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ランダルの胸の内

本日も2話投稿しています。


今回はモラハラなランダルの、しかも長めの独白になりますので、ちょっと嫌だな…と思われた方は、今回はスキップしていただいて、次話からでも読んでいただけます。


タイトル回収に繋がるランダルの言動の裏側になります。

(くそっ! どうして、こんなことに)


 ランダルは、ぎゅっと握り締めた拳を、力任せに馬車の内壁に叩き付けた。


(シルヴィのことは、僕の手の中に大切に閉じ込めて来たのに。僕のことしか見えないように、僕しか頼れないように。なのに、僕との婚約解消を言い出すなんて……)


 ランダルは、握った拳で、再度血が滲みそうなほどに壁を打つと、悔しげに顔を歪ませた。


「君を手放す気はないよ、シルヴィ」


 ランダルは、嘆息しながら小さくぽつりと呟いた。


***


 僕が初めてシルヴィに会ったのは、僕たち二人の婚約が調った、僕が九歳、シルヴィが八歳の時のことだった。


 僕が九歳になったばかりの時、父上から、僕が婚約することになったと聞かされた。話を聞くと、どうやら、その二年ほど前から婚約の打診はされていたらしい。当時から事業の状況が思わしくなかったセントモンド家が、さらに傾いてしまったために、家の存続のために支援を受けざるを得なくなり、それと引き換えに僕の婚約が決まったということだった。


 僕は、シルヴィとの初めての顔合わせの時、気が進まないままに、不承不承出掛けて行ったことを覚えている。家の借金のかたにされたようなものだったから、不満を胸に抱えながら、婚約者が待っているというレディット伯爵家に出向いた。


 けれど、僕がシルヴィに会った時、予想外に可愛らしい彼女の姿に、思わずほうっと見惚れてしまった。さらさらと流れるプラチナブロンドの髪に、陽の光を宿したような澄んだ薄黄色の瞳。まるで天使が目の前に現れたかのようだった。彼女がはにかみながら僕に微笑んでくれた時、きっと僕の顔は真っ赤になっていたことだろう。


「初めまして、ランダル様」


 と挨拶をしてくれた、鈴を振るような彼女の声にも、すぐに言葉を返すことができないほどに、僕は舞い上がっていた。早い話が、僕は一目で彼女に恋に落ちたのだ。


 シルヴィと呼んでくださいと言われ、彼女の愛称を初めて呼んだ時にも、甘美な感情が胸の中を満たすのを感じた。


 楚々として、いつも穏やかな笑みを浮かべている彼女は、その儚げな容姿や、優しく僕を立ててくれる性格も含めて、好みのタイプのど真ん中だった。僕は、シルヴィとの婚約のきっかけとなった、僕に授けられた火の精霊の強い加護にも、そしてシルヴィが弱い加護しか授からなかったことに対しても、心から神に感謝した。彼女を生涯かけて守りたいと思った。


 優しいシルヴィと一緒にいる時には、いつだって、まるで陽だまりの中にいるような温かな感覚があった。彼女といる時間は、とても癒される、幸せな時間だったのだ。


 まだ彼女と婚約して間もない頃、シルヴィがほかの子と遊んでいる姿を見て、彼女が取られてしまうような気がして、もっと君の時間を僕に欲しいと駄々を捏ねたことがある。子供らしい小さな我儘だったけれど、シルヴィは結局僕を一番に優先してくれて、僕は彼女の特別なのだと、これに多少の味をしめた。


 シルヴィには、できる限り僕だけを見ていて欲しかった。他の人に邪魔をされたくなくて、彼女があまり人目を惹かないように、僕は彼女が控えめにしているほうが安心できた。服装は目立たないものを、化粧はしていることがわからない程度に、そして髪も手を加えずに下ろしたままで。それが似合うと言って褒めれば、素直な彼女は疑わずに僕の言葉を信じてくれた。


 彼女の世界に占める僕の割合が大きくなることに、僕は満足感を覚えていた。その代わりと言っては何だけれど、僕はシルヴィアの側で、できるだけ彼女を大切にした。シルヴィが自信がないと嘆いていた火魔法の練習にも、彼女が幼い頃から付き合って来た。


 彼女の火魔法は、確かに弱い。そのコントロールにも苦戦していた。ただ、理屈では説明しづらいのだけれど、どうにも、僕が火魔法を発現させる時とは、彼女の場合は何かが違っているような違和感が昔からあった。


 それは、きっと、僕が授かった火の精霊の加護がとびきり大きかったことにも関係していたのだと思う。魔法学校でも、学年では常にトップを譲らない火魔法の使い手である僕は、入学してからは特に、火の精霊の加護がある人を前にすれば、その力も含めて、感覚として何となくわかるようになった。


 けれど、シルヴィのそれは、どこか異質だった。僕の胸の中で首をもたげた疑問は、月日を重ねるごとに、だんだん大きくなった。


 ……シルヴィが授かっているのは、本当に()()()()()()()なのだろうか?


 二十歳になり神託を受けるまでは、授かった加護が何の精霊によるものかは、確実にはわからない。六歳を迎える年に先読みの魔法で見てもらう際にも、大半の場合は正しく加護を判別できるが、今までにも、幾度か誤判定は起こっていると聞く。


 シルヴィに加護を与えている精霊は、僕の感覚からすると、どうしても火の精霊ではないように思われた。そう考えた時、僕は言い知れぬ不安に襲われた。


 火の精霊の加護がなければ、火魔法を使うことは現実的には難しい。それなりの魔力の者であっても、通常は、マッチで灯すくらいの火ですら発現が難しいはずだった。なら、なぜシルヴィは、及第点ぎりぎりとはいえ、人並みに火魔法を使えているのだろうか? 彼女は人一倍どころか人の三倍くらいは努力していたから、それも一因ではあったのだろうけれど、それだけではなさそうだった。


 そんなはずはない、と、僕は何度も自分に言い聞かせたけれど、次第に、嫌な予感は膨らんでいった。


 ごく稀に授かることのある、火・水・風・土以外の加護が見られる時は、理屈はわからないけれど、皆揃って、非常に高位の精霊の加護を授かるらしい。それだけに、珍しい加護の持ち主は王国でもとても貴重なのだ。仮に膨大な魔力があれば、本人のセンス次第では、加護のない種類の魔法も扱うことができると耳にしたことがあった。


 ……シルヴィは、何か稀少な精霊の加護を授かっているのではないか。それが、僕の確信に近い推測になっていた。その可能性に思い至った時、僕は恐怖に慄いた。


 シルヴィや彼女の家族に僕の見解を伝えるか? ……それは、絶対に否だ。そもそも、彼女の加護が弱いことを前提に成り立っている、僕たちの婚約だ。もしも彼女の加護が強いと知られて、それを理由に彼女の家の側から婚約を破棄されたなら、支援を受けた弱い立場の側にある僕は、それに従わざるを得ないだろう。彼女を失うことだけは、絶対に避けたかった。


 それからというもの、僕の至上命題は、シルヴィに近付く者を排除して、彼女の得体の知れない加護を悟らせないことになった。もちろん、彼女自身にも。それまでに輪を掛けて、僕はシルヴィを僕の手の中に閉じ込めようとした。


 できる限り僕は彼女の側にいて、他の生徒を遠ざけたし、もし彼女に興味を持つ者がいれば、彼女を貶めてでもその興味を反らせた。シルヴィが魔法学校では劣等生なのをよいことに、彼女には優しく接しながらも、彼女は、僕に守られていないとやっていけない弱い人間なのだと、周囲に思い込ませるような態度を陰に日向に取り続けた。その成績から、シルヴィが教授たちに全く注目されていなかったのも好都合だった。


 僕たちは、シルヴィが魔法学校を卒業したら結婚する予定になっていた。どんな手段を使っても、その時が来るまで逃げ切ろうと、僕はそう考えていたのだ。時に強い態度や言葉で彼女を捻じ伏せてでも。代わりに、僕の言うことに従ってくれる限りは、できるだけ彼女を甘やかした。飴と鞭だ。僕たちの結婚を順調に叶えるためには、二人の間の主導権は、どうしたって僕が握っていたかった。それは、今までは上首尾にいっていたはずだった。


 想定外だったのは、心にもない彼女の悪口を言った時、彼女本人の耳に入ってしまったらしいことだ。あの青ざめたシルヴィの顔を見て、嫌な予感がしていたけれど、案の定だった。今まで通りでいいのに、その後なぜか変わろうとし始めた彼女に、僕は苛立ちを感じていた。


 さらに、脇が甘かったのは、あのマデリーン嬢に口付けられた場面を見られたことだ。夜会では、シルヴィが多少の嫉妬を込めた目で僕を見つめてくれると、彼女に愛されていることを実感できて、いつも少し意地の悪い喜びを感じられた。けれど、あの日は、自分よりも高位貴族の令嬢が自分に夢中になっていることに、調子に乗って羽目を外し過ぎたようだ。今までも、多少の火遊びはしたことがあるけれど、僕が本物の愛情を捧げるのは、シルヴィだけなのに。


 シルヴィが、あのアルバートという、王国でも有名な強い魔法の使い手に帰路を送られたと聞いて、まさか彼女の秘密に気付かれたのではと、僕はそれが不安でならなかった。けれど、どうやらそれは杞憂に過ぎなかったらしい。優れた火魔法を使える僕でさえ、八年も彼女の側にいて、ようやく漠然とした可能性に気付いたくらいなのだ。シルヴィに鎌をかけてみたが、アルバートには何も言われていないという。シルヴィは嘘が吐けず、全部顔に出てしまうから、確かに何も気付かれてはいないのだろう。彼ほどの人物でも気付けないのなら、しばらくシルヴィの側から離れたとしても問題はなさそうだと、僕はそう思った。


 婚約解消を彼女から申し入れられた時、僕はショックから身体の震えが止まらないのを隠すのに必死だった。ここで彼女に縋ってはならないと、自分に言い聞かせた。もし、僕から婚約を続けて欲しいと望むなら、今まで必死に築いて来た僕の優位な立場が、主導権が逆転してしまうだろう。そうではなくて、彼女の方から、また僕に頭を下げて、婚約を頼んでもらわなければならない。


 けれど、僕には勝算があった。あのマデリーン嬢は、烈火のごとく激しい気性の持ち主の上、僕のことを非常に気に入っている。もし、いったんシルヴィが僕から離れ、にもかかわらず婚約は続けていると耳にしたなら、表向きは婚約者であるシルヴィへの風当たりは相当に厳しいものになるだろうと、容易に想像がついた。それに、シルヴィ自身、今まで僕といたことで、どれほど守られていたかに気付いていないようだ。元来、いわゆる強いタイプというよりも、ふんわりと優しい温和な彼女が、それに耐えられるとは思えない。簡単に音を上げるに違いなかった。それに、父親の前で僕とあの約束をした手前、それなりの時間が経ってからでないと、名目上の婚約まで解消するとは言い出せないだろう。


 彼女の頑なな態度は僕を不安にさせたけれど、彼女の言葉からは、彼女の僕に対する気持ち自体は変わっていないように思われた。早く、シルヴィに、僕のことを恋しく思い出して欲しかった。彼女から助けを求めてもらえれば、すぐに迎えに行く準備はできている。


「シルヴィ、僕のシルヴィ。早く、僕のところに戻って来て……」


 僕は、無意識に愛しい彼女の名前を口に出していた。

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