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貧乏令嬢、魔法師団で働く  作者: 桃田みかん


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22.カーティス③

 ここのところ、ルリエルの様子がおかしい。

 淡々と仕事を熟す感じだったのに、こちらをじっとして見ていたかと思ったら、目が合うと慌てて止まってしまっていた手を動かし始める。

 顔も赤いようだったので、熱でもあるのかと治療院にも行かせたが、何でもなかったと言う。

 治療院に行ってから、少し落ち着いたようではあるが、こっそりため息を吐いている。



 密かにそんなルリエルの様子を覗っていると、静まり返る執務室の外で、バタバタと走ってくる足音がしたと思うと、ノックらしきものと同時にドアが開いた。


「魔法学園から救援要請です。魔獣の群れと飛竜が現れ、現在、学園教師、一部生徒で魔獣に応戦中です」

「飛竜!?」

 キールの報告に、思わず立ち上がった。


 飛竜は相当強く、前回もかなり苦労して倒した。

 当然ながら、生徒では歯が立たないだろう。


「アドルフと俺は転移にて先発する。第一部隊に魔法学園急行するように伝えろ。あとミランダとイーサンにも連絡を。残りは王宮で飛竜に備える。ここでの指揮はキールに任せる」

 ローブを羽織り、執務室を飛び出そうとした時、ルリエルが顔色を悪くしているのが目に入った。


 この間、公開訓練を見学に来ていた弟が魔法学園に行っていると言っていたから、心配なのだろう。

 不安そうに瞳をゆらしながらも、口をキュッと結んで何も言わないルリエルに、飛竜が出現している以上、安易なことは言えないが、大丈夫だという気持ちを込めて頷いて部屋を出た。



 執務室を出るとすぐにこちらに向かっていたアドルフと出会したので、二人揃って魔法学園に転移する。



 教師と数人の生徒が三十頭ほどの狼型の魔獣と対峙していた。

 どこからかやって来て、更に頭数は増え続けている。

 生徒たちは既に疲弊していて、上空では「キュイー」と高い声をあげながら黒い飛竜が旋回している。


「これは…まずいな」

 いつも飄々としているアドルフも状況のまずさを感じて顔を顰めた。

「とにかく、やるべきことをやるしかない。まずは生徒たちを避難させる」


 アドルフは生徒たちの前に障壁を出す。

 彼らに近づくと、手当たり次第に魔獣を氷の矢で倒していく。

 魔力を使い過ぎて、飛竜に対した時に魔力切れなんてことにならないように、派手で大規模な魔法はひかえる。

 暫くすれば、第一部隊と騎士団も駆けつけてくるはずだ。


「すぐに応援が来ます。それまで我々で対処するので生徒たちを校舎に避難させて下さい」

 俺たちを見て、魔力を使い過ぎたのか、青白い顔がほっとした表情になった。


「分かりました。後はお願いします」

 頭を下げると皆、疲れ切った様子で校舎へと歩き出した。

 魔法学園の校舎には結界が張られている。

 魔獣の襲撃だけなら、ある程度は持ち堪えられるはずだ。


 顔見知りである魔法理論の教師は座り込んでいる男子生徒に校舎に戻るように促したが、魔力を消耗し過ぎた上に体力がないのか、動くことができないようだ。

 魔法学園の生徒は魔法に頼りがちで、体力が足りない者が多い。

 実際の戦いで、敵が止まったままな訳がないから、攻撃を避けたり追いかけたりしないといけないのだ。


 しかし、障壁をいつまでも維持することはできない。


 空間収納から魔力回復ポーションを取り出そうとした時、いつかの時に購入したルリエルの回復ポーションの瓶に手が当たった。


 これなら、一番消耗している生徒も動けるようになるはずだ。


「こっちが魔力と体力を同時に回復できるポーションで、これは魔力回復で、こちらが体力回復のポーションなんで、必要に応じて摂取させて下さい」

 教師に何本かのポーションを託した。


 学園の保健室にはポーションが常備してあるはずだから、当座の数があれば大丈夫だろう。


 教師が生徒にポーションを飲ませているのを横目で見ながら、向かってくる魔獣に氷の矢を放っていく。

 倒しても、どこからかやって来る為に中々数が減らない。

 この状態では魔力切れを起こすはずだ。


 ルリエルのポーションの効き目はどうかとチラリと確認すると、飲んだ生徒は青白かった顔に血色が戻り、立ち上がって教師と共に校舎へと向かって歩き出した。


 さすがギルドのお墨付きだけあるな。

 俺がポーションを買った時のルリエルの焦った様子を思い出して、少し口元が緩む。



「わたしは応援が来るまで、手を貸すよ」

 魔力回復のポーションをグッと飲み干した中年教師は炎魔法を魔獣の群れに放った。


「ゾートン先生、もう年なんですから無理しないで下さいよ」

 魔法学園に通っていた時の恩師、魔法実戦の教師に声を掛ける。

「まだそんな年じゃないぞ!応援が来るまでくらいなら問題ない」

 ちょっと顔を顰めた熊のような風貌のゾートン先生は見かけ通りの豪快な魔法で魔獣を倒していく。


「後を任せられる奴がいると気が楽でいいよ」

 上機嫌で魔法を放つゾートン先生に苦笑いをしつつ、魔獣に氷の矢を放っていく。


 生徒たちが全て校舎に入ったらしく、アドルフが障壁を消して攻撃にまわる。


 三人で攻撃を加えたおかげで、魔獣の数が減ってきたが、やって来る魔獣がいるから、全てを倒し切ることができない。

 いつ飛竜が上空から降りてくるか分からない中、ジリジリと精神を削られる。


「やっと来たか」

 騎士と第一部隊を引き連れて馬に乗ってやって来た第二騎士隊の隊長の顔を見た時には、かなり精神的に疲弊してきていた。

「なんだ、いつになく疲れた顔をしてるな」

 隊長は魔獣に剣を振るいながら、こちらまでやって来た。


「倒しても倒しても魔獣が次々やって来れば、そうなるだろ。兎に角、魔獣のほうは任せた」

 魔獣の対応は彼らに任せれば大丈夫だ。

「分かった。魔獣の方は任せとけ。お前は飛竜に集中してくれ」


 未だに上空を旋回する飛竜を見上げた。

 飛竜に向かって魔法を発動させようとした瞬間

「キュー」

 黒い肢体をくねらせて一際甲高い声を上げると、方角を変えて王都の中心地に向かい始めた。


「まずい。王宮の方に向かってる」

 王都の中心に王宮が存在する。人口が1番密集する場所に向かっているのだ。


「俺は飛竜を追う。アドルフはここに残って、魔獣を殲滅してくれ」

 目の端で、ミランダ達が校舎に向かってるのが目に入った。

「ミランダには王宮に戻るように伝えてくれ」

 ここより、飛竜が向かった先の方が治療師が必要になるだろう。


「分かった。気をつけろ。こっちが片付いたら、僕もそっちに向かう」

 アドルフが頷くのを見ると、飛竜が向かった王都の中心地に転移した。



 黒い大きな影に気づいた人々が上空を見上げていた。

「飛竜だ!」

 大きな声に、あっという間に蜂の巣を突いたような状態になる。人々は大混乱で荷物を放り出し、逃げ惑う。


 飛竜は王宮の上空付近を旋回していた。


 王宮の建物には強固な結界が張られている。市街地のここで飛竜と構えるより王宮の敷地内の方が被害が少なくて済むだろう。

 王宮の敷地内で飛竜を迎え討つ。


 頭の中でそう結論をだし、王宮の敷地に転移した。



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