21.癒しの魔法
「魔獣が現れたぞ!」
どこからかそんな声が聞こえて、側にいた騎士たちの何人かが声がした方に慌ただしく移動して行く。
飛竜は相変わらず、王宮の上を旋回している。
キールとサイラスが頷き合うと辺り一帯に障壁が張られた。
癒しの魔法を通す為にルリエルの上だけ障壁に穴が開いている。
ルリエルは大きく息を吐き出して、上を見上げる。
魔力を増幅するブレスレットを付けた右手を挙げて、上空の黒い飛竜に狙いを定めると、魔力を放出した。
飛竜は魔法の気配を感じたのか、魔法を放つ瞬間、ルリエルの方を向いた。
今にも急降下してきて、自分に攻撃してくる気配に怯みそうになりながら、魔力を出し切る。
届いて!
念じるように癒しの魔法のキラキラした光を目で追っていると、光を後押しするように後ろからふわっとした風が吹いた。
風にのった光は飛竜目掛けて真っ直ぐに飛んでいく。
後ろを振り向くと風の魔法を出したであろう右手を下ろした厳しい顔をしたカーティスが飛竜を目で追っていた。
すごい!さすがラグラン団長!
他人の魔法に干渉するなんて、初めて見たわ。
キラキラした光は飛竜にぶつかり、その大きな体を包み込んだ。
固唾を飲んで見守っていると、真っ黒だった飛竜の体が赤黒く変化していく。
そこまで確認できたものの、一気に魔力を放出したルリエルは魔力切れで目の前が真っ暗になってしまう。
あぁー、魔力切れだ。
魔力がごっそり持ってかれた。
あの魔道具、改良しなきゃ。魔力を一気に全部持ってかれる。
目の前が真っ暗になり、足に力が入らない。
倒れる直前、温かい何かに包まれるのを感じながら、意識を手放した。
ルリエルが目を開けると、見慣れない真っ白でいて、細かな細工の施された天井が目に入った。
いつもの自分のベッドより格段に広くて、シーツも肌触りがとてもいい。
誰かが着替えさせてくれたのか、上質なシルクのネグリジェを身につけていた。
窓から優しい日差しと柔らかな風が入ってくる。
ルリエルはゆっくりと起き上がって、辺りを見渡した。
自分の寮の部屋よりも広く、煌びやかではないものの、落ち着いていて品のある調度品が揃えられている。
「ここは…」
確か、魔力切れで倒れて…
あぁ!あの魔道具、魔力を五倍にするのはいいけど、魔力を根こそぎ持っていかれた!
魔力を少しは残るようにしないと倒れるに決まってる。
しばらく自分の魔道具作りの失敗に頭を抱えた後、気を取り直すと、今度はその後が気になってそわそわし始めた。
飛竜の表皮の色が変化していたし、完全ではないかも知れないけど、瘴気が少しは祓えたはず。
あの後、どうなったんだろう。
兎にも角にも状況を確認しようと、そろそろとベッドから足を下ろしたところで、ドアを小さくコンコンとノックする音がした。
返事をすると、ミランダが水差しとグラスの載ったトレーを手に部屋に入ってきた。
「よかった。目が覚めたのね」
ミランダはほっとしたように笑顔を見せた。
「ミランダさん」
呼びかけるルリエルの声が掠れているのに気づいて、水を注いだグラスを慌ててルリエルに差し出した。
水を見た途端、喉の渇きを感じてありがたくグラスを受け取り、水を一気に飲む。
自分が感じていた以上に喉が渇いていたらしく、続け様に二杯飲んで、ほーっと息を吐き出した。
「魔力切れしただけだから、もう大丈夫だと思うけど、調子の悪いとこない?」
「大丈夫です。えっと、ここは…?」
ルリエルは見覚えのない部屋をキョロキョロと見渡した。
「ここは王宮の客室よ」
「王宮の客室!?」
ミランダの返答にルリエルは目を丸くした。
「なんで王宮の客室!って言うか、今何時ですか!?飛竜は?あれからどうなったんですか?」
「今はお昼前くらい。ルリエルちゃんが倒れてから丸一日経ってる。それから、飛竜はもう大丈夫よ。詳しくは後で話すわ。まずは心配してる人がいるから、ルリエルちゃんが目を覚ましたって連絡入れておくわね。ついでに食事もお願いしてくるわ」
ミランダは「ちょっと待っててね」と言い置くと、一旦ドアの外に出て行った。
暫くすると、ミランダは王宮のメイドと共に戻ってきた。
「きっとすぐにやって来るだろうから、先に着替えをしてね」
メイドがテキパキとルリエルのネグリジェを脱がせてシンプルだけれど一目で上質と分かる素材の綺麗な水色のワンピースを着せる。
「このワンピースは私の物ではないんですけど」
「王太子妃さまのご指示ですので、問題ありません」
あまりに高級そうな服に慄いていたルリエルはメイドの思ってもいない言葉に目を瞬かせた。
「王太子妃さま?」
一介の文官であるルリエルとの接点はない。
なんで、王太子妃が自分の服について指示を出すのかさっぱり分からず首を傾げていると、廊下をバタバタと走って来るような音がして、その足音が部屋の前で止まった。
一拍おいて、コンコンとドアをノックする音がしたかと思うと、返事をする前にドアが開かれた。
パンと擬音のつきそうな勢いで開かれたドアから姿を見せたのは、少し息を切らしたカーティスだった。
慌てて来たのか、いつものボサボサの髪の毛がより一層乱れている。
十分前にはネグリジェ姿だったルリエルは着替えが済んでいてよかったと心底ホッとする。
「ラグラン団長…」
そんなに急いでどうしたんですかと続けようとして、ぎゅっと抱き込まれてピシッと固まった。
「よかった…」
耳元で呟かれる。
え?え!
何!?
まだ夢の中なの!?
まさかわたしの願望?
夢の中にしてはしっかりとカーティスの温もりを感じて、真っ赤になって、再び意識を手放しそうになった時、
「何やってるの!またルリエルちゃんが倒れそうになってる」
ミランダがカーティスを無理矢理引き剥がした。
赤い顔で固まっているルリエルを見て、パッと離れて二、三歩後ずさった。
気まずげに目を逸らしたその顔は赤くなっている。
「悪い。丸一日目覚めなかったから心配してたんだ」
「いえ、ご心配おかけしました」
ルリエルは熱った顔を隠すように、俯いて小さな声で返す。
赤い顔して、互いにモジモジしている二人に、メイドは目を少し見開いた後、無表情を装いつつ、生温かい視線を送る。
「カーティス、あなた自分で事後説明するって仕事抜けて来たんでしょ?早くしないと時間切れになるわよ」
最初は微笑ましそうに見ていたミランダも、あまりに長く二人の世界に入っているので、少し呆れて現実に引き戻した。
「そうだな」
現実に戻ってきたカーティスはこほんと咳払いをすると、表情を引き締めた。
ソファの向かいに座ったカーティスが語った顛末に、ルリエルは驚きのあまりソファから転げ落ちそうになった。




