大きな掌
本日は2話更新しています。
誤字報告をありがとうございます、修正しております。
ユーリと校舎前で別れてから、アルバートとシルヴィアは肩を並べて歩き出した。精霊降誕祭の舞台となる王都の中央広場までは、魔法学校からもそれほど距離はない。魔法学校の校門を潜って精霊降誕祭に向かう生徒たちの姿が、大通りのそこかしこに見えた。
(皆、今日は制服ではないから、少し不思議な感じがするわね)
シルヴィアは、隣に並ぶアルバートを見上げた。魔法学校の教師も、今日は、普段は一律に身に纏っている魔法学校の校章つきローブではなく、私服を着ることが認められている。アルバートは、白いシャツにダークグレーのスラックスという出立ちに、スラックスと同色のジャケットを羽織っていた。シンプルながらもセンスが良く、さらに元々の彼の美しい姿を引き立てるような装いに、シルヴィアはほうっと溜息を吐いた。
(アルバート様、何てお美しいのかしら。いつもと違う服装だから、何だか新鮮だわ。それに、教室以外でも一緒にいられるなんて。彼の隣に立っているのが私だなんて、何だか申し訳ないような気もするけれど……)
知らず知らずうっとりとアルバートを見つめていたシルヴィアの視線に気付いたのか、アルバートがシルヴィアに微笑んだ。
「こうして、学校の外でも君と一緒にいるなんて、何だか新鮮だね」
「わ、私も似たようなことを考えていました……」
慌ててそう答えたシルヴィアに、アルバートは目を細めた。
「その髪型もよく似合っているね。それに、その群青色のワンピースも、清楚な君の魅力を引き立てているよ」
シルヴィアは、一気に頬に血が上るのを感じながら、辿々しく答えた。
「私にはもったいないようなお言葉を、ありがとうございます」
(これは社交辞令ね、きっと。アルバート様は優しいから、普段から目立たない私を気遣ってくださっているのね……)
ちょうど、橙色の夕陽が、中央広場に近付いて人が増えてきた大通りを柔らかく照らし出していた。シルヴィアは、赤くなった顔が少しでも夕陽に隠されることを願いながら、跳ねる胸を必死に抑えていた。アルバートは、そんなシルヴィアを見てくすりと笑った。
「これは俺の本心だよ。……だんだん、人混みが激しくなってきたね」
人混みに押されそうになっていたシルヴィアの手を、アルバートの大きな手が優しく包んだ。温かな彼の掌の感触に、シルヴィアはさらに胸の鼓動が激しくなるのを感じながら、アルバートの手をそっと握り返した。
(今日は皆が私服だから、私たちも教師と教え子には見えないかしら)
通りを歩いている人々の多くが、仲の良さそうなカップルだった。肩を寄せ合って歩く彼らを眺めながら、自分たちはどう見えるのだろうかと、ふとそんな想像をしたシルヴィアは、さらに顔を赤らめていた。
アルバートは、楽しげにシルヴィアに笑い掛けた。
「ほら、向こうに祭りの篝火が見えて来たよ」
焚かれた篝火の大きな炎が、真っ赤に染まった空に届きそうなほどに燃え盛っていた。憧れのアルバートと二人で手を繋いで、まるで夢を見ているようだと思いながら、シルヴィアはゆらゆらと揺らめく炎を遠目に眺めていた。
***
(シルヴィ……)
アルバートとシルヴィアの姿を、少し離れた場所から追いながら、ランダルは辛そうに顔を歪めていた。仲睦まじく手を繋ぎ、微笑み合っている目の前の彼らに、ランダルは大きな衝撃を受けていた。
(あのアルバートが、シルヴィのことを……?)
稀少な光の精霊の加護を受けたアルバートの魔力の強さと、その美しさは、デナリス王国でも誰もが知るところだった。それに加えて公爵家嫡男でもあるアルバートは、才能・美貌・地位のすべてを兼ね備えた存在として、国中の女性の憧れと言っても過言ではなかった。にもかかわらず、浮いた話一つなかったアルバートが、教師と教え子と言うにはあまりにも親しみの籠った笑みをシルヴィアに向けていることに、ランダルは胸を掻き乱されるような思いだった。
(それに、シルヴィのあの表情。僕も見たことのないほど、幸せそうな顔をして)
目の前のシルヴィアは、ランダルの記憶に残る、少しおどおどとした、機嫌を窺うような表情ではなく、完全にアルバートに向かって心を許した様子で、恥ずかしそうにしながらも、伸びやかな笑みを浮かべていた。
「まさか、あの二人……」
ランダルは、震える声で呟いた。魔法学校では、卒業生が教師と結ばれることも珍しくはなかった。特に、特殊な精霊の加護を授かっている場合、互いに惹かれ合う要素が強くあるのか、そのようなケースも比較的多くの例が見られていた。
デナリス王国としても、稀少な精霊の加護が子孫に受け継がれることは望ましい。そのため、確実に同種の精霊の加護が子孫に授かるとは限らないながらも、互いの意思が固いものであれば、在学中であっても、教師と生徒との婚約すらも認められていたのである。
ランダルは、難しいかもしれないと認識はしながらも、シルヴィアを精霊降誕祭に誘おうと、教室の前で待っていたのだった。シルヴィアの婚約者ではなくなった今、また一からどうにかして彼女とやり直せないものかと、心から謝罪をすれば彼女は許してはくれないだろうかと、ランダルは痛切に考えていた。
元々甘い顔をした美男子である上に、火魔法のクラスの優等生であるランダルが、めかし込んで一人で祭りの場に向かって歩いている様子に、多くの令嬢たちから彼に声が掛けられた。けれど、彼は、余裕なくすべての令嬢を躱しながら、シルヴィアを見失わないようにと、必死に彼女の後ろ姿を追っていた。
(昨年は、あのアルバートがいる場所に、僕がいたのに……)
一年前の同日、ランダルは、隣にシルヴィアを伴いながらも、ほかの令嬢から声を掛けられる度に、シルヴィアを待たせて、令嬢たちに軽い笑みを浮かべて言葉を返していたのだった。余裕たっぷりだった昨年の驕れる自分と、今の自分との落差に虚しさを感じながら、ランダルは力なく肩を落としていた。