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熱を帯びた頬

本日は2話更新しています。

(うーん、ここは……?)


 シルヴィアがベッドの上で目を覚ますと、心配そうにシルヴィアの顔を覗き込んでいるアルバートとユーリと目が合った。アルバートは、そっとシルヴィアの手を握っていた。


「アルバート様、ユーリ様……」


 上半身を起こして目を瞬いたシルヴィアに、アルバートとユーリが口々に尋ねた。


「大丈夫かい、シルヴィア?」

「気分は悪くはない?」

「はい、大丈夫です。むしろ、身体が軽くて温かい感じがして、気分はとても良いです」


 シルヴィアは、気分が悪いどころか、温かな力で身体中が満たされているような感覚があった。シルヴィアの言葉に、アルバートとユーリは顔を見合わせて安堵の溜息を吐いた。


「それなら良かった。問題はなさそうだな」

「さっきね、アルバート先生が、シルヴィに回復魔法を掛けたんだ。ちょっと特殊な、魔力ごと回復させる魔法だよ」

「ありがとうございます。アルバート様のお蔭で、こんなに身体が温かく、力が満ちているのですね」


 ぼんやりとしていたシルヴィアの意識がはっきりしてくると、アルバートの優しい腕に抱き上げられたことを思い出し、そして彼の温かな掌の温度を感じて、彼女の頬はふわりと染まった。繋がれたアルバートの手から、今も力が流れ込んで来るような感覚があった。


「アルバート様、先程はご迷惑をお掛けしてしまってすみませんでした。わざわざ運んでいただいて……」

「いや、そんなことは構わない。君が目を覚ましてくれて、安心したよ」


 シルヴィアは、見覚えのないこぢんまりとした部屋の中を見回した。


「私、どのくらいの間ここに? ここは、どこなのでしょうか」

「ここは、病院の別室だよ。君はこの数時間、意識を失って眠っていたんだ。……一気にかなりの魔力を消費してしまったからだろうね。君の力には驚いたよ」


 アルバートは、シルヴィアに優しい微笑みを浮かべた。


「君は、あの幼い女の子の失われた手を再生させていたね。あのような回復魔法を可能にする精霊は、このデナリス王国では一人しか確認されていない。恐らく……いや、ほぼ間違いなく、君が授かっているのは、精霊セレーネの加護だろう」

「精霊セレーネの加護……」


 シルヴィアは、そう呟きながら、驚きに目を丸く見開いていた。セレーネと言えば、デナリス王国でも知らない者はいない、癒しの力の最高峰と言われる光の精霊だった。


「けれど、精霊セレーネの加護を与えられた者なんて、このデナリス王国の長い歴史上でも、片手で数えられる程しかいないのではないでしょうか。私に、そのような加護が本当にあるのでしょうか……」

「君の力を見る限り、そうだと思うよ。しかも、君はさっき、意図して回復魔法を使おうとしてはいなかったようだね。あんな高度な再生を伴う回復魔法、教えた訳でもないから当然なのだが、きっと、あの女の子を助けたいという思いが先行して、それが魔法の効力として現れたのだろう」

「うん、僕もそんな気がする。いわゆる回復魔法の型に基づいて力を使う時とは違って、シルヴィの身体全体が光を帯びていたもの。それから、あの子の傷付いた腕に触れたシルヴィの手が、強く輝いたんだ」


 シルヴィアは、信じられないような気持ちで、女の子に触れた、今はアルバートに重ねられている自分の手を見下ろした。自分が彼女の手を再生させたという実感は、まだ湧いてはいなかったけれど、彼女と彼女の母親の、輝くばかりの嬉しそうな笑顔は、強くシルヴィアの心に残っていた。


 アルバートは、握っていたシルヴィアの手をゆっくりと離すと、その澄んだ美しい金色の瞳で、シルヴィアの両目をじっと見つめた。


「シルヴィア。……君の力は素晴らしい。ただ、威力が強いがために、君の身体にかかる負担も非常に大きいようだ。その力を、意識的に魔法として使いこなせるようになるまでは、無理はしないように心掛けて欲しい。君が目を開けるまで、俺も気が気ではなかったよ」


 アルバートの隣にいるユーリも、アルバートとシルヴィアの顔を交互に見つめて、ふっと口元を緩めた。


「僕も、昔からアルバート先生のことをよく知ってるけど、あんなに焦ったところは初めて見たもの。もちろん僕もシルヴィのことが心配だったけど、いつも冷静なアルバート先生のあんな姿を見て、驚いちゃった」


 シルヴィアは、ユーリの言葉に、色白の頬を微かに染めたアルバートを見上げた。シルヴィアは、彼の魔力で満たされたためなのか、不思議なことに、アルバートが自分のことを心から案じ、気遣ってくれた気持ちまでもが、まるで手に取るように感じられるようだった。それは、今までに経験のないほど温かな、包み込むような愛情に満ちた感覚で、シルヴィアは、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じながら、この温かさにいつまでも浸っていたいと、そんな思いに捉われていた。


 シルヴィアは、アルバートの顔を見上げて口を開いた。


「……私、将来、アルバート様のお役に立てるでしょうか」


 アルバートは、シルヴィアににっこりと笑い掛けた。


「もちろんだよ。君は、このデナリス王国でも、欠くことのできない力の持ち主になると思うよ」


 アルバートの言葉を聞いて、はっとしたシルヴィアはかあっと頬が熱くなるのを感じた。


(私、思わず、アルバート様のお役に立てるかって聞いてしまったわ。デナリス王国の役に立てるようになるか、でもよかったはずなのに)


 魔法学校を卒業してからも、将来、アルバートの近くにいられたならと、そう無意識に考えている自分がいたことに、シルヴィアは驚いていた。アルバートの側にいると感じる温かさに、はじめは安心感を覚え、そしてその能力と人柄に尊敬の念を抱くようになっていたシルヴィアだったけれど、その気持ちは、シルヴィアの胸の中で、また性質の違う熱を帯びた想いへと、知らず知らずのうちに変化し始めていたようだった。

 真っ赤になったシルヴィアの顔を見て、アルバートは首を傾げると、シルヴィアの額に手を伸ばした。


「シルヴィア、顔が赤いようだが、どうしたんだい? 熱があるのかな……」


 大きく温かなアルバートの掌が今度は額に触れて、シルヴィアの胸はどきりと跳ねた。彼の柔らかな掌の感触がとても心地よくて、ずっと触れていて欲しいような、それでいて心の中がひりひりと熱く焼け付くような、そんな気持ちだった。


「い、いえ、大丈夫だと思います」


 ますます頬に血が上るのを感じながら、シルヴィアはふと不思議な感覚に襲われた。アルバートに夜会で出会って、家まで送ってもらった時にも感じた、懐かしいような感覚を、さらに強く覚えたのだ。身体がアルバートの魔力で満たされているからか、より近くに彼の温かな存在を感じながら、確かにその感覚は、どこかで記憶に残っているように、シルヴィアには思われた。


(私、もしかして昔、アルバート様とどこかでお会いしたことが……?)


 シルヴィアの額から手を離したアルバートを見上げた彼女は、今更アルバートにそんなことを聞くことも躊躇われ、陽が傾いて温かな橙色に染まり始めた窓の外に、そっと視線を移したのだった。

追記:6/19に一部加筆及び修正しています。

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