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ランダルの憤り

誤字報告をありがとうございます、修正しております。

 人もまばらになってきていた食堂に着くと、シルヴィアはわくわくとした様子のユーリに尋ねた。


「ユーリ様、いつもお昼は食堂で摂っていらっしゃるのですか?」

「ううん、実は僕、食堂に来るのって初めてなんだ。一度来てみたかったんだよね」


 きょろきょろと辺りを見回して、目を輝かせているユーリに向かって、シルヴィアは小さく首を傾げた。


「普段は、ユーリ様はお昼はどうなさっているのです?」

「王宮のシェフが作った特製のお弁当が、毎日風魔法で学校まで届くんだ。さっきは、光魔法の練習に失敗した時に、うっかりお弁当ごと一緒に吹き飛ばしちゃったんだよね……」

「そ、そうだったのですね……」


 さすが王子は違うのだなと、シルヴィアが驚いていると、ユーリはシルヴィアににっこりと笑った。


「今日のお弁当はもったいなかったけど、王宮お抱えの専属シェフが作ってくれているから美味しいし、それに、僕だけじゃ食べ切れないくらいに、盛りだくさんで十分な量があるんだよ。アルにも付き合ってもらうことも多いんだけど、今度、シルヴィも一緒に食べない?」

「わあ、よろしいのですか? もしよかったら、ご一緒させていただけたら嬉しいです」

「うん、是非! ところで、ここだとランチには何がお勧めかなあ?」


 興味津々な様子でランチメニューを眺めていたユーリを、シルヴィアは微笑ましげに見つめた。


「そうですねえ。私は割と日替わりメニューを頼むことが多いのですが、今日はパスタのようですね」

「じゃあ、僕もそれにしてみようかなあ」

「アルバート様は、昼食は召し上がりましたか?」

「ああ、俺はもう済ませているから、何か飲み物でも頼むよ」


 丸いテーブル席を、昼食と飲み物を前にした三人が和気藹々と囲んでいると、三人の前の皿とグラスがちょうど空いた頃合いを見計らったかのように、横から掛けられた声があった。


「シルヴィ」


 シルヴィアがはっとして声の主を振り返ると、そこには微笑みを浮かべるランダルの姿があった。


「ランダル様……」


 突然、久し振りに目の前に現れたランダルの姿に、シルヴィアがやや戸惑っていることに気付かないふりをして、ランダルはにこやかに、シルヴィアの隣にいるアルバートとユーリに声を掛けた。


「お話し中に失礼します、アルバート様、ユーリ王子。少し、僕の婚約者のシルヴィを借りても構いませんか?」


 きょとんとしたユーリと、前の夜会での出来事を知っているからか、少し心配そうな表情を浮かべたアルバートの前で、シルヴィアは、一瞬躊躇ったものの、ランダルを見つめて椅子から立ち上がった。

 

「今、この食器だけ片付けたらまいります、ランダル様。……アルバート様、ユーリ様、申し訳ありませんが、先に教室に戻っていていただけますか?」

「ああ、わかった」

「じゃあ教室で待ってるね、シルヴィ」


 シルヴィアは、アルバートとユーリに小さく頭を下げてから、空になった食器を急いで返却すると、待っていたランダルのところに早足で向かった。


「すみません、お待たせしました」

「いや、大丈夫だよ。元気そうだね、シルヴィ」


 前回のランダルとの別れ際には、怒り心頭といった彼の顔が印象に残っていたけれど、今は穏やかな笑みを浮かべているランダルの様子に、シルヴィアは胸を撫で下ろしていた。


(よかった、もうランダル様は怒ってはいらっしゃらないみたいね)


 シルヴィアは、ランダルとの婚約を実質的に解消して以降も、時々遠目に彼を見掛けることがあった。その度に、彼に向かって軽く会釈したり、微笑んだりはしていたものの、彼の表情は読み取れずに、彼が何を思っているのかを不安に感じている部分があった。


 幼い頃から長い時間を共にして、色々と世話にもなったランダルとは、形式上の婚約もできれば円満に解消した上で、今後も良き友人でいられたらという思いが、シルヴィアの胸の中には残っていた。シルヴィアにとっては、ランダルは婚約者であっただけでなく、長い間、ほぼ唯一の親しい友人でもあったのだから。


 夜会でのマデリーンとの一件を目撃した後は、以前にランダルと婚約していた時のような、異性に対するものとしてのランダルへの愛情が残っているのかは、シルヴィア自身にもよくわからなくなっていた。けれど、友人としてならば、もし引き続き親しくできたら嬉しいと、シルヴィアはそう思っていたのだ。


「久し振りに、少し話さないか? 向こうの中庭に出ようか」

「はい、ランダル様」


 ランダルと並んで歩いていると、以前のように、彼と一緒に過ごしていた時の感覚が自然と戻って来て、シルヴィアはどこか懐かしいような心地でいた。中庭のベンチに並んでランダルと腰を下ろしたシルヴィアは、すっかり気を緩めていた。


 ランダルは、シルヴィアの顔を覗き込むようにして尋ねた。


「シルヴィ、どうして、君はアルバート様とユーリ王子と一緒にいたの?」

「あの、実は、私が受けている精霊の加護が誤っていたことがわかったのです」

「何だって……?」


 シルヴィアは、呆然とそう呟いたランダルが顔色を失っていたことに気付かず、そのまま言葉を続けた。


「私が授かっているのは、今まで火の精霊の加護だとばかり思っていたのですが、本当は光の精霊の加護だとわかったのです」

「光の精霊だって? ……それは本当かい?」


 ランダルの顔は、まるで幽霊のように真っ青になっていたけれど、シルヴィアは、単に彼がとても驚いただけだろうと思っていた。


「ええ。それで、ちょうどこの午後から、火魔法のクラスから光魔法のクラスへと、所属するクラスが変更になったのです」

「じゃあ、さっき、あの二人と一緒だったのは……」

「はい。アルバート様は光魔法のクラスの教授で、ユーリ様はクラスメイトなのですよ」

「何ていうことだ……」


 両腕で頭を抱え込み、表情が見えなくなったランダルに、シルヴィアは首を傾げた。


「ランダル様?」

「……」


 ランダルから返事はなかったけれど、シルヴィアは、今までランダルに火魔法を教えてもらったことへのお礼を伝えそびれていたことも思い出し、微笑みを浮かべて続けた。


「先程、初めて光魔法を使った時、アルバート様に褒めていただいたのですよ。火魔法への今までの取り組みが活きていると、そう言っていただきました。これも、ランダル様に、私の火魔法の練習にたくさん付き合っていただいたお蔭で……」


 シルヴィアが最後まで言い終える前に、ランダルが彼女の言葉を遮った。


「調子に乗らない方がいい、シルヴィ」


 ランダルの冷たい声を聞いて、シルヴィアの背筋はすうっと凍った。ランダルは、激しい調子でシルヴィアに続けた。


「今まで劣等生に過ぎなかった君が、本当は稀少な加護を受けているとわかったからって、それで、君は特別な何者かになったつもりかい? ありふれた火の精霊の加護を受けている、僕のような者とは住む世界が違うとでも?」


 シルヴィアは、青ざめた顔で首を横に振った。


「違います。私、そんなつもりじゃ……。ただ、ランダル様にお礼をお伝えしたかっただけで……」

「何が違うって言うんだ。君は、きっとのぼせ上がっているのだろう? 珍しい精霊の加護の中でも、幻とも言われるほど滅多に見られない光の精霊の加護を得ていた上に、いきなり褒められるほどに光魔法が使えたというのだから」


 急に感情を爆発させ、顔を歪めているランダルに対して、シルヴィアは何と言ってよいのかわからなかった。シルヴィアは、昔と同じように、自分の身に起きたことを、ただ彼と共有したかっただけだった。火魔法が苦手だったシルヴィアの加護が、本当は違っていたことを、もしかしたらランダルも一緒に喜んでくれるのではないかと、心のどこかでほんのりと期待していた部分もあった。にもかかわらず、想像していたのとは真逆の辛辣な言葉を掛けられて、シルヴィアは激しく動揺し、そして傷付いていた。


 知らず知らずのうちに、シルヴィアの瞳からは大粒の涙が溢れ落ちていた。シルヴィアの涙を見て、一瞬、はっとしたように口を噤んだランダルだったけれど、彼女の顔から目を逸らすと、呟くように続けた。


「いいかい、君は、僕がついていないと駄目なんだよ。君が本当に、光の精霊の加護を受けていたのだとしても。……だから、早く、そのことに気付いて」


 ランダルは立ち上がると、びくりと肩を竦めたシルヴィアの髪を、一度だけ優しい手付きで撫でてから、彼女に背を向けて歩き出した。シルヴィアには、ランダルの考えが理解できずに、見知らぬ他人のように感じられた。


 シルヴィアは、ランダルとの友情まで失ってしまったのかもしれないと、どこか寂しく感じながらも、目の前で彼に激しく詰られた恐怖感の方が寂しさに勝っていた。シルヴィアの胸の中にまだ残っていた、ランダルに対して昔から抱いていた温かな思いには、はっきりと深い亀裂が生じていた。

ランダルが暴走していますが、ご不快に思われた方がいらっしゃったらすみません…。

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