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小さなプレゼント

 光魔法の教室の中、アルバートとユーリの前で、シルヴィアは身体の前に手を翳しながら、意識を集中させると心の中で呟いた。


(……『シールド』)


 群青色のフレアのワンピースを身に纏っているシルヴィアを覆うようにして、強い光の輝く薄い膜が現れた。その様子を見て、アルバートが満足気に頷く。


「文句無しの出来栄えだよ、シルヴィア。これなら、仮に魔物の攻撃を受けたとしても、ある程度の攻撃なら防げるはずだ」

「はい、ありがとうございます」


 シルヴィアはにっこりと笑うと、横でシルヴィアを見ていたユーリの方を向いた。ユーリもこくりと頷くと、手を身体の前に翳す。

 ユーリの身体の周りにも光の膜が輝き、アルバートは再度頷いた。


「ユーリ王子も、よく出来ているよ。君は防御魔法には苦手意識があったようだが、頑張ったね。……これなら二人とも、もうじきある魔物討伐の見学に行っても問題ないな。とは言え、気を抜かずに、十分に気を付けるようには心掛けて欲しいがね」


 シルヴィアはユーリと目を見交わすと、二人はアルバートに向かって安堵の笑みを浮かべた。アルバートも微笑みを浮かべると、陽が傾き始めた窓の外を見つめた。


「今日はこれから精霊降誕祭だ。そろそろ今日の授業も終わりにしよう」

「あの、アルバート様、ユーリ様」


 シルヴィアは、急ぎ足で自分の鞄を取りに行くと、その中から、紺色の包装紙で綺麗にラッピングされた二つの包みを取り出した。一つは金色、もう一つは銀色のリボンが掛けられている。


「これは気持ちばかりなのですが、いつも本当にありがとうございます」


 シルヴィアは、金色のリボンが掛かった方の包みをアルバートに、銀色のリボンが掛かった方の包みをユーリに手渡した。ユーリの顔が、ぱあっと明るく輝く。


「わあ、これって、精霊降誕祭のプレゼント?」

「はい。お気に召していただけるか、わかりませんが……」

「今開けてもいい?」

「はい、もちろんです」


 アルバートも、にっこりと笑ってシルヴィアを見つめると、ユーリに続いてリボンに手をかけながら口を開いた。


「ありがとう、シルヴィア。……おや、これは……」


 先にユーリが歓声を上げた。


「美味しそうなクッキー!! これ、僕が好きなシナモンクッキーとチョコチップクッキーだよね?」

「ふふ、その通りです」


 まずユーリの目に入ったのは、包みの中で、さらに透明な袋に入れられて、小さなリボンの掛けられたクッキーだった。その袋を持ち上げると、その下にあるものを見て、ユーリが再度目を輝かせた。


「うわあっ、綺麗な刺繍のハンカチ……!」


 ユーリが包みから取り出したのは、デナリス王国では幸運の象徴とされるラナンキュラスと蔓草が、繊細な銀糸で美しく縫い取られた、白いシルクのハンカチだった。

 アルバートに手渡された包みの中からは、ユーリとは色違いの金糸で、同じ模様の刺繍が施されたハンカチが顔を覗かせた。アルバートは、手触りの滑らかなシルクのハンカチを手に取ると、細部まで丁寧な刺繍に目を細めた。


「美しい刺繍だね。素晴らしいハンカチと、お菓子をどうもありがとう、シルヴィア」


 ユーリも銀糸のハンカチを手に取ると、手にしたハンカチをじっと見つめて目を瞬いた。


「……ねえ、シルヴィ。このハンカチ、見た目もとっても素敵だけど、何て言うか、凄い回復魔法が込められてるね。持っただけでも、癒し効果を感じるっていうか……」


 シルヴィアは、きょとんとしてユーリを見つめた。


「そうでしょうか? 日頃の感謝の気持ちを込めながら、一針一針縫ったからでしょうか……」


 ユーリとアルバートが手にしたハンカチを眺めながら、シルヴィアは、刺繍をした時のことを思い返していた。小さなプレゼントではあるけれど、せめて気持ちを込めようと、大好きなアルバートとユーリに思いを馳せながら、時間をかけて丁寧に縫い上げたのだった。

 アルバートのハンカチを刺繍する際、シルヴィアは、ユーリに聞かされた、アルバートはシルヴィアの前ではよく笑うという言葉を思い出して、恋心に胸を弾ませながら針を進めていた。


(きっと、アルバート様が笑ってくださるのも、同じ光の精霊の加護を受けているためか、お互いに親しみを感じるような、そんな気がするせいだとは思うのだけれど)


 シルヴィアも、アルバートとユーリと過ごす時には、目に見えない絆のようなものを感じるような気がして、どこか近しい感覚を覚えるのだった。アルバートのことを密かに想っている自分のようには、アルバートは自分に特別な想いを抱いてはいなかったとしても、アルバートがその美しい顔を綻ばせて、優しい笑みを見せてくれるのなら、シルヴィアにはそれで十分だった。


(期待してはいけないとわかってはいるけれど、精霊降誕祭に、もしアルバート様とユーリ様と行けたなら、とても嬉しいのだけれど……)


 そんなことも薄らと考えながら、シルヴィアはハンカチの刺繍を仕上げたのだった。


 ユーリは、シルヴィアににっこりと笑った。


「お守り効果抜群だよ、これ! ありがとうー」


 アルバートも、シルヴィアを見つめて微笑み掛けた。


「大切に使わせてもらうよ。……ところで、シルヴィアは、これから誰かと精霊降誕祭に行く約束はあるのかい?」


 シルヴィアは、アルバートの言葉にもじもじと視線を下げた。今日は精霊降誕祭の日ということもあって、シルヴィアは、髪の毛は綺麗に編み込み、光沢の美しいシルクの群青色のワンピースを着て来てはいたけれど、特別に約束がある訳ではなかったからだ。群青色のワンピースも、アルバートの濃紺の髪を少し明るくしたような色だったので、ついアルバートを連想して選んでしまったとは、とても言えなかった。


「いえ、特に約束はありません」

「それなら、よかったら、俺と一緒に精霊降誕祭に行かないか?」

「……!!」


 アルバートを見上げたシルヴィアの頬が、みるみるうちに赤く染まった。


「アルバート様、よろしいのですか?」

「ああ。それに、君がくれたプレゼントのお礼もしたいしね」

「とても嬉しいです。是非ご一緒させてください」

 

 それを横で聞いていたユーリが、ぷうっと頬を膨らませた。


「いいなあ、僕だって、シルヴィとアルバート先生と行きたかったなあ。僕は、精霊降誕祭の記念式典に列席しないといけないから、一緒には行けないんだよね……」


 アルバートが、眉を下げていたユーリの頭をぽんと軽く撫でた。


「残念だが、王子の仕事だから仕方ないな。何か、代わりに土産を買って来るよ」

「本当に? ありがとう、アルバート先生!」


 少し表情が明るくなったユーリと一緒に、シルヴィアとアルバートは連れ立って、光魔法の教室を後にした。


 教室から少し離れた柱の陰から、頬を染めて嬉しそうにアルバートを見上げるシルヴィアをじっと見つめて、拳を握り締めていた人影があったことには、三人は気付いてはいなかった。

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