5.魔法師団見学②
魔法師団の治療師は普段は王宮の医師と一緒に王宮の中央棟の一角にある治療院で働いている。
医師は主に病気の診療にあたり、治療師は主に怪我の治療にあたっている。
魔法の才がなければなれない治療師の数は少なく、現在魔法師団に所属している治療師は三人だけだった。
治療院に向かって歩いていると、治療院の側の廊下で向かい合って話している男女がいた。
女が壁を背にしていて、男が壁に手をついて話しているので、二人の距離はすごく近い。
うわっ。こんなところでベタベタして!
見てるこっちが恥ずかしいわ。
ルリエルの眉間に知らず知らずのうちに皺が寄った。
濃紺のローブを纏った男の赤い髪に見覚えがある。
確か、アドルフ・ソリード。
チャラチャラしてそうだと思ってたけど、廊下で女とベタベタしてるなんて、想像通りだわ。
「おい、お前らこんなとこで何してる」
カーティスが二人の距離間に顔を思いっきり顰めている。
「あら、カーティス。久しぶりね」
アドルフの肩先から二十代半ばのツヤツヤの焦茶色の柔らかくウェーブしている髪の長い女性が顔を覗かせた。
ちょっと垂れ目気味の水色の瞳の下に泣き黒子があり、赤いふっくらした唇がなんとも色っぽい美人だ。
大人の女性って感じで、ルリエルにはなんとなく近寄り難い。
団長を呼び捨てにしていて、かなり仲がいいのは想像に難くない。
なんだかモヤモヤするな。
白衣を着ているのに、しっかり存在感のある胸を見て,ルリエルはなんとも言えない敗北感を感じていた。
「ルリエルちゃんも一緒でどうしたの?」
壁から手を放して振り向いたアドルフの笑顔は相変わらず胡散臭い。
「書類仕事が一段落したから、魔法師団の案内がてらあちこち見て回ってるだけだ。お前はこんなとこで何油売ってるんだ」
「油売ってるだなんて人聞きの悪い。僕はちゃんとブルーレの森の魔獣討伐を終わらせてきたんだよ。ちょーっと怪我しちゃったから、ミランダに治してもらいに来たんだ」
ヘラヘラと笑いながら渋面をつくっているカーティスの肩をぱんぱんと叩く。
とても怪我をしているようには見えない。
あんなにイチャイチャしてたのにとジト目で見ていると、ミランダがルリエルの方を向いた。
「あなたが噂の文官さん?」
噂?女性文官が珍しくて噂になってる?
私が文官になって一年経つのに?
「あっ、はい。噂なのかは分かりませんけど、魔法師団付きに異動になりましたルリエル・ティールストンです。よろしくお願いします」
「ふふっ、本当にかわいいわね。私は治療師のミランダ・モードよ。よろしくね。ルリエルちゃん。あっ、私のことはミランダって呼んでね」
ミランダからキラキラと好奇心に満ちた目を向けられて、最初に感じた大人の女性の色っぽくて近寄り難い雰囲気が一気に消し飛んだ。
「治療院の案内なら、私がしてあげるわ」
「えっ」
ルリエルの戸惑いの声を綺麗に無視して、ミランダはご機嫌な様子で、ルリエルの手を取って、治療院の中に入って行った。
治療院の中は普通の病院と大差なかった。
王宮の中ということで、調度品はお金がかかっていそうだったが。
診察室の奥にベッドが数台置かれている部屋があった。
診察室のもう一つの扉をミランダが勢いよく開けた。
「あのカーティスが連れてた子が来たわよ」
ソファに座っていた医師と治療師たちがノックもなしに突然入ってきたミランダに目を丸くした。
「ミランダ、ノックくらいしなさい」
一番年配の白髪の混じった白衣を着た男性が呆れた顔をした。
ミランダはにっこり笑って、開いた扉をコンコンとノックして
「それより、ルリエルちゃんよ。かわいいでしょ?」
ルリエルの背をぐいっと押した。
えぇー
部屋にいた四人の視線が一気にルリエルに向いた。
「魔法師団付きの文官になりましたルリエル・ティールストンです。よろしくお願いします」
興味津々の眼差しに、顔を引き攣らせながらなんとか自己紹介をした。
美人のミランダさんにかわいいなんて言われたら、辛いわ。
「医師のマルセルだ。隣にいるのが助手のノーマン。ミランダがすまないな」
白髪混じりの男性が苦笑いした。
「ノーマンです。よろしくお願いします」
ノーマンはルリエルと同じくらいの年のほっそりした青年で、にこりと笑った。
「僕は治療師のイーサンです」
「私も治療師でエリンっていいます」
イーサンは二十代後半の落ち着いた雰囲気の男性で、エリンは二十代前半の大人しそうな女性だ。
ここの人たちはみんな優しそうで仲良くなれそうだな。
ルリエルがほっとしていると、カーティスとアドルフが休憩室に入って来た。
「ミランダは相変わらず強引だな」
呆れ顔のカーティスにミランダはいつものことなのか、涼しい顔をしている。
「カーティスが噂の女の子を連れてきたから、嬉しくなっちゃって」
「あの、噂って?」
ルリエルは嫌な予感がして、にこにこ顔のミランダに恐る恐る訊いた。
「あの魔法にしか興味のない堅物のラグラン団長がかわいい文官の女の子を連れ歩いてるって」
「!?」
ルリエルはあまりの事実無根の噂に目を見開いて絶句してしまった。
ギギギーと音がしそうなくらいゆっくりカーティスを振り返った。
カーティスは暫し瞠目した後、
「は?連れ歩くって何?まだ魔法師団の案内しかしてない」
目元を若干赤くして、反論した。
「そっそうですよ。まだ食堂くらいしか行ってないですよ」
ちょっと顔を赤くして、ブンブンと首を振って否定するルリエルとカーティスを他の面々は生暖かい目で見た。
「まだ、ね」
ミランダは慌てて否定する二人を見て、ニヤニヤしている。
「ダメだよ、ミランダ。純な二人はそっとしておいてあげないと」
アドルフがしたり顔でミランダを注意しているが、笑いたいのを我慢しているのか、口の端がひくひくとしている。
「いや、何にもないからな」
なぜだろう。
否定すればするほど、みんなの顔がニマニマしていく。
あまりに「何もない」と言うカーティスを見ているとと、そこまで全否定しなくてもと、何となくモヤッとする。
みんな面白がってるだけなのに。
ルリエルはそっとため息をついた。