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シルヴィアの笑顔

 王宮からの帰り道、アルバートとシルヴィアは互いに寄り添いながら馬車に揺られていた。どこか思案気な表情を浮かべていたアルバートに、シルヴィアは尋ねた。


「どうかなさったのですか、アルバート様。何か気になることでも?」

「さっき、君と一緒に国王陛下と王妃殿下にお会いしたが、やはり、君への期待は並々ならぬものがあるようだね。君の能力は、俺から見ても比類なき程に優れているから、それもよくわかるのだが」


 アルバートは、シルヴィアの顔を見つめた。


「……傑出した才能があるということは、望むと望まざるとにかかわらず、それを活かすことが求められてしまう。将来的には、君が魔物を前にする機会もあるだろう。君をできるだけ危険な目に遭わせたくはないのだが、今後何を優先して教えるべきかと、少し考えてしまってね」

「私は、光の攻撃魔法は、まったくと言ってよいほど使えないですものね。光の防御魔法にも限界がありますし……」


 小さく溜息を吐いたシルヴィアに向かって、アルバートは首を横に振ると、優しい笑みを浮かべた。


「それぞれ、加護を与える精霊によっても適性というものがあるから、それは何も気にする必要はないよ。逆に、君の再生魔法は君にしか使えないし、回復魔法も非常に優れている。いずれにしても、君は、授かった加護に加えて、君自身が磨いてきた魔法のセンスも素晴らしいから、自分の力に自信を持って欲しい。……君に今言えるのは、他人を助けるために無理をし過ぎないようにということくらいかな」


 シルヴィアが感謝を込めた笑みをアルバートに返した時、急に馬車の前方から馬の嘶き声が聞こえ、馬車が大きく揺れてから止まった。


 シルヴィアはアルバートと顔を見合わせた。馬車の外から、魔物の叫び声と思しきしわがれた咆哮が響く。


「シルヴィア、君はここで待っていてくれ」


 アルバートは、止まっていた馬車からひらりと飛び降りた。シルヴィアは、アルバートの言葉に頷くと、馬車の窓から周囲を眺め、そして夜空を見上げてこくりと唾を飲んだ。月明かりに照らされた大量のガーゴイルの群れが暗い空を覆う様子が、シルヴィアの視界に映る。シルヴィアの乗る馬車が通っている道には、同じく王宮からの帰り道を急ぐ数台の馬車がそれぞれ止まっている姿が見え、ガーゴイルの群れに気付いた様子の人々の悲鳴が、そこかしこから響いていた。


 シルヴィアは、慌てて馬車の扉を開けると、アルバートに向かって叫んだ。


「アルバート様、空いっぱいに、ガーゴイルの大群が……!」


 シルヴィアの視線の先で、アルバートは既に夜空を見上げながら、手に眩い光を纏わせていた。美麗なアルバートが、暗闇の中で自らが纏わせた光に照らし出されている様子は、そのまま美しい一枚の絵になりそうだった。

 アルバートは、落ち着いた口調でシルヴィアに告げた。


「大丈夫だよ、シルヴィア。月も明るいし、思ったよりも視界がいいから、問題はなさそうだ」


 それだけ言うと、アルバートは光を纏わせた腕をすっと一振りした。アルバートから放たれた、上空に向かう光をシルヴィアは目で追っていた。


「……!」


 アルバートが放った白い光に包まれて、ガーゴイルは端から次々に、シュッと火が消えるような音を立てると、光を散らしながら消滅していった。みるみるうちに、ガーゴイルの黒い群れは光に覆われて、夜空中に明るい光が飛び散った。その様子はまるで、夜空一面を白い花火が覆っているようだった。


 道の先に見える馬車からは、ガーゴイルが姿を消していく様子に歓声が上がっていた。夜空を見上げたアルバートが呟いた。


「これで、片付いたようだな」


 涼しい顔をしたまま馬車に戻ったアルバートのことを、シルヴィアは呆然として見つめていた。


(凄いわ。アルバート様、あんなにたくさんのガーゴイルたちを、ほんの一瞬で……)


 シルヴィアが初めて間近で見た、アルバートが魔物に対して放った光の攻撃魔法のあまりの威力に、彼女は言葉を失っていた。普通に考えたら、あれだけのガーゴイルたちを倒すには、訓練を積んだ一部隊は必要だと思われた。それを、アルバートは易々と手の一振りで消滅させたのだ。ランダルの火魔法も強いとシルヴィアは思ったものだったけれど、アルバートの光魔法の力は、また別次元だった。


 シルヴィアの隣に座ったアルバートを、彼女は感嘆の面持ちで見上げた。シルヴィアの胸は、アルバートへの尊敬の念を深めて、さらに熱く脈打っていた。


「さすがですね、アルバート様。あんなに強い光の攻撃魔法を、いとも簡単に使いこなしていらっしゃるなんて……。どうなることかと思いましたが、助けてくださってありがとうございます」


 シルヴィアがちらりと馬車の窓から夜空を見上げると、ガーゴイルの飛んでいた場所には、光の残像だけが淡く夜の闇に浮かんでいた。すっかり静かになった夜道に馬車を走らせながら、アルバートはシルヴィアに微笑み掛けた。


「君を守るために俺の力を使えるなら本望だよ、シルヴィア。……君のことは俺が側で守るから、君には、やはり最も適性の高い再生魔法と回復魔法に専念してもらうのがよいかもしれないな。それが他の種類の魔法の底上げにも繋がるし……」


 シルヴィアは、こんな時にまで、教え子でもあるシルヴィアのことを考えてくれている様子のアルバートに、思わずくすりと笑みを溢した。そして、これほど美しく才能豊かなアルバートが、自分だけを見て、自分を将来の伴侶に選んでくれたということが、まだ信じられないような心地でいた。


 アルバートを見つめて、シルヴィアは、今までは躊躇っていながらも、ずっと心の中では叶えられたらと願っていたことを、ようやく口に出した。


「アルバート様。一つだけ、お願いがあるのですが……」

「何だい、シルヴィア?」


 シルヴィアは頬が染まるのを感じながら、アルバートに向かって続けた。


「あの、よろしければ、私のことをシルヴィと呼んではいただけないでしょうか」


 アルバートは一瞬驚いたようにシルヴィアを見つめてから、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。


「ああ。では、これから君をシルヴィと呼ばせてもらうよ」

「ありがとうございます」


 アルバートに愛称で呼ばれて、嬉しそうに顔を輝かせ、花咲くような笑顔になったシルヴィアに、アルバートは微かに染まった顔を思わず右手で覆うと、ぽつりと溢した。


「シルヴィ、どうして、君はそんなに可愛いんだろうな……」

「えっ?」


 シルヴィアの身体は、ふわりとアルバートの腕の中に抱き寄せられていた。アルバートの金色の瞳の輝きをすぐ近くに感じて、シルヴィアは、彼に助けられた夜会でも、その吸い込まれそうな金色の瞳に見惚れたことを思い出していた。そして、今はこれほどにアルバートが近くにいることに、胸が苦しいほど甘く高鳴るのを感じていた。

 シルヴィアがそのまま静かに瞳を閉じると、アルバートの柔らかな唇が、優しく彼女の唇に重ねられた。


 しばらくして、アルバートの唇がそっとシルヴィアから離れると、心臓が壊れてしまいそうに跳ねて、真っ赤になっていたシルヴィアのことを、アルバートは力強く抱き締めた。


「愛しているよ、シルヴィ」

「……私もです、アルバート様」


 染まった頬のまま、はにかむように微笑んだシルヴィアは、アルバートの腕の中で、癒されるように温かな、そしてどことなく懐かしい力を感じていた。

 アルバートが口にしていた通り、光の精霊から稀少な加護を授かった分だけ、これから魔物と対峙する機会や、自らの力を求められる危険な場面もあるのだろうと想像しながらも、シルヴィアの心は、今まで経験したことのないほどに希望の光で満ち溢れていた。


(アルバート様と一緒にいられるのなら、何も怖いものなんてないもの。私も、アルバート様のお役に立てるようになりたいわ)


 シルヴィアは、自分を導き、アルバートと出会わせてくれた光の精霊に、この先自分を待っているであろう未来までもが明るく照らし出されるような感覚を覚えていた。シルヴィアは例えようもないほどの愛しさを感じながら、アルバートの身体をそっと抱き締め返したのだった。

最後までお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました! 読んでいただき応援してくださった皆様に、心から感謝しております。


評価やブックマーク、大変励みにしております。もし応援していただけましたら、とても嬉しく思います。


いつか幸せな後日談を書けたらと思っていますが、その折にはまた是非お付き合いいただけましたら幸いです。

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