25.その後の顛末
飛竜の襲来からニ週間も経つと被害が少なかったのもあり、すっかり元の生活に戻っていた。
ルリエルの周辺を除いて。
あの飛竜の瘴気を祓ったことで、ミランダと共に夜会の前に褒賞を賜ることになった。
もちろん、その話は多くの人が知るところとなっていて、どこに行っても注目の的だ。
「なんかルリエルちゃんの功績に乗っかっちゃったみたいでごめんね」
ミランダは居心地悪そうにしていたが、今までの功績も重なって今回上級魔法師の称号を得ることなったことを理解してるし、ルリエルは何ら不満に思うことはない。
寧ろミランダの能力を考えれば、遅すぎるくらいじゃないかと思うくらいだ。
「ミランダさんがいなかったら、飛竜の瘴気を完全に祓うことはできなかったんだから気にしないで下さい。って言うか、わたしの方が乗っかってるんじゃ…」
「そんな訳ないじゃない。ルリエルちゃんの行動があってこそなんだから」
ミランダがそう言ってくれても、ルリエルが意識がある時にはまだ飛竜の瘴気を全ては祓えてなかったので、今ひとつピンと来てなかった。
寧ろ飛竜が来ているというのに、そこで倒れてしまった分、迷惑をかけたんじゃないかと危惧している。
王太子夫妻が窓からルリエルが魔法を放つのを見ていたらしく、「飛竜を追い払った功労者」として感謝と敬意をとあれこれと手配したらしい。
おかげで「国を救ってくれた女神」などという頭を抱えたくなるような噂が広まり、どんどん話が大きくなってしまって、内心、ビビりまくっている。
ほとんど社交界には縁のない生活を送っているルリエルのことを知っている人は少ない。
実物見たら、平凡な、どちらかと言えば、貧相ですごーくがっかりするパターンだよ。
盛大に持ち上げられた後の落差を思うと、褒賞を辞退したいくらいだが、ティールストン子爵家の五年分ほどの収入の報奨金を頂けるとあっては、貧乏子爵家の娘としては辞退もし辛い。
それならば、噂が消え去るまで、どこかに隠れたいところだが、仕事があるので、逃げ出すことができない。
おまけに魔法師団長のパートナーとして夜会に参加することになっている。
なるべく人目につかぬよう、その日までこそこそとしていたものの、さすがに当日はそうもいかない。
そして、その夜会当日、朝から迎えの馬車がやって来て、ラグラン伯爵邸で夜会の準備を手伝ってもらっている。
寮で一人でドレスに着替えることはできない。
夜会で着るような煌びやかなドレスは一人で着るようには作られてないのだ。
「あなたがルリエルちゃんね。カーティスの母のソフィアよ。よろしくね」
ラグラン伯爵邸に着くと、なぜかラグラン伯爵夫人が待ち構えていていた。
「かわいいわ。これは腕がなるわね。わたしに全て任せてちょうだい。ルリエルちゃんを今日の主役にしてあげるわ」
張り切っているソフィアに、主役になりたくないとはとても言い出せる雰囲気ではない。
ソフィアは侍女たちに次々と指示を出して、ルリエルはされるがままにお風呂に入れられて、ぴかぴかに磨き上げられていた。
あれやこれやと施されて、こんなに本格的に夜会の準備をしたのが初めてのルリエルは、化粧まで仕上がった頃には既に疲労困憊だった。
いやいやいや…
これ、誰?
詐欺だって言われない?
鏡の中には今まで見たことのないくらい、綺麗になった自分がいた。
藍色のドレスはいつかの時に一緒に選んだ物なのだが、レースと刺繍がふんだんに施され、随分豪勢に変わっている。
これなら、ラグラン団長にもかわいいって思ってもらえたりするかな。
あれから飛竜の被害を確認する為に、あちこち訪れて被害状況を纏めているカーティスとゆっくり話す暇がなかった。
今日もまだ会っていない。
ふと、目覚めた時に抱きしめられたことを思い出して、顔が赤くなる。
少しは期待していいのかな?
いやいや、期待した後に振られるとダメージが倍増だ。
今は考えるのをやめよう。
コンコン
ドアをノックする音に返事する。
「まぁ!思った通り、とっても綺麗だわ。これなら会場中の視線を集められるわね」
美しく着飾っているソフィアがにこにこ顔をで絶賛してくれる。
視線は集めたくないが、好きな人には少しでも綺麗だと思われたいのが乙女心だ。
「準備はできたか?」
部屋に入って来たカーティスは、黒地に金糸で細かな刺繍が施された豪華な衣装を見に纏っていた。
いつもは跳ねている髪を綺麗に整えられていて、端正な顔立ちが際立って見える。
「はいはい。二人とも、いつまで見つめ合ってるの。早く行かないと遅刻するわよ」
ソフィアかパンパンと手を叩いた。
「あっ、そうだな。これをつけてくれ」
ハッとしたカーティスが手にしていた箱を開けて見せた。
そこにはイエローダイアモンドのネックレスとイヤリングがどんと鎮座している。
すっごい高そう!
見たことのないような立派なアクセサリーに目を瞬かせた。
呆然としている間に、ソフィアが横からそれを受け取ると、さっさとルリエルに身につけてしまった。
「あら〜、カーティスにしてはいいセンスね。ドレスにも合ってるし、誰かさんの瞳の色にも似てるし」
ソフィアに言われて、ネックレスとカーティスの瞳を見比べる。
「余計なことは言わないでくれ」
カーティスが眉を顰めたが、顔が熱っているルリエルはそれどころではない。
え?いいの?
好きな人に自分の色の宝石を贈るという風習があること、ラグラン団長はちゃんと知ってる?
「そろそろ出発しようか」
混乱しているルリエルにカーティスが手を差し出した。
こんなかっこいいラグラン団長にエスコートしてもらうのがわたしで大丈夫なのかしら。
少し不安になりながらも、お互い言葉もなく、歩いて行く。
「とても綺麗だ」
馬車に乗り込む寸前に耳元で囁かれた。
不意打ちの褒め言葉に、足を危うく踏み外しそうになったルリエルをカーティスは軽々と支えて、なんとか無事、馬車に乗り込んだ。
「あの、団長もとても素敵です」
真っ赤になったルリエルが小さな声でなんとか伝えるのを、向かいの席に座ったカーティスは満足そうに礼を言って微笑んだ。




