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貧乏令嬢、魔法師団で働く  作者: 桃田みかん


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23.カーティス④

「何の仮説か分からないけど、ルリエルは戦闘向きじゃないんだから、ここは危険だし、一旦引いた方がいい」

「今じゃないと意味がないのよ」


 王宮に転移して来ると、建物の外でルリエルとサイラスが何やら押し問答をしている。


 サイラスはルリエルの魔道具を作る才能に拗らせていて、態度が悪かった。

 あまりにもガキっぽい態度だったから、注意しておいたが、よりにもよってこんな時にこんなところで何をやっているのかと、イラつく。


 上空の飛竜を確認する。

 王宮の上を旋回していて、今すぐに地上に降りて来る様子はない。


 とは言っても、いつ攻撃してくるか分からない。

 兎に角、戦闘向きではないルリエルを避難させないとまずい。


「何をやってるんだ。ここは危険だ。早く中に入れ」

 イラつく気持ちのまま、ちょっと厳しい口調になってしまった。


 ルリエルは少し怯んだようだったが、飛竜の穢れを祓えば大人しく山に帰っていく筈だから癒しの魔法で瘴気を祓ってみたいと懸命に訴えてきた。


 それができればベストだが、隣国の文献にあったのは聖魔法だ。


 聖魔法の癒しと違って光魔法の癒しで瘴気を祓うというのは、かなり効率が悪い。

 試してみて目に見て分かるくらいの効果があるかどうか分からないし、祓えるかどうかはやってみないと分からないのだ。


 検討はしたことがあるが、癒しの魔法を使う治療師は人数が少ない。ダメだった場合を考えると、治療師の魔力は温存しておきたいから、無理だと判断した。


 そもそもルリエルの魔力は高くない。どうするかのか思えば、大きな魔石の付いたブレスレットを見せてきた。

「魔力を増幅する魔道具です。一回しか使えない物ですけど、威力としては五倍になります。だから、完全にとはいかなくても変化くらいは分かると思います」


 は?五倍?

 普通のは三倍だ。

 ルリエルはそのことを理解しているのか。


 これならいけるでしょ!っていうキラキラした目で見てくるルリエルを見て、分かってないことが分かる。


 色々言いたいことはあるが、今は飛竜の対処が先だ。


 まだなんのダメージを与えていないんだから、癒しの魔法をかけたところで、事態が悪化することはないだろう。

 なんの効果がなくても、やるべきことは変わらないし、その後のことは自分が責任を持てばいいだけのことだ。


 そう覚悟を決めた。

 ルリエルはすんなりと意見が通ると思っていなかったようで、戸惑ったような顔をしている。


 それでも、騎士たちを下がらせて、キールとサイラスに防御壁を張らせると、決然とした表情で飛竜を見上げた。


 王宮にも現れた魔獣に辺りが騒がしくなる中、障壁の隙間からルリエルの癒しの魔法が放たれる。

 緻密で綺麗な魔法だが、癒しの魔法には勢いがない。

 それをカバーすべく、背後から風魔法でそれを後押しした。


 キラキラした光が黒い飛竜に向かって真っ直ぐ飛んでいく。

 魔法の気配に飛竜がこちらを向いたが、攻撃されたわけではないのが分かったのか、抵抗することなくそのままキラキラの光に包まれた。


 光が消えると、飛竜の体は、黒から赤黒い状態になっていた。

 飛竜は少し落ち着いたのか、旋回をやめてこちらをじっと見つめてきた。その目は穏やかに見える。

 正気に戻ったのか?

 しかし、この飛竜は恐らく赤い個体だ。赤黒いから、きっとまだ瘴気が残っている。

 しかし、誰かにもう一度癒しの魔法をかけさせれば、完全に瘴気が祓えそうだ。


 飛竜の様子を観察していると、目の前に立っていたルリエルの身体が揺れたかと思うと、後ろに倒れてくるのを慌てて抱き止めた。

 青白い顔をしたルリエルは気を失っていた。


 魔力切れだ。

 失敗した。魔道具の術式が足らなかったんだろう。

 ちゃんと確認しなかった己の迂闊さに頭を抱えたくなる。


 魔力を完全に空にしてしまうと、目覚めるまで時間がかかる。


「ラグラン団長」

 若い一人の騎士が、意識を失ったルリエルを預かろうと声をかけてきた。

 飛竜の瘴気はまだ完全には祓えてはいないし、魔獣が押し寄せてきている現状に変わりはない。


 ルリエルのことは彼に任せて、治療院に運んでもらうべきだというのは分かってはいる。

 分かってはいても、他の男がルリエルを抱き上げて運ぶのは何だか考えるだけで不快だ。


 少しの逡巡の後、魔法師団長としての職務を放棄できないし、気を失ったルリエルをこの場に置いておくことはできないと、渋々彼にルリエルを託そうとした。


「ルリエルちゃん!」

 魔法学園から急いで戻ってきたミランダが意識のないルリエルを見て慌てて走り寄って来た。


「魔力切れ?何で」

 まだ俺の腕の中にいるルリエルの手を取った後、首を傾げて呟いた。

 しかし、その疑問に答えている暇はない。


「ミランダ、丁度いいところに戻って来た。飛竜に癒しの魔法をかけくれ」

「飛竜に?」


 首を傾げたミランダだったが、少し落ち着いた様子の赤黒い飛竜とルリエルを順番に見て、合点が入ったらしい。


「分かった。やるわ」

 ミランダが癒しの魔法を飛竜に向かって放った。

 先程と同じようにそれを補助する魔法をそれに載せると眩い光が真っ直ぐに飛竜に向かった。




 光が収まるとそこには深紅の飛竜が静かにこちらを見つめていた。

 しばらくすると、飛竜は王宮の上空をゆっくりと一回旋回した後、「キューっ」と一声あげるとアルギナの森の先の山に向かって去っていった。



「…飛竜が行っちゃったわね」

「そうだな…」

 呆然としたように呟くミランダにまだ信じられないような気持ちで、しばらく飛竜が去って行った空を見つめたまま頷いた。



「カーティス、取り敢えず、ルリエルちゃんを治療院へ連れてってやれよ。魔獣だけなら、俺たちだけでも対処できる」

 障壁を消して、こちらを向いたキールはニヤニヤしながら未だに抱えたままのルリエルを見た。


 その面白がるような視線に憮然とするが、確かにこのまま抱きかかえたままではいられない。


「わたしは怪我人がいないか確認してから行くから、ルリエルちゃんをよろしくね」

 ミランダは回復ポーションをクイっと飲み干すと、ダメ押しとばかりに満面の笑みで背を押した。


「分かった。後は任せる。すぐに戻ってくる。油断はするなよ」


 飛竜の脅威が去ったおかげで、緊張感が緩んでいるのは一目瞭然だ。

 気を引き締めるようによう言い置いて、ルリエルを抱き上げたまま王宮の中に入って行った。



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