24.カーティス⑤
「カーティス」
ルリエルを抱えたまま王宮の廊下を治療院に向かって歩いていると、王太子のオーランドが声をかけてきた。
「飛竜は去って行ったようだな。飛竜の瘴気を祓ったやつ、あれは癒しの魔法だったよな?あの飛竜に魔法を放ったのは誰なんだ?」
興味津々といった感じで、目を輝かせている。
オーランドとは魔法学園で一緒に学んだ仲で、一般の魔法師並み以上の力量を持っているので前回の飛竜討伐でも力を借りている。
今回も苦戦した時の為に待機していた筈で、窓からででも一連の様子を見ていたのだろう。
「ちゃんと後で報告しますよ」
ルリエルを治療院に早く連れて行きたいし、まだ魔獣の駆逐は終わっていないから、先を急ぎたいところだが、さすがに無視はできないので、渋々答える。
「後は魔獣だけだろう。いつも飛竜がいなくなると魔獣の発生が少なくなるし、少しくらいカーティスがいなくてもなんとかなるよ」
先程からチラチラと俺の腕の中に視線を向けていたが、俺が何も言わないからか、腕の中のルリエルの顔を覗き込んだ。
「もしかして、彼女か?」
「彼女とミランダ・モードです」
言いながら、ルリエルをオーランドの視線から隠すように角度を変えると、目を瞬いた後、可笑しそうに笑った。
「そんな隠さなくてもいいじゃないか。まぁ、詳しいことは後で聞くとして、魔力切れ起こしたのか?」
「そうです。なので、早く治療院に運びたいんですけど」
前に立って話しているオーランドに嫌味っぽく言うと、少し考える素振りをした後、にっこりと笑った。
絶対碌なこと考えてない顔だ。
「今回の飛竜の被害が少ないのは彼女のおかげってことだよね?なら、その功労者には最大限の待遇をしないと。王宮の客室に運びなよ。もちろん、魔法師団棟に一番近いところを用意させるから」
「は?」
「魔力切れ起こしただけなんだろ?なら、寝かせておくしかないし、大丈夫。ちゃんとメイドも付けるから」
にこにこ笑っているオーランドを胡乱げな目で見つめる。
一体何を考えて、そんなことを言い出したのか。
主の意を汲んで、側に控えていた侍従がそっと離れて行ったのを横目に見ながら、面倒なことになりそうな予感にそっとため息を吐いた。
結局、オーランドが用意させた部屋にルリエルを運び、取り敢えずは王宮のメイドに後のことを任せて、残っている魔獣の討伐に向かった。
「あっ、もう戻ってきたんだ」
建物の外に出ると、キールの面白がっている様子に顔を顰める。
「すぐに戻るって言っただろう。状況は?」
「飛竜がいなくなったからか、魔獣の数が増えなくなったし、もうすぐ殲滅できるよ」
キールが言う通り、魔獣の姿は数頭程度まで減っていた。
騎士団長が剣を振るって最後の魔獣の首を刎ねるのを見届けて、魔法学園に転移したが、こちらの方も既に魔獣の討伐を終えていて、怪我人の治療をしたり、魔獣の死骸や荒らされた場所の後始末をしているところだった。
「もう大丈夫そうだな」
大きな被害がなさそうでホッと息を吐く。
「飛竜がいなくなったのが大きいよ。王宮の方角が光ってたけど、なんで急に去って行ったんだ?」
転移してきた俺に気付いたアドルフが寄ってきた。
「ルリエルとミランダが癒しの魔法で飛竜の瘴気を祓ったんだ」
「ミランダとルリエルちゃんが?あの隣国の聖魔法で瘴気を祓えば飛竜が正気を戻るってやつ?癒しの魔法でもできたんだ」
「ルリエルが魔力増幅の魔道具を使って効果を確かめたんだ。やっぱり効率は悪いが、被害が広がることが思えばこれからは治療師何人かの魔力を使ってでもやるべきだな」
「そうだな。これで飛竜の被害が劇的に減るよ」
アドルフが嬉しそうに笑った。
この国にとって、飛竜に被害は長年の悩みだったから、これは大きな一歩だ。
「ところで、それ、ルリエルちゃん発案ってこと?」
「そう。多分、治療師の数に入っていない自分がやるのが適任だと思ったんだろうな。一人で試そうとしてた」
魔法を放っている時に、攻撃されたらどうする気だったのか。
ちょっと向こう見ず過ぎる。
それを思って少し眉間に皺が寄る。
「この短時間に隣国の文献を読み込んで、試そうとしたってことだよね」
「多分な。それまで飛竜のことを調べてる様子はなかったし」
「そっか、やっぱりそうだよな。ルリエルちゃんのことだから、魔力増幅の魔道具もお手製のやつなんだろうし、その知識と技術は目を引くよ。魔力が低くても癒しの魔法を使えるのもプラスポイントだし。この後、ルリエルちゃん、すごいことになるんじゃないか」
アドルフの言葉に思わずため息が漏れる。
癒しの魔法の使い手は元々少なく、治療師として働けるほどの魔力を有している者は更に少ない。
以前から高魔力と派手な攻撃魔法魔法が一番大事だという誤った価値観が魔法学園の生徒たちにある。
その価値観が根付いているのか、本人には自覚がないが、その素養を取り入れたい貴族は少なくない筈だ。
「魔力切れを起こして倒れたから、さっき、オーランド殿下の指示で王宮の客室に寝かせてきた」
これからのことを考えて益々眉間の皺が深くなる。
「早くちゃんと捕まえないと、横から掻っ攫われるよ。きっと子爵家では、高位貴族からの申し込みが断れない」
掻っ攫われる?
ルリエルは恐らく、今回の功績で褒賞を授与されるだろう。
オーランドがルリエルを王宮の客室に入れたのは、それを見越しているはずだ。
そうなると、今までルリエルの優秀さに気づいていなかったり、知らなかった連中が一斉に寄ってくるに違いない。
想像するだけで、モヤモヤっと黒いものが胸に広がった。
ルリエルの横に他の誰かが立ち、笑い合うかと思うと焦燥感に駆られる。
テキパキと仕事をこなしているルリエルも俺の魔法をキラキラした目で見ているルリエルも優秀なのにちょっと抜けたところのあるルリエルも好ましいと思っていた。
そうか。そうだな。
夜会のパートナーに引っ張り出したいと思ったのはルリエルが初めてだった。
着飾らせるのが楽しいと思ったのも。
「カーティスは昔から魔法馬鹿だったから、浮いた話ひとつなかったけど、自分の気持ちにすら疎いとはね」
アドルフはやれやれと言うように肩をすくめた後、
「自覚したんなら、さっさと行動しないと」
俺の肩をポンポンと叩いた。
「ここはもう大丈夫だし、取り敢えず王宮に戻ろう」
ルリエルはなかなか目覚めなかった。
魔力切れの場合、魔力が回復して目覚めるまで待つしかない。
大概の魔法師は十時間ほどで回復するが、人によって魔力の回復スピードは違う。
ルリエルの回復スピードが遅いってことだけだと思うものの、気になるものは気になる。
結局、今回の飛竜襲来の被害と対処の報告書を作るために王宮に泊まり込み、時々ルリエルのいる部屋を訪れてはメイドにまだ目覚めてないと追い返されること数回。
朝になっても目覚めない。
一度ミランダに診てもらって、ただの魔力切れだと言われたものの、いつまでも目覚めない現状に焦って、それ以外にも何か問題があるのかと、もう一度ミランダを呼び出した。
「そろそろ目覚めると思うわよ」
落ち着きなく歩き回る俺を呆れたように見た。
「目覚めたら、ちゃんと連絡するから、少し休んだ方がいいわよ」
「…分かった。でも、説明は俺がするから、絶対に呼べよ」
色々と考えると、ゆっくり休める気がしないが、ここにずっと居座る訳にもいかないから、仕方ない。
すぐに呼ぶように念押しをして、客室を離れた。




