アルバートの指導
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シルヴィアは、アルバートと握手した手に不思議と温かな感覚を覚えながらも、まだ現実感のないままに、ふわふわとしたような気持ちで彼を見つめた。
「あの、本当に、私は光の精霊の加護を授かっているのでしょうか? 今まで、ずっと魔法は苦手でしたし、それほど稀少な加護を授かっているなんて、まだとても信じられないのですが……」
アルバートは、優しい笑みを浮かべたまま、シルヴィアに向かって口を開いた。
「ああ、君は確かに、光の精霊の加護を授かっているよ。君も聞いたことがあるかもしれないが、魔法の種類によって、その力の活かし方はまったくと言っていいほどに異なる。今まで、君は光魔法の力を持つにもかかわらず、ずっと適性の異なる火魔法の練習を重ねてきたのだから、苦手意識を持っていたとしても当然だよ。むしろ、君がそれほど火魔法を使えるようになったこと自体が、賞賛に値すると俺は思うよ」
シルヴィアは、アルバートの言葉に頬が染まるのを感じながら、嬉しそうに微笑んだ。
「温かなお言葉をありがとうございます、アルバート様。まだ、どこか夢を見ているような心地ですが、アルバート様に直接魔法を教えていただけるなんて、とても光栄です」
二人の様子を笑顔で見守っていた学校長は、シルヴィアの肩を励ますように叩いた。
「また光魔法については一からのスタートということになるが、君も恐らく知っての通り、アルバート君は非常に優秀な光魔法の使い手だ。彼から光魔法を学べることは、君にとっての大きな財産になるだろう。このデナリス王国でもほとんどと言ってよいほど保持者のいない、とても稀少な加護の持ち主である君に、実り多き時間が待っていることを願っているよ」
「ありがとうございます、校長先生」
学校長は、シルヴィアに向かって頷くと、アルバートに視線を移した。
「では、早速だが、彼女に光魔法について指導をお願いできるかな?」
「承知しました。……ではシルヴィア、行こうか」
「はい、アルバート様」
シルヴィアは学校長に丁寧に一礼してから、校長室の扉を出て、アルバートの後について廊下を歩いて行った。アルバートが、シルヴィアの姿を振り返った。
「シルヴィア。さっき学校長も言っていたように、光魔法の加護を持つ者はとても少ない。だから、君が知っている火魔法の授業のように、学年ごとに大教室で行う授業とは違って、光魔法の場合には、この学校にいる光魔法の使い手全員を一つのクラスにまとめて、俺が教えることになる。とは言っても、この学校の生徒には、君以外にあと一人だけしか、光の精霊の加護の持ち主はいないがね」
シルヴィアはアルバートの言葉に驚いて目を瞠ると、彼の隣に並びながら、その顔を見上げた。
「光魔法の使い手は少ないと、そう聞いてはいましたが、実際に、それほど少ないものなのですね」
「光魔法に関しては、今年はこれでも驚くほど生徒が多いくらいなんだ。むしろ、光の精霊の加護の持ち主が一人も魔法学校にいない年の方が普通だからね」
「そ、そうなのですね。もう一人の方の足を、私が引っ張ってしまわないとよいのですが……」
シルヴィアが不安げにそう呟くと、アルバートは温かな笑顔でシルヴィアを見つめた。
「大丈夫、心配することはない。もう一人は、まだ新入生なんだ。それに、光魔法の場合、基礎は同じだが、加護を授けている精霊の特性によって、攻撃向きか、あるいは回復向きかも異なってくるからね。それに応じて、個人指導に近くなる部分も多いだろう。指導を進めていく中で疑問点があれば、遠慮せずに何でも聞いて欲しい」
「はい、ありがとうございます」
シルヴィアは、アルバートと並んで歩きながら、誰もが知る優れた光魔法の使い手で、しかもこれほど美しく、他の人とは明らかに異なるオーラもあるのに、なぜか彼といると、満たされるような温かさを感じることに驚いていた。あの夜会の日に、アルバートに馬車で帰路を送ってもらった時に感じたのと同じように、彼といると、どこか身体の奥から癒されるような、懐かしく温かな感覚があるのだ。とはいえ、あまりにも整った彼の顔を間近で見ると、ついどきりとしてしまうのだけれど。
光の精霊の加護なんて、自分には畏れ多いような加護だと思いながらも、アルバートの指導を受けられると思うと、自然とシルヴィアの胸は期待に弾んだ。
アルバートは、一つの教室の前で足を止めると、ドアを開けてシルヴィアを招き入れた。
「今日はここを使うよ。もう一人の生徒も、じきにやって来るはずだが、君は今日が初めてだし、先に始めていようか」
「はい、よろしくお願いします。……ところで、ご指導をいただく前に、アルバート様に一つ伺っても?」
「ああ、何だい?」
アルバートの金色に輝く瞳を見上げて、シルヴィアはさっきから疑問に思っていたことを口にした。
「アルバート様は、この前、あの夜会でお会いした時から、私の授かっている加護が光の精霊によるものだとわかっていらしたのですか?」
アルバートは、シルヴィアの言葉に頷いた。
「そうだね。俺も、さすがに君と離れた場所にいただけだったなら気付かなかっただろうが、君と話をした時には、すぐにわかったよ。俺の場合、自分と同種の加護を得ている者は、目の前にすれば感覚的にわかるんだ。……あの日の君はあまり驚かせない方がよさそうな感じがしたし、この学校で必要となる手続的な部分もあったから、あの時は言わなかったけれどね」
夜会の時、泣いていたシルヴィアの涙をアルバートが拭ってくれたことを思い出し、シルヴィアの頬には血が上った。
「すみません、お気遣いをありがとうございました」
「だが、別れ際に伝えた通り、またすぐに会えただろう?」
「はい!」
シルヴィアは、にっこりとアルバートに大きな笑みを浮かべた。アルバートは、じっとシルヴィアを見つめてから、ふむ、と呟いた。
「君の場合、先に長々と理論を説明するよりも、実際に光魔法を使ってみた方が早いかもしれないな。君は、時々無自覚のままに、光魔法を発動することがあるようだ」
「無自覚のままに、ですか……?」
「そうだね。授かっている加護が強くて、魔力の高い者であれば、君のような現象が見られることもある。光魔法を使うという意識がなくても、感情の動きから直接に、自然と魔法の効果が生じてしまうことがあるとでも言えばいいのかな。必ずしも、光魔法とはいえ強い光を伴うとも限らないからね。それから、君の力は恐らく回復魔法向きだろうね」
「……とても高度だと言われる、あの回復魔法ですか」
目を瞬いたシルヴィアに、アルバートは頷いた。
「そうだよ。ただ、まずは基礎から始めよう。早速だが試してみようか」
シルヴィアは、アルバートの言葉に、その表情に緊張を滲ませた。
(私に、本当に光魔法を使うことができるのかしら? ……アルバート様を、がっかりさせてしまわないとよいのだけれど)
シルヴィアは、ランダルに火魔法を教えてもらっていた時のことを思い出していた。
ランダルが火魔法のお手本を見せてくれても、シルヴィアにはまともにお手本通りに火魔法を使えたことが、ほとんどなかった。簡単な火魔法ですら、もどかしいほどに上手く使えなかった。いつでもトップの成績だったランダルとは真逆の、落第ぎりぎりのシルヴィアだったから、彼のように魔法を使うことはそもそも無理があったのかもしれないけれど、シルヴィアが魔法を使った時に、毎回のように彼が見せた残念そうな顔は、それなりにシルヴィアのトラウマになっている。
決まって、火魔法の練習の最後には、ランダルはこう言ってシルヴィアを励ますのだった。「僕がついているのだから、シルヴィは少しくらい火魔法が苦手だって大丈夫だよ」と。シルヴィアは、下手な火魔法の練習に付き合ってくれるランダルに、心から感謝をしてはいたけれど、彼の、彼女の魔法に対する諦めが透けて見えていることが悲しかった。魔法の力が弱くても、将来少しでも彼の役に立てるようにと、シルヴィアなりに必死に努力していたのだから。
アルバートは、シルヴィアが少し顔を翳らせたことに気付いた様子で、彼女に向かって穏やかな笑みを浮かべた。
「緊張しなくても大丈夫だよ。君は今まで火魔法のクラスにいたのだし、初めての光魔法なのだから、気を楽にして試してみるといい。失敗を怖れる必要はない」
「はい」
ランダルとは対照的な、どこかシルヴィアに寄り添ってくれるようなアルバートの温かさを感じて、シルヴィアは緊張が少しずつ解けてくるのを感じた。アルバートは、そんな彼女に向かって続けた。
「まず両手を出して、掌を上に向けてくれるかい?」
シルヴィアは頷くと、アルバートに言われた通り、身体の前に両手を揃えて掌を上に向けた。アルバートが、シルヴィアの横から、彼女が出した手を下から支えるように手を添える。
「そうだね、これでいい」
彼の美しい顔がすぐ側に近付いて、シルヴィアの鼓動は知らず知らず速くなった。アルバートは、シルヴィアの手を支えたままで続けた。
「掌の上に、温かな力を集めるようにイメージして。その力が、淡く輝く光に変わって、手の上に浮かぶような感覚だ」
アルバートの言葉は、不思議とシルヴィアに染み込んでくるように、すうっと理解できた。シルヴィアが意識を集中させて、掌の上を見つめる。
(アルバート様が仰っていたように、掌に温かな力を集めて、淡い
光を浮かべるような感覚で……)
シルヴィアの視線の先で、ふわり、と、白い光が輝き出した。