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3/30

小さな落胆

本日は朝・晩の2回投稿します。本作のヒーローは夜の投稿からの登場になります。


※今回の話ではモラハラを感じさせる描写があります。苦手な方はご注意ください。


誤字も教えていただきありがとうございました、修正しております。

「シルヴィ、ランダル様が迎えにいらしたわよ」


 シルヴィアを呼びにやって来た母のマリアが、彼女の部屋の扉を叩いた。控えめな光沢のある、ベージュのタフタのシンプルなドレスを身に纏ったシルヴィアは、プラチナブロンドの髪をハーフアップにして、細工の美しい銀の髪飾りを挿したところだった。


 慌てて扉を開けたシルヴィアを見て、母のマリアはにっこりと笑った。


「あら、その髪型も可愛いじゃない。たまにはそういうのもいいわね。よく似合ってるわよ」

「ありがとうございます、お母様」


 シルヴィアは、憂鬱な胸の内を隠して、母に微笑みを返した。これから、シルヴィアは侯爵家令嬢マデリーンの家で行われる夜会に、ランダルと出掛けることになっている。


 あの一件の後、シルヴィアはランダルの真意が掴めず、少し彼と距離を置こうとしたのだけれど、それに対して、ランダルは最近、過保護なほどにシルヴィアの側にいる。それでいて、なぜか彼がいつも不機嫌そうな顔をしていることに、シルヴィアはいたたまれない気持ちでいた。


 今夜の夜会の主催者であるフォーセル侯爵家のマデリーンが、ランダルに熱を上げているというのは本当のことのようで、シルヴィアは、マデリーンや彼女の取り巻きたちから、陰口を言われるだけでなく、ちょっとした嫌がらせを受けることもあった。そういう時、ランダルは「僕の側にいればいい」とシルヴィアに言う。ランダルの隣にいれば、確かにあからさまな嫌がらせは受けなかったものの、ランダルがシルヴィアを庇ってマデリーンたちに直接物申すこともなかった。ランダルに言わせると、下手にシルヴィアを庇って、かえって後でシルヴィアが妬まれることになるよりも、放っておいたほうが君のためになると、そういうことらしい。


 シルヴィアは、ランダルの言うことは今まで常に正しいと思ってけれど、さすがに針の筵になりそうな今夜の夜会は気が重かった。夜会の時は、ランダルはいつもファーストダンスは婚約者のシルヴィアと踊るけれど、人気のあるランダルには、幾人もの令嬢がダンスの誘いをかけてくる。君ばかりを構って君がやっかまれないように、という似たような理屈で、ランダルは、二回目以降のダンスは声を掛けてきた令嬢たちと踊るのだ。


 けれど、シルヴィアが以前に一回だけ、ランダルが夜会で他の令嬢と踊っている間に、声を掛けてくれた青年と、断るのも申し訳なく思って踊ったところ、ランダルは怒りを隠さなかった。


「僕は、君のために、踊りたくもない君以外の令嬢と、君の立場を悪くしないように踊っているというのに。君には、僕の気持ちがわからないのかい?」


 シルヴィアは「君のため」というランダルの言葉に弱かった。ランダルの理屈はどことなくおかしいような気もしつつ、ランダルに何も言えなかったシルヴィアは、それ以降、彼以外の男性と踊ることは一度もなかった。母のマリアに、他の青年と踊ったらランダルに叱られたことをぽつりと溢した時も、「あら、可愛らしいやきもちじゃない」と言われてしまい、それ以上は努めて考えないようにしていた。


(もう、夜会の場で一人でランダル様を待つことにも慣れてはいるし。気は進まないけれど、仕方ないわね)


 シルヴィアが階下に降りると、紺色のタキシードを身に纏ったランダルが待っていた。きりりとした美しさを際立たせた彼は、いつもの通りシルヴィアの両親ににこやかに挨拶をしてから、シルヴィアに手を差し伸べた。


「さあ、行こうか。シルヴィ」


 ランダルが手を貸してシルヴィアを馬車に乗せると、馬車はゆっくりと走り出した。


 馬車の中で二人並んで腰掛けながら、ランダルの機嫌がいつもよりもさらに悪そうなことに、シルヴィアは気付いていた。口数の少ない彼の姿に、シルヴィアがおどおどと彼の顔色を窺っていると、彼はやや冷ややかな目でシルヴィアを眺めてから、そのハーフアップにした髪に手を伸ばした。


「ねえ、シルヴィ。今夜は、どうして君は髪型を変えたの?」

「……せっかくの夜会ですし、変えてみるのもよいかと思って」


 シルヴィアは、ランダルにつまらないと言われてから、自分を変えようと努力していた。それまで、ランダルに相応しくなりたいと、彼の好みに合うように気を配り、魔法の腕を上げようと努力してきたシルヴィアだったけれど、彼にばかり合わせようとする姿がつまらなく映るのではないかと、シルヴィアなりに考えた小さな工夫だった。このまま彼の側にいることが許されるなら、せめて本心から好きになってはもらえないものかと、シルヴィアは必死だったのだ。


「前に、僕は君が髪を下ろしている方が好きだって言ったの、忘れちゃった?」


 ランダルの指がすっとシルヴィアの髪飾りを引き抜き、結い上げられた髪を解いた。


「うん、これでいい。この方が可愛いよ」


 満足気な笑みを口元に浮かべたランダルを見て、シルヴィアの胸はつきりと痛んだ。


(……もしかしたら、ランダル様に今日の髪型を褒めていただけるのじゃないかって、そう期待した私が浅はかだったわ)


 シルヴィアは、瞳になぜか涙が滲みそうになるのを慌てて堪えた。ランダルは、シルヴィアが彼に大人しく従っている限りは優しかった。以前のシルヴィアは、ランダルが笑顔になったら嬉しかったし、彼の言葉に何の疑いも持ってはいなかった。けれど、彼の、シルヴィアを貶めるような言葉を聞いてからというもの、小さな違和感が心の中に堆積していくのを感じていた。


 シルヴィアがランダルとの婚約を解消しようとしたのも、元々は大好きだった彼に迷惑を掛けたくない一心でだったし、彼への気持ち自体は残っていた。けれど、今までのような、ただランダルのことが好きだという真っ直ぐで純粋な愛情は、シルヴィア自身もあまり自覚のないままに、根本から揺らぎ始めていた。

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