4.魔法師団見学①
三日経つ頃には机に堆く積まれていた書類が粗方片付いた。
カーティスは久しぶりに片付いた執務机を感激した様子で見つめた。
「こんなに片付いた机を見るのはいつぶりだろう」
「整理さえされてれば、効率的にできるんですよ」
ルリエルは綺麗になった机を撫でているカーティスがおかしくて、思わず口元が綻んだ。
ラグラン団長はやればできる人です。
「ありがとう。ルリエルのおかげだ。討伐から戻って、書類の山を見た時には眩暈がしたけど、まるで嘘のようだな」
金色の瞳を嬉しそうにキラキラさせている。
ルリエルはカーティスのその感謝の眼差しに、なんだかとても嬉しくなって、身体の芯が熱くなった。
仕事して、こんなに喜んでもらえたのって、初めてかも。
「そう言えば、ずっと書類を片付けるのに集中してましたけど、他の仕事は大丈夫なんですか」
ルリエルはずっと魔法師団長がこんなに書類仕事に掛かり切りになっていて大丈夫なのか気になっていた。
「そろそろ顔を出さないとだな」
カーティスはふーっと息を吐き出すと、ルリエルの方を見た。
「ルリエルも来るか?魔法師団内を案内するよ」
「え?付いて行っていいんですか?」
まだ、カーティスの執務室と食堂しか行ったことのないルリエルは藍色の瞳を輝かした。
「勿論。じゃあ、付いてきて」
「はい!」
ルリエルは元気よく返事をすると、魔法師団長の証である濃い紫のローブを羽織り、相変わらずボサボサ頭のカーティスの後ろを、後頭部で一括りにした蜂蜜色のふわふわの髪を揺らしながらついて行った。
まず訪れたのは、魔法師団の訓練場だった。
ここは魔道具で強い結界が張られていて、魔法を使っても周囲に害が及ばないようになっている。
そこには黒いローブを纏ったニ十人程の魔法師たちがいた。
「あれ?もうデスクワークは終わったの?後、2、3日かかるかと思ってた」
濃紺のローブを纏っている副団長のキールが意外そうに二人を見た後、ルリエルの仕事振りを思い出して、クスクスと笑った。
「さすがルリエルさんだね」
猪や大型犬ような形をした魔獣に模したらしき物が素早く動き回っているのに、数人の魔法師たちが魔法を打ち込んでいく。
火の玉や氷の塊が激しくぶつけられる。
しかし、動き回る為、なかなかまともに攻撃が当たらない。
この的になっている魔獣を模した物を作り出し、動かしているのが、キールだ。
攻撃を受けた的が雲散霧消したのを機に、カーティスは黒いローブの集団に近づいた。
「時間がかかり過ぎだな。鍛え直しだ。纏めてかかって来い」
不敵な笑みを浮かべたカーティスは彼らの足元に氷の矢を何本も突き刺していく。
黒いローブの魔法師たちは慌てて、それを避けると、炎、水、氷、雷と色々な魔法を繰り出し、カーティスに攻撃する。
それを軽々と避けて、一瞬で防御壁を作り防ぐ。
攻撃するのに夢中な魔法師たちの足元の地面がもこもこと盛り上がり、気づかずに動いて蹴躓く。
そこに容赦なく、火の玉が放たれる。
防御の魔法が組み込まれたローブを纏っているので、大きな怪我をすることはないものの、かなりのダメージを受けているようだった。
ルリエルは目の前で繰り広げられる訓練を目を輝かせて見つめた。
すごい。
魔法を繰り出すスピードが段違いに早い。
魔法学園でみんなが使ってた魔法が子どものお遊びみたいだ。
執務室にいるカーティスとは違い、生き生きとしていて、何倍も大きく見えた。
黒いローブの魔法師たちはカーティスの魔法に翻弄されて、どんどん疲弊していく。
最後の一人が膝をついて、あっという間に決着が着いた。
「攻撃に気を取られて、足元を疎かににするな。敵は単体とは限らないんだぞ。それから、各自もっと体力をつけろ。それでは魔力より先に体力が尽きる」
カーティスは息一つ乱すことなく、悠然と立っていた。
訓練場を後にすると、次は魔法の研究室を訪れた、
研究室には白いローブを纏った十人ほどの魔法師たちが、魔道具を作っていた。
ここでは、日々、新しい魔法や魔道具を研究して作り出している。
「ルリエル?」
カーティスが研究員と話している横で、何を作っているのか、興味津々で魔法師の手元を見ていたルリエルは突然呼ばれた自分の名前にピクリと反応して、振り返った。
「サイラス…?」
ルリエルは目を瞬かせた。
そこには白いローブを羽織った淡い金髪に水色の瞳の青年が立っていた。
「二人は知り合いか?」
カーティスは見つめ合ったまま、暫く固まっていたルリエルとサイラスを見て、不審そうに尋ねた。
「一応、そうですね。魔法学園で同級生だったんで」
ルリエルはフリーズが解けると、嫌そうな顔をして、サイラスを見た。
「一応って,何だよ」
サイラスも顔を顰める。
サイラスは魔力が高く、三属性を扱える優等生で、学園では彼の右に出る者はいなかった。
ただ、座学の方では常にルリエルがトップだったせいなのか、何かと絡まれてよい思い出がない。
卒業と同時に魔法師団に入ったことは知っていたが、攻撃魔法が得意なサイラスが研究室にいるのが、意外だった。
「ルリエルは文官になったんだよな。なんでこんなとこにいるんだよ」
「魔法師団付きの文官になったのよ」
相変わらずの突っかかる物言いに思わずため息が漏れる。
「魔法師団付きの文官?」
サイラスは気に入らないのか、眉根が寄っている。
「サイラスはなんで研究室なの?」
「はあ?なんでってやりたいからに決まってるだろ」
何当たり前のこと聞いてるんだって言わんばかりの様子に戸惑う。
攻撃魔法が得意なことは知ってた。本人のやりたいことはそれとは違ってたのか。
てっきり、サイラスは得意な魔法を嬉々として使っているんだと思ってた。
「お前、何にも分かってないよな」
茫然としたままのルリエルを放って、サイラスは自分の仕事に戻って行った。
「ルリエルは魔法学園出身だったのか」
研究室を出るとカーティスはちょっと意外そうに言った。
「知りませんでしたか?財務部長はご存じだったので、聞いてるかと思ってました」
「優秀な女性文官を付けるとは聞いてたけど、経歴を詳しく聞いてる余裕がなくて」
カーティスは気まずそうに目を逸らした。
「魔法学園には行ってましたけど、残念ながらそんなに魔力が高くなかったから、大した魔法は使えないんです。だから、普通にただの文官ですよ。優秀だなんてこともないし」
財務部で雑用しかしてないのに、優秀だなんて、苦笑するしかない。
「俺はルリエルが優秀な文官だと思うし、サイラスがあれだけ絡むってことは何かあるんだと思うけどな」
カーティスは自己評価の低いルリエルを見て、肩を竦めた。