、ここから乗車し、やり直したい年齢の駅で降りて下さい。一駅ごと進むにつれて1歳駅、2歳駅と進んでいきます」

「なるほど」


「行先はどうされますか? まぁ、最終的に終点は皆一つ“死”なんですがね」


 気味悪くケタケタと笑う。


「特に目的駅がないのでしたら、とりあえず各駅列車に乗られて車内でゆっくり考えては? なお、後戻りはできませんので、乗り過ごしにはご注意を」

「ああ、分かった」


 俺はホームへとむかい、ガラガラの各駅列車に飛び乗る。

 反対のホームには満員の急行列車。

 皆、早くやり直したいのだろう。死んだ後でも満員列車に乗るとはな。


 疎らな車内のベンチシートに腰かけると、まもなくしてドアが閉まり動き出す。

 すると、いつの間にか俺は赤ん坊の姿に。

 車内を見渡すと、乗客は皆、同様の姿に変わっていた。


 なるほどな、こうやってやり直すんだな。


 思えば俺は、ヒーローになるのが夢だった。

 世の為人の為、誰かに必要とされるような職に就きたかった。


 しかし現実は厳しかった。


 いつの間にかブラック企業に入り、悪の組織の下級戦闘員のように社畜として酷使され続けた。

 身も心も疲れ果てた俺は、自ら命を絶つという、到底ヒーローとは思えない所業で一生を終えることとなった。


 こんなはずでは……


 そしてアナウンスが、次の駅4歳を知らせる時、


「雄太君?」


 不意に少女の声で俺の名前が呼ばれたので、声の主の方へと顔を向けた。


「美穂ちゃん、なのか?」


 そこには幼女の姿をした幼馴染みが、記憶の隅に残るあの頃と変わらぬ姿で立っていた。


「どうして美穂ちゃんがここに?」

「やっぱり雄太君だ。久しぶりだね」


 幼女っぽい特有の可愛らしい笑顔を見せる。


 彼女はいわゆる幼馴染。

 別々の高校への進学を期に疎遠になり、大学に入る頃には、まったく消息は分からなくなった。

 近所にあった家も、いつの間にか引っ越されていた。


 何も言わず姿を消し、あの頃は怒りと悲しみに打ちひしがれていた。

 今思えば好きだったのかもしれない。

 こうやって再び会えたことに心を弾ませているということは、なによりの証拠だ。


 俺たちは横並びでシートに腰かける。

 車窓の外には、二人で遊んだ街の、あの日見た懐かしい風景が広がる。


「ここにいるってことは、雄太君も?」

「ああ、俺は……事故で、かな」


「そうなんだ。私は病死かな」

「病死?」


「うん。21歳で」

「そんなに早くか!」


 俺よりも5年も早く亡くなっており、何も言えなくなる。


「私、ガンだったんだ。高校に進学してすぐに調子が悪くなって病院行ったら……もう、末期で……」


 時折、声を詰まらせながら言葉を捻りだす。


「なんで言わなかったんだよ!」

「心配かけたくなくて。それに……すぐ治るもんだって思ってたから。治ったら報告しようって。で、一緒に食事でもしながら、笑い話にしようかなーって」


「でも本当はね、見られたくなかったの。あんな姿の私を。髪も抜け落ちて、いくつものチューブに繋がれた、やせ細った姿を」


「なんですぐにやり直さなかったんだ?」

「だって、どうせ同じでしょ! 薬漬けで身体は痛くて辛くて。もうあんな思いはしたくないの!」


 悲痛な叫び声が俺の心を突き刺してくる。


「だから私、ずーっとホームのベンチに座ってた。やり直す勇気がなくて。いろんな人たちが駆け込んでいったわ。早く人生をやり直したかったのね。

 そしたらスーツ姿の、あの頃の面影のある雄太君が列車に乗るのが見えたから、とっさに後をつけてきちゃって」


「でも、よかった。最後に立派に成長して大人になった雄太君に会えて」


 立派でなんかない。


「ヒーローになる夢は叶ったのかな?」


 全然。


「事故死って言ってたけど? 誰かを助けての事故かな? 仕事上だったら殉職の二階級特進だね」


 自殺だよ。


 俺はカッコよくもないし、ヒーローでもない。

 彼女一人救えない。情けない男だ。


「美穂ちゃんは、どこへ向かうんだ?」

「私? 別に、もう……生きていても辛いだけだし、このまま終点に…… 最後に一目会えただけで嬉しいよ」


「次で降りるぞ!」

「え? 待って、もう私は」


「早ければ治せるかもしれないだろ!」

「でも」


「今度は俺も一緒だから!」

「……私、もう一度生きてみても、いいのかな?」


「ああ、次は独りじゃないから、大丈夫だから」


 アナウンスが6歳駅の到着を告げ、列車は止まる。

 飛び降りた俺たちの人生は、再び動き始めようとしていた。

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