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本当の加護

6/12朝・昼・夜の異世界恋愛ジャンルの日間ランキングで、それぞれ10位・8位・6位にランクインしていました。完結前の連載がこのように上位にランキング入りしたのは初めてで、とても驚いています。


読んでくださって、評価やブックマークで応援してくださっている皆様のお蔭です。本当にありがとうございますm(_ _)m 引き続きよろしくお願いいたします。

 シルヴィアは、どんよりと沈んだ顔をして、校舎の裏手にある小さなベンチに腰を下ろしていた。その場所は、昼休みでも滅多に人とは出くわさない穴場だった。


(私、魔法学校も、ついにこれで退学になってしまうのかしら……)


 ちょうど、午前の授業終わりに火魔法の教授に声を掛けられて、午後にシルヴィアが学校長に呼ばれていること、そして午後以降の火魔法の授業は、これきり受けなくてよいことを知らされたばかりだった。


(ランダル様に、このところ火魔法を教えていただいていないことも、大きいのかもしれないわね)


 ランダルとは、シルヴィアが彼に婚約解消を告げて以降、顔を合わせてはいない。ランダルに、シルヴィアは必ず彼に復縁を望むだろうと言われたことを、彼女は思い出していた。


「あの時は、ランダル様のお顔が怖過ぎて、結局何も言えないままになってしまったけれど。あれほどお世話になっていたのに、彼にお礼の一つも言わないままに、一方的に婚約の解消をお願いしてしまったなんて。思い返すと申し訳ないし、せめて丁重に今までのお礼はお伝えしておくべきだったわ……」


 シルヴィアは、「仕方なく」彼女と結んでいた婚約が解消されて、ようやく彼女から解放されたはずなのに、まだ表面的には婚約を維持して、復縁する可能性を自ら提示したランダルのことを、相当に義理堅い性格なのだろうと、大分見当違いな解釈をしていた。そんなランダルに対して礼を欠いてしまった自分を恥ずかしく思いながら、確かにランダルには日々支えられていたのだと、シルヴィアには思うところがあった。


 今までランダルと過ごすばかりだったシルヴィアには、それほど親しい友人もいない。その上、シルヴィアは、今はやたらとマデリーンに目を付けられているために、顔見知りに声を掛けて巻き込んでしまうのも憚られ、最近彼女はいつも一人で過ごしていた。ランダルが隣にいないと、マデリーンにはあからさまに睨まれ、その取り巻きの令嬢たちにも、思い付く限りの嫌がらせをされる。教科書を破られたり、掃除の時に水を掛けられたり、魔法の授業では、手元を誤ったふりをしてシルヴィアに火魔法が飛んで来たこともあった。あわやというところで躱したものの、シルヴィアは、そのような諸々が突然激しさを増したことに驚いていた。


 ただ、少々きつかったとしても、一度やると決めたことは最後までやり遂げたいタイプのシルヴィアには、退学してまでそれらから解放されたいという気持ちは微塵もなかったために、先程言われたばかりの火魔法の教授からの言葉は、大きな衝撃でしかなかった。


 昼休みだというのにまったく食欲も湧かないままに、深い溜息を吐いたシルヴィアが空を見上げると、突然、青かった空に目も眩むような閃光が走った。大気を揺らすような衝撃が走り、シルヴィアの座っていたベンチも大きく揺れる。


(……何があったの!?)


 眩い光に目を細めていたシルヴィアが、改めて空を見上げると、シルヴィアの瞳に、まず空には通常見掛けないものが映った。ーーそれは、空から降って来る子供の姿だった。


「た、大変だわ……!!」


 状況はさっぱり掴めなかったものの、空高くから落ちて来る子供を見て、地面に叩きつけられては大変と、シルヴィアはすぐにベンチから立ち上がって走り出した。空から降って来る影を目指して全力で走り、両手を伸ばしたシルヴィアは、すんでのところで子供を抱き留めることに成功した。勢いよく落ちて来た子供の体重を支えきれず、シルヴィアはそのままどさりと尻餅をついた。子供の口から、小さな呻き声が漏れる。


「う、うーん……」

「大丈夫ですか?」


 シルヴィアは、腕の中にいる子供の顔を覗き込んだ。彼女の腕が抱き留めたのは、まだ年の頃は七、八歳くらいと思われる少年だった。艶やかな金髪がふわふわとカールし、陶器のような白く滑らかな肌をしたその少年は、幼いながらも、まるで人形のように整った顔立ちをしていた。


(うわあ、可愛い……! なんて、こんなことを考えている場合じゃなかったわ)


 シルヴィアは、まだ瞼を閉じたままの少年の頬を、幾度かぺしりと優しく叩いた。


「意識はありますか? 目を開けてください……!」


 瞳を開く前に、少年は、形の良い唇の端をふっと先に上げた。笑みを浮かべたような少年の表情に、シルヴィアが目を瞬いていると、少年は、それからゆっくりとその大きな瞳を開いた。澄んだエメラルドのような、彼の深い緑の瞳と目が合って、シルヴィアは思わずこくりと唾を飲んだ。


(あっ、この方はもしや……)


 エメラルドのような深い緑は、デナリス王国では王族直系の者だけに現れる瞳の色だった。上半身を起こした彼に、シルヴィアは慌てて頭を下げた。


「すみません、貴方様が王子だとは存ぜずに、失礼いたしました」


 少年は、シルヴィアににっこりと笑い掛けてから、首を横に振った。


「ううん、そんなことないよ。助けてくれてありがとう、お姉さん。お姉さんは僕の恩人だね。……お姉さん、名前は?」

「私はシルヴィアと言います」

「僕はユーリだよ。じゃ、お姉さんのこと、シルヴィって呼んでもいい?」


 自分の腕の中にまだいる少年が、デナリス王国の末の王子のユーリであるとわかって、シルヴィアはどきまぎしながら頷いた。


「ええ。ユーリ様がそれでよろしいのでしたら」


 ユーリは、まだ魔法学校に入学する年齢には達していないはずなのに、魔法学校の制服を身に付けていた。天才肌の異端児の場合、例外的な入学が認められると聞いた話をシルヴィアが思い返していると、ユーリは、シルヴィアの考えを見透かしたかのように口を開いた。


「僕、今年この学校に入学したばかりなんだ。人のいなさそうなこの辺りで、さっきから魔法の自主練習をしていたんだけど、ちょっと失敗しちゃってさ。どうなることかと思ったけど、お姉さんのお蔭で助かったよ」

「そ、そうでしたか……」


 いくらコントロールを誤ったとしても、新入生が使うとはとても思えない魔法の威力に、シルヴィアはただただ驚いていた。


「凄く魔力が強くていらっしゃるんですね、ユーリ様」

「いや、シルヴィこそ規格外だと思うよ? だって、僕はあんなに激しく魔法のコントロールを誤ったはずなのに、どこも怪我をしていないもの」

「……? お怪我がなかったのは、何よりですが……」


 シルヴィアは、ユーリの言葉の意味するところがわからず首を傾げたけれど、ユーリは楽しげにふふっと笑うと、シルヴィアの腕から立ち上がった。シルヴィアは、はっと気付いて、目の前のユーリに頭を下げた。


「そう言えば、私、学校長にこれから呼ばれているのです。そろそろ行かなくてはなりませんので、失礼いたしますね、ユーリ様」

「うん。じゃあまた後でね、シルヴィ」


 嬉しそうに手を振ったユーリに、シルヴィアは手を振り返した。

 ユーリは、シルヴィアの後ろ姿を見送りながら、ぽつりと呟いた。


「魔法学校なんて、たいして面白くもないかと思ってたけど。何だか楽しくなりそうだなあ」


 ユーリの顔いっぱいに、輝くような笑みが広がった。


***


 シルヴィアは、急ぎ足で校長室へと向かっていた。ユーリに、なぜまた後でと言われたのだろうと、心の中に小さな疑問符を浮かべながら、退学になったらもう可愛い彼に会えないのも寂しいと思っていた。


 緊張の面持ちで校長室に入ったシルヴィアのことを、学校長は意外にも、満面の笑みで出迎えた。


「君は、今まで火魔法のクラスに所属していたようだが、君が本当に授かっている加護は、違う精霊によるものだとわかったんだ。それで、今日は君にここに来てもらったんだよ」


 想像もしていなかった学校長の言葉に面食らったシルヴィアは、おずおずと口を開いた。


「それは、何かの間違いではなくて、でしょうか?」

「絶対に間違いではないよ。()がそう言っているからね。ほら、彼が君の新しい教授だよ」


 目の前に現れた青年の美しい笑顔を見て、シルヴィアはその目を驚きに丸く見開いた。そこで彼女が目にしたのは、彼女を夜会で助けてくれた、あのアルバートが楽しげに目を細めている姿だった。


「アルバート様。では、私が授かっている加護というのは……」

「そう、光の精霊の加護だよ。これからよろしくね、シルヴィア」


 まだ自分の身に起こっていることが信じられないままに、シルヴィアは、アルバートから差し出された手を握り返したのだった。

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