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貧乏令嬢、魔法師団で働く  作者: 桃田みかん


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20.飛竜襲来

 ルリエルは寮の自室から魔力を増幅させる魔道具、ブレスレット型になっているそれを手に着け王宮の建物を出て、ふと気づいた。


 どうやって魔法学園まで行くのか。

 馬が借りられれば、魔法学園まで十五分くらいで行けるけど…


 飛竜の襲撃に備えて、騎士や魔法師が慌ただしく行き来している。


 こんな中、ただの文官が馬や馬車を借りるなんて、できそうにない。

 歩いて行くと二、三時間かかる。



「お前、こんなとこで何やってるんだ」

 乗合の馬車に乗るべきか考えていると、後ろから突然声をかけられて、ルリエルは肩をピクリと揺らした。


 振り返ると、黒のローブを羽織ったサイラスが不審げな顔をして、こちらを見ていた。


「飛竜の襲来に備えて、騎士と魔法師以外は王宮内に待機するように言われなかったか」

「そうなんだ。ちょっと席を外してたから入れ違いになったのかも」

 サイラスの待機という言葉にルリエルの顔が曇った。


 元々、飛竜が魔獣の瘴気にあてられていて、その瘴気を癒しの魔法で祓えるのではないかというのは推測でしかない。待機命令が出てる中、無理に魔法学園に行けるような根拠がない。


 内心、ため息を吐きつつ、ふとサイラスのローブが研究室の者が着ている白ではないことに気づいた。


「サイラスはどうしてここに?ローブも黒だし」

「俺は一応、戦えるから、有事の時は応援に入ることになってる。ちゃんと訓練も積んでるからな。今はここが俺の持ち場だよ」

「へぇ、さすがだね」

 適当に相槌を打ちながら、これからのことを考える。

 とにかく、王宮から出られないなら、仕方ない。

 サイラスとあんまり喋っていると、また変に絡まれそうだし、「それじゃあ、戻るね」と踵を返そうとした。


「ルリエル、それ、手にしてるやつ何?」

 サイラスがルリエルの手首にあるブレスレットを凝視している。


「え?あっ、これ?」

 ルリエルは左手首を着けたブレスレットを右手で触った。

 シルバーのシンプルなブレスレットに大きい透明な魔石が付いているので、少し目立っていた。


「魔道具だよな」

 何を言われるのかと、構えていると

「そんなに嫌そうな顔するなよ」

 眉間に皺を寄せるルリエルにサイラスは苦笑を浮かべた。

「これまでの態度が悪かったし、仕方ないか」

 サイラスはふぅーと大きく息を吐き出すと、ちょっと気まずそうしながらも、頭を下げた。

「今まで絡んで悪かったな」


 サイラスから謝られるなんて、思ってもいなかったルリエルは目を瞬かせる。


「どうしたの。急に」

「んー、いつまでもガキっぽい態度をとるなって団長に…」

途中まで言いかけて、後半をむにょむにょと口を濁した。


「これでも、ルリエルの魔道具を作る才能には一目置いてるんだ。悔しいけど、俺よりセンスがあると思う。それなのに、魔力量が少し多いだけのバカに何も言い返さない上に普通の文官になるって。俺より才能あるのにってイラッとしてたんだ」

「え…嫌われてるから絡まれるのかと…」

 戸惑った表情のルリエルに「そうだよな」と乾いた笑みをこぼした後、がっくりと肩を落とした。



「と言うことで、ルリエルが作った物に興味があるんだ。それ、見せてもらっていい?」

 興味津々といった感じで目を輝かせているサイラスが大好きなおもちゃを前にした犬みたいで、まぁ、いいかとブレスレットを差し出した。


「ありがとう」

 パァッと笑顔になるサイラスに、この人は誰なんだろうと呆気に取られる。


 サイラスは嬉しそうにブレスレットを手に取り,魔石の部分を中心に色んな角度から確認した後、真面目な顔でルリエルを見た。


「これは何に使うつもり?」

 ん?

 サイラスの問いに本来の目的を思い出す。


「ルリエルが得意な魔法は癒しだったよな?魔力を増幅させる魔道具を使って何を」

 サイラスが問い詰めようとしている時に上空から

「キュイー」

 と鳴き声が響き渡った。


 その不穏な甲高い鳴き声を追って空を見上げると、王宮に向かって飛んでくる大きな羽を持つ黒い物体が目に入った。


「飛竜…」

 同じように空を見上げる騎士たちの中の誰かが呟いた。


 先程までの喧騒が嘘のように、一瞬の静寂が訪れた後、厳戒態勢を引くべく、あちらこちらから厳しい声が飛ぶ。


「ルリエルは中に入れ。建物内には外よりも強固な結界が張られてるから」

 サイラスは厳しい顔を上空に向けたまま、ブレスレットを返した。


「え、ちょっと待って待って」

 サイラスに王宮の建物内に押し込められそうになって、慌てて遮った。

「確かめてみたい仮説があるの」


 偶々飛竜の方からこちらに来たのだから、仮説を確かめてみたい。


「何の仮説か分からないけど、ルリエルは戦闘向きじゃないんだから、ここは危険だし、一旦引いた方がいい」

「今じゃないと意味がないのよ」


 二人で押し問答をしていると、突然、目の前の空間が歪み、そこからカーティスが姿を現した。


 カーティスは上空の飛竜を確認すると、ルリエルをチラリと見た。

「何をやってるんだ。ここは危険だ。早く中に入れ」

 いつにない厳しい調子で言われて、ルリエルは少し怯んだが、仮説が正しければ、飛竜の被害がぐっと減るかもしれないと自分を鼓舞して、カーティスに食い下がった。


「待って下さい。飛竜は魔獣の瘴気に当てられて暴れているなら、瘴気を祓えば大人しく山に帰って行くはずなんです。もし、癒しの魔法で瘴気が少しでも祓うことができたら被害が少なくてすみます」

 ルリエルの必死な様子をじっと見つめた後、カーティスは飛竜に目線を戻し少し考える表情をした。

「それは確かなのか」


「確実ではないですけど…仮説だから確かめてみたいです」

「方法は?ルリエルの魔力では目に見えるほどの効果が見られないんじゃないか」

 カーティスは上空を旋回する飛竜から目を離し、試すような目でルリエルを見ている。


「これを使います」

 先程サイラスから返してもらったブレスレットをカーティスに見せた。

「魔力を増幅する魔道具です。一回しか使えない物ですけど、威力としては五倍になります。だから、完全にとはいかなくても変化くらいは分かると思います」

「五倍…」

 カーティスはルリエルが手に持つブレスレットを暫し見つめた後、意を決したように顔を上げた。


「分かった。まだ飛竜には一つもダメージは与えられてないから、癒しの魔法をかけたところで今以上に危険になることはないだろう。やってみろ。カバーは俺たちがする」


 え…本当に試していいの?


 ルリエルは思ったより、あっさりと承認されたので、現実感が湧かず、次々に指示を出すカーティスをぼんやり見ていた。


 漆黒の髪は相変わらずボサボサだけど、現場でのラグラン団長の金色の瞳はキリッとしていて、倍増しで格好いい気がする。

 なんだか後光が差して見える気すらするくらいだわ。


「クレー騎士団長、騎士たちを少し下がらせてくれ。飛竜の瘴気が祓えるか試してみる。キールとサイラスはルリエルが魔法を使う間、こちらに攻撃されないように防御壁を作ってくれ」


 ルリエルがそんな能天気なことを考えてるとは思ってもいないだろうカーティスは必要な指示を終えると、ルリエルを振り返った。

「ルリエル、飛竜は上空を飛んでる。あそこまで魔法は飛ばせそうか?」


 問いかけられて、はっと現実に戻ったルリエルは相変わらず上空を旋回している飛竜を見上げた。


「ここまで離れた距離で魔法を使ったことがないので…」

 離れている距離も不安なら、動き回る飛竜に命中させられるかも不安だ。

 ルリエルがよく使う癒しの魔法は基本、対象が動き回ることがなかった。

 今まで命中させることを意識したことなどなかったのだ。


 実践してみる段になって、やってみようとしていたことが、自分にはかなり難しいことだったと気付く。


「分かった。俺が補助する。癒しの魔法だから、外れても悪いことにはならない。気楽に思う通りにやってみろ」

 顔を強張らせたルリエルの頭にカーティスがポンと手を載せた。


 温かい手の重みを感じたその瞬間、身体の強張りが解けた。


 元々、仮説だ。

 飛竜の瘴気が祓えなかったとしても、事態が悪化するわけじゃない。

 ラグラン団長がくれたチャンスだ。

 やれるだけやってみよう。


ルリエルは覚悟を決めて、上空を飛ぶ黒い飛竜を見上げた。

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