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溢れた言葉

誤字報告をありがとうございます、修正しております。

 アルバートと手を繋ぎながら、シルヴィアは、煌々と輝く大きな篝火を囲むように立ち並ぶ、屋台の通りに足を踏み入れた。多くの人々で賑わいを見せている屋台には、食べ物を扱う店から、雑貨や文具、洋服やアクセサリーを扱う店まで様々なものがあった。いわゆる庶民的な屋台が大部分を占めているものの、普段であれば敷居の高いような、王都の高級店が出店して軒を連ねている一画もあり、通り行く人々は、そんな屋台を楽しげに覗き込み、時に冷やかしながら、篝火を目指して進んでいた。


 多くの人でごった返すその場所で、アルバートはシルヴィアとはぐれないように、さらにその繋いだ手に少し力を込めると、シルヴィアを優しく見つめた。


「……かなりの人出だね。歩きづらくはないかい、シルヴィア?」

「はい、大丈夫です。アルバート様がついていてくださるので」


 ふっと口元を綻ばせたアルバートは、ちょうど食べ物を扱う屋台が目の前に立ち並んでいる様子を見て、シルヴィアに尋ねた。


「シルヴィア、お腹は空いているかな? 軽く何か食べようか」


 良い香りの漂ってくる屋台にシルヴィアが目を向けると、そこには、デナリス王国でも定番の国民食である、トマトベースの具沢山のスープや、揚げて砂糖をまぶしたパン、肉汁の滴る骨付き肉などが、湯気を立てた状態で所狭しと並べられていた。


「そうですね。この良い匂いを嗅いでいたら、お腹が空いてきてしまいました」


 アルバートは、微笑みを浮かべてシルヴィアの言葉に頷くと、シルヴィアの意見を聞きながら、いくつかの屋台で軽食を見繕った。シルヴィアは、アルバートと一緒にデナリス王国の名物料理を分け合いながら、次第に暗くなる空の下、彼との時間を楽しんでいた。まるで本物の恋人同士のようだと、特別な時間が与えられたことに感謝しながら、シルヴィアはふんわりと頬を染めていた。


 アルバートと並んで歩きながら、シルヴィアはきょろきょろと周囲の屋台を見回すと、アルバートを見上げて尋ねた。


「ユーリ様へのお土産は、何が喜んでいただけるでしょうね? 甘い物がお好きなユーリ様には、やっぱりお菓子がいいでしょうか……」

「ユーリ王子への土産は後で買うとして、まずは、君へのお礼をさせてもらえないだろうか」


 シルヴィアは、驚いてアルバートを見つめた。


「今、色々とご馳走になりましたので、もう十分にいただきました。それに、こうしてアルバート様と楽しく過ごさせていただいているのですから、私にとっては、もういただき過ぎているくらいです」

「それでは俺の気が済まないよ。少し、そこの屋台を覗いてみないか」


 アルバートの視線の先には、上品な店構えの、装飾品が並ぶ屋台があった。アルバートに手を引かれるままに、シルヴィアはその屋台の前まで足を進めた。


 屋台には、ブローチやネックレス、髪飾りといった、細工の美しいアクセサリー類が並べられていた。一部のアクセサリーはガラスケースの中に飾られており、こちらは一見して質の良さが感じられる、高級そうなものだった。


(わあ、素敵……)


 シルヴィアは、これまでほとんど、このような装飾品の店を訪れたことがなかった。ランダルと婚約していた時には、シルヴィアがアクセサリーで身を飾ることを彼が好まなかったために、可愛いアクセサリー類に興味があっても、それをぐっと我慢していたのだ。そのため、シルヴィアは必要最低限の装飾品しか持ってはいない。

 シルヴィアは、目の前に並ぶ、繊細な細工が上品なアクセサリー類を見つめて、思わず目を輝かせていた。


 アルバートは、シルヴィアの顔を見つめて優しく微笑んだ。


「シルヴィアが気に入ったものがあれば、教えてもらえないか?」


 シルヴィアは慌てて首を横に振った。


「いえ、本当に大丈夫ですから。でも、見ているだけでも楽しいですね。私、今まであまり、このようなお店に来たことがなかったので……」

「遠慮する必要はないんだが、そうだな。……この髪飾りなんてどうかな? 君によく似合いそうだ。これを試しても?」


 アルバートは、店主に声を掛けて、ガラスケースの中から金色に輝く美しい髪飾りを取り出してもらった。それは、シルヴィアも、数多く並べられた装飾品の中で、見た瞬間から一番に心惹かれていたものだった。シルヴィアが、アルバートとユーリにプレゼントしたハンカチに刺繍したのと同じ、ラナンキュラスの花を模した金細工が、髪飾りを美しく彩っていた。


 アルバートは、手にした髪飾りを頷いたシルヴィアの髪に飾ると、目を細めた。


「……君によく似合うと思うのだが、どうだろうか?」


 シルヴィアは、店主が差し出した鏡を覗き込んで、きらきらと輝く髪飾りが、自分の淡いプラチナブロンドの髪を彩る様子に、ほうっと息を飲んでいた。そんなシルヴィアの表情を見て、アルバートは嬉しそうに笑った。


「では、これにしようか、シルヴィア」


 シルヴィアは、アルバートの言葉にはっと我に返った。


「いえ、とっても素敵ではあるのですが、こんなに高そうなものをいただく訳には……」


 ガラスケースの中に飾られていたその髪飾りには、値札さえもついてはいなかった。明らかに高級そうな髪飾りに焦るシルヴィアの頭を、アルバートは柔らかく撫でた。


「君から受け取ったプレゼントの方が、俺にとっては貴重だよ。これは、俺の気持ちだと思って受け取ってくれ。……では店主、これを」


 アルバートはすぐに支払いを済ませると、さらに密度の増す人混みの中で、再度シルヴィアの手を引いた。

 シルヴィアは、頬を染めながらアルバートの顔を見上げた。


「素晴らしい髪飾りを、どうもありがとうございます。こんなに素敵な装飾品は、初めてで……。大切に身に付けますね」

「気に入ってもらえたならよかった。君に使ってもらえたなら、俺も嬉しいよ」


(今日は、アルバート様にお礼をするつもりが、それ以上のものをいただいてしまったわ……)


 アルバートと繋いでいるのとは逆の右手で、シルヴィアは、髪に飾ったままの、アルバートから贈られた髪飾りにそっと触れた。アルバートの気持ちだと言われて贈られたその髪飾りは、間違いなく、シルヴィアにとっての一番の宝物になっていた。


 人だかりを潜り抜けて、アルバートとシルヴィアが篝火の近くまで辿り着くと、もうすっかり真っ暗に沈んだ夜空を照らすように、篝火は天高くまで激しく燃え上がっていた。ぱちぱちと火のはぜる音が、シルヴィアの耳に届く。地面から少し高い場所に設置された、彫刻の施された台の上で燃え上がる聖なる炎からは、それほどの熱を感じることもなく、次第に冷え込んできた夜の空気に、シルヴィアはふるりと小さく震えた。


 アルバートは、そんなシルヴィアに気付いた様子で、着ていたジャケットを脱ぐと、シルヴィアの肩にふわりと掛けた。


「肌寒くなってきたね。これを着ているといい」

「よろしいのですか? アルバート様は寒くは……」

「俺は大丈夫だよ」


 まだアルバートの温もりの残る上着を掛けられて、さらに人混みから庇うようにアルバートに抱き寄せられたシルヴィアは、胸の高鳴りを抑え切れずに、頬を染めながらアルバートを見上げた。


「ありがとうございます、アルバート様」


(何てお優しいのかしら、アルバート様……)


 アルバートのことが大好きになり過ぎて、シルヴィアの胸の中からは、今にもアルバートに対する気持ちが溢れてしまいそうだった。

 すぐ隣にいるアルバートの体温も服越しに感じながら、シルヴィアもそっと彼に身を寄せた。


「どうしよう……幸せ過ぎる……」


 身体を寄せていたアルバートが、目を瞠ってシルヴィアの顔を覗き込んだのを見て初めて、シルヴィアは、思わず心の声を言葉に出してしまっていたことに気が付いた。かあっと顔に血が上るのを感じつつ、シルヴィアは動揺しながらもどうにか口を開いた。


「す、すみません。私、おかしなことを口走ってしまって。どうか忘れてください……」


 アルバートは、恥ずかしそうに頬を染めたシルヴィアの瞳をじっと見つめてから、忘れて欲しいという彼女の言葉には答えないままに、ふっと嬉しそうに笑うと、シルヴィアを抱き寄せる腕に、少し力を込めた。


「今夜は君と精霊降誕祭に来られてよかったよ、シルヴィア」

「……私もです、アルバート様。綺麗な篝火ですね……」


 まだ動揺が収まらないままに、話を逸らすようにして篝火を見つめたシルヴィアに合わせるようにして、アルバートも大きな篝火に視線を移した。


「そうだね、シルヴィア。……俺たちに加護を与えてくれている光の精霊に、大きな感謝を覚えるね」

「はい。私も、心からそう思います」


 美しいアルバートの横顔をちらりと眺めながら、シルヴィアは、加護の力を授けてくれただけではなく、彼と出会い、こうして一緒にいられるきっかけを作ってくれた光の精霊に、心を込めて感謝の祈りを捧げたのだった。


***


 篝火を並んで見上げ、寄り添い合うシルヴィアとアルバートの姿に、ランダルは顔を青ざめさせていた。二人の間に、彼の入り込む余地はどこにもなかった。ランダルは、シルヴィアに声を掛けることすらできずにいた。


 二人が帰りがけにいくつかの屋台に立ち寄り、並ぶ屋台の間を通り抜けてから、アルバートが、シルヴィアを送ろうと馬車を呼び止めるところまで、ランダルはずっと物陰から様子を窺っていた。

 馬車に乗り込もうとするシルヴィアを見て、ランダルはたまらずに、一歩、馬車に向かって進み出た。シルヴィアに、少しでも自分の存在に気付いて、自分の方を向いて欲しかったのだ。にこやかに笑っていたシルヴィアだったけれど、馬車に近付いたランダルの姿に気付いたのか、彼に視線を向けたかと思うと、一瞬のうちに、その顔をみるみる凍り付かせた。


 シルヴィアの表情を見て、ランダルは、自分が恐ろしい形相で二人を睨み付けていたことにようやく気が付いた。シルヴィアは、血の気の引いた顔でランダルからすっと視線を逸らすと、そのまま馬車に乗り込んでいった。

 ランダルは、その場に立ち尽くしたまま、シルヴィアとアルバートが乗り込んだ馬車を、夜の闇の中、その姿が見えなくなるまで、ずっと呆けたように見つめていた。

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