8.ブルーレの森にて①
先に馬を降りたカーティスが腕を広げて、ルリエルが降りて来るのを待っている。
えー
一人で降りられるのに…
恥ずかし過ぎるんだけど!
ここで断ったら、意識し過ぎって思われる?
ラグラン団長の目が早く降りろって言っている。
ルリエルは暫し逡巡した後、思い切って、カーティスが広げている腕の中に飛び込んだ。
体重をカーティスに預けた後直ぐにストンと地面に降ろされた。
「ありがとうございます。えーと、いつも薬草を採取してるのは、こっちです」
赤くなっているであろう顔を誤魔化す為に、さっさと歩き出す。
なんでラグラン団長は魔法師なのに、こんなにしっかりした体つきなのかしら。
ルリエルを抱きとめても、全くブレなかった。
魔法師は騎士とは違って魔法を主に使うので、動き回る為の体力はつけるものの、そこまで体を鍛えたりしない。
魔法の腕を磨くことを優先するのが普通だ。
チラリと後ろをついて来るカーティスを見ると、いつの間にやら、腰に帯剣している。
「なんで剣を持ってるんですか」
「念の為だ。魔法は使えない場面もあるからな。討伐にはいつも帯剣しているんだ」
「へえ。そうなんですね。じゃあ、魔法師団の人たちってみんな剣も扱えるんですね」
なるほど、だから騎士と同じで剣の鍛錬もしていて体つきが逞しいのか。
「みんなは扱えないぞ。やっぱり、向き不向きがあるからな」
カーティスが何を言っているんだと、ちょっと呆れたような顔をした。
「やっぱりそうですよね」
団長限定でした。
そうだよなー。他の人はそんなに逞しくないもんな。
「この辺りが薬草の群生地です」
森に入って三十分くらい歩いて、少し開けたところにルリエルがいつも薬草採取に来ている場所はあった。
「採取してくるんで、待っててもらっていいですか」
「手伝おうか?」
「いえ、護衛として来てもらってるんで。大体、団長を護衛にするなんて、私、一体いくら払えばいいんですかね」
薬草を採取しながら、ルリエルは遠い目になる。
もしかしたら、ポーション売っても、赤字なんじゃないの?
「言わなかったか?お金なんて取るつもりない」
カーティスは辺りを警戒しながら、付近を見て回る。
「でも、タダって訳には…」
「書類仕事の礼なんだから、別に気にしなくてもいい」
「そもそも、それは私の仕事なんで、お礼をされるのがおかしいんですよ」
「そうか?なら、まあ、報酬については考えておく」
ルリエルはこの場で金額が提示されなかったことに、内心ビビりまくっていた。
後から凄い金額を提示されたら、どうしよう…
魔法師団長の一日の報酬なんて、絶対ポーション売ったくらいじゃ払えない。
「いや、そんなに構えなくてもお金は取らないから。まあ、後で少しお願いをきいてくれたらいいから」
カーティスはルリエルを安心させるように言った。
なんだかその笑顔が何かを企んでそうに見えるのは気のせいよね。
うん、真面目なラグラン団長に限って変な要求する訳ないよね。
ルリエルは無理矢理自分を納得させて、薬草の採取に専念した。
「こんなもんでいいかな」
持ってきた斜め掛けの鞄に薬草がいっぱいになったので、立ち上がった。
これで一か月くらいはいけるだろう。
「終わったのか?」
木にもたれて立っていたカーティスがルリエルを見た。
「お待たせしました。この通り無事薬草が採取できました」
薬草が詰まった鞄を掲げて見せると、それを見たカーティスの目がキラリと光った。
「そのバックは魔法がかかってるのか?」
「え?これですか?」
ポーションを入れていた鞄なので、保護魔法をかけてあり、ついでに薬草採取に役立つように中が冷蔵状態になるようにしてある。
「見せてもらってもいいか?」
「そんな大した魔法は使ってませんけど」
ルリエルは首を傾げながら、首から鞄を外してカーティスに渡した。
「なるほどな」
鞄の中を覗くと、カーティスは感心したように頷いた。
「ルリエルは…」
言いかけたカーティスは前方を見て、顔を顰めた。
「魔獣だ。離れるな」
カーティスは鞄をルリエルに返すと、魔獣から遮るようにルリエルの前に立った。
前方からゆっくりと熊のような大型の魔獣が三体近づいて来る。
大きい!
今まで私が見たことがあるのは大型犬程度までだった。
カーティスの背中の後ろでルリエルは、魔力が漏れ出て、黒髪がフワッと持ち上がったのを固唾を飲んで見つめた。
魔獣がこちらに向かって走り出した時、足元の地面が突如陥没して、次々に穴の中に落ちていく。
そこにすかさず雷が落とされる。
大きな破裂音が三回響いた後、辺りは静寂に包まれた。
「ちょっと待ってろ」
カーティスはルリエルに言い置くと、穴に近づいて中を覗き込んだ。
「もう大丈夫だ」
息をつめて成り行きを見つめていたルリエルはカーティスの言葉にホッと息を吐いた。
風魔法で魔獣が落とした魔石を浮かせて回収すると、魔獣の死体はそのままに上から土が覆いかぶせて、何事もなかったように埋め戻した。
さすが魔法師団長。
あっという間に肩がついてしまった。
あんなに大きな魔獣が瞬殺だった。
「あっ!」
ルリエルがカーティスの魔法に感動していると、カーティスがしまったという顔をした。
「どうかしましたか?」
「あー、ここ、薬草の群生地なんだよな」
開けた場所の半分が茶色になっているのを見て、ばつが悪そうな顔をしている。
その様子とさっきまでの威圧感との落差が激しくて、ルリエルは溜まらず吹き出した。
「大丈夫ですよ。根こそぎ全部なくなった訳じゃないんで、直ぐに元に戻ります」
「そうか。それならいいけど」
笑われたせいか、微妙な顔をしている。
「じゃあ、ちょっとだけ」
ルリエルはふふっと笑うと、茶色い地面が剥き出しになっている場所に癒しの魔法を込めた雨を降らした。
キラキラした雨はすぐに止んで、地面から緑がうっすら見える状態になった。
「私の魔力ではこれが限界ですけど、多分、これで一週間もすれば元に戻りますよ」
「癒しの魔法か。綺麗な魔法だ」
カーティスはルリエルが魔法の雨を降らせた場所を面白そうに見つめた。