19.不穏な足音
ミランダと話して一週間、ルリエルは自制心を総動員して、なんとか平静を装っていた。
どうすればいいのか、さっぱり分からない。
告白して、振られた後にこのほぼ二人の職場には耐えられないと思う。
居た堪れなさ過ぎる。
チラリとカーティスを見て、こっそりため息を吐く。
それでも、手を止めることなく仕事していると、バタバタという足音と共に副団長のキールが駆け込んで来た。
いつもは落ち着いた雰囲気のあるキールのいつにない慌てた様子にルリエルは目を見張った。
「魔法学園から救援要請です。魔獣の群れと飛竜が現れ、現在、学園教師、一部生徒で魔獣に応戦中です」
「飛竜!?」
キールの衝撃的な報告にカーティスがガタッと音を立てて立ち上がった。
魔法学園に飛竜!
魔法学園に入学したばかりの弟の顔が頭に浮かび、血の気が引いていくのが自分でも分かった。
空を自由に飛び回り、皮膚が硬く攻撃が通りにくい飛竜は討伐が非常に難しい。
その為、前回、飛竜が現れた時、多くの犠牲者と街への甚大なる被害が出た。
カーティスの厳しい表情が今の状況の悪さを感じさせる。
カミルの無事を確かめたい。
そんな危険な飛竜がいる現場に行くラグラン団長を引き留めたい。
叫び出しそうになる気持ちも押し込めて、ぎゅっと口を引き結んだ。
「アドルフと俺は転移にて先発する。第一部隊に魔法学園急行するように伝えろ。あとミランダとイーサンにも連絡を。残りは王宮で飛竜に備える。ここでの指揮はキールに任せる」
カーティスはさっとローブを纏って、部屋を出る瞬間、ルリエルの方を見た。
大丈夫だと言うように大きく頷くと、そのまま部屋を出て行った。
その頼りになる大きな背中に無事を祈る。
わたしの力では足手纏いにしかならない。
大丈夫。ラグラン団長は強い。
わたしができることをやろう。
無駄になってもいいから。
ドアを開けると、外は人々の慌ただしい足音と大きな声で出される指示が入り混じって混沌としている。
その間を縫ってルリエルは急いで寮に戻ると、作り溜めていたポーションを鞄に入れて、また、部屋を飛び出した。
カミルが魔法学園に入ってから「カミルにつけていた家庭教師代が要らなくなったから仕送りの金額を減らして自分のために使いなさい」と父に言われて最近、ポーションを売りに行く回数が減っていた。
それでも、その内売りに行こうと作っていたので、五十本くらいある。
「ミランダさん!」
治療院の近くまで行くと、今まさに出掛けようとしている厳しい面持ちのミランダたちを見つけた。
慌てて駆け寄ったルリエルは乱れた息を整える間もなく、ポーションが入った鞄をミランダに差し出した。
「これ、よかったら使ってください。効果は高くはないですけど、魔力と体力の回復と怪我を少しだけ治すことができます」
治療師の数は少ない。
魔法師団には三人しかいない。
怪我人が多ければ手が足りないし、魔力には限界がある。
魔力回復ポーションは、続けて飲んでも効果は次第に落ちていく。
重傷でないなら、ポーションで十分な効果がある。
魔法師団にポーションの備蓄があるのは分かっていたが、魔法師団の物は魔力、体力、怪我にとそれぞれ分かれていた。
効果を重ね掛けすると、それぞれの効果が薄くなるのと、コストが高くなるからだ。
「ルリエルちゃん特製ね」
ミランダが固くなっていた表情を緩めて、鞄から一本取り出して瓶を光に透かした。
稀に微量の魔力を通すと、その成分、効能が分かる人物がいて、ミランダはその力を持っている人物だった。
「これなら使えるわ」
頷くと、鞄に瓶を戻した。
「ありがとう。じゃあ、行ってくるわ」
手を振って、ミランダたちは魔法学園へと向かって行った。
ルリエルはそのまま王宮図書館に行き、飛竜について書かれた本を何冊か借りて、執務室に戻ってきた。
何故飛竜が魔獣の群れと同時に現れたのか。
飛竜に弱点はないのか。
ちょっと調べたくらいで分かるようなら、今まで討伐に苦労していないと分かってはいる。
それでも何か役立つことが少しでもあればと、隣国の言葉で書かれた本も読み進めていく。
飛竜について書かれた部分を中心に読み漁って、隣国で最近発行された書物の中に気になる部分を発見した。
「飛竜は高い山の頂上付近を住処としていて、山から下りて来ることは滅多にない。
しかし、魔獣が大量発生すると、それに伴って平地にも姿を見せることがある。
普段は大人しい飛竜が凶暴化することから、魔獣が振り撒く瘴気に当てられている可能性がある。」
魔獣の瘴気に当てられて…
これが本当なら、瘴気を払えば飛竜は正気に戻って山に戻って行くかもしれない。
ただ瘴気を払う聖属性の魔法を扱える魔法師がこの国にはいない。
だけど、もしかしたら…
癒しの魔法は光属性の魔法だけど、聖属性にも癒しの魔法があって、聖属性の魔法の劣化版的な扱いだ。
もし、聖属性に比べれば効果が落ちたとしても、少しでも瘴気が払えれば…
治療師なら、癒しの魔法が使える。
ルリエルは光明を見つけた気がして、立ち上がったものの、またストンと腰を下ろした。
今、治療師たちは怪我をした人たちを癒すのに、奔走してるはず。
そんなただの希望的観測で貴重な治療師の魔力を消費する訳にはいかない。
わたしにもう少し魔力があれば試すことができるのに…
待って、あれを使えば出来るかも。
魔力を増強させる魔道具。魔石で魔力を補強させる形なので使い捨てで、コストパフォーマンスが悪い。
ルリエルは手作りで節約したものの、使う魔石が大きくて良質な物なので材料費が高く、勿体無くて結局使えず仕舞い込んだままになっていた。
再び、立ち上がって、飛竜襲来の報に混乱している人々をかき分け寮の自室へと急いだ。




