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貧乏令嬢、魔法師団で働く  作者: 桃田みかん


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17/25

17.姉と弟 

 訓練場の中央で魔法師団の訓練が行われていて、見学席には多くの若い令嬢たちと魔法好きの人たちが魔法師たちに熱い視線を送っている。


 ほとんどの令嬢たちのお目当てはアドルフらしく、彼が魔法を放つ度、キャーキャーと黄色い声が飛ぶ。


 彼女たちから少し離れた席にカミルと並んで腰掛けたルリエルはあまりな熱狂振りに苦笑いだ。


「あの上級魔法師の人、すごい人気だね」

 カミルが目を丸くして、騒がしくも華やかな一角を見ている。


「ファンクラブもあるらしいわよ」

「へぇ。でも、僕は魔法師団長の方がいいと思うけどな」

 カミルは魔法師たちに囲まれて指導を行っているカーティスをキラキラした目で見ている。


「男の子から見たら、そうかもね」

「姉さんもそう思わない?魔法師団長の方が真面目で誠実そうに見えるけど」

 カミルの率直過ぎる意見に、なんとも言えなくて苦笑するしかない。


 アドルフさんもああ見えて一途なんだけど、今のアドルフさんは胡散臭い笑みで女性陣に愛想を振りまいてるからなぁ。


 アドルフが使っている魔法は精度も高く、的を外すようなことがないが、訓練中でも、一人だけ緩い雰囲気を纏っている。


 視線を感じたのか、アドルフがルリエルの方を見て、にこにこと笑って手を振ってきた。


 げっ!なんでこんなとこで手なんて振るの!?


 それを見た令嬢たちから一斉に鋭い視線が飛んできて、俯いて身を縮こませて見なかった振りをすると

「キャー!手を振って下さったわ!」

 後ろでキャッキャと騒ぐ声がする。


 そっと振り向くと、十五、六歳の令嬢三人が頬を染めて手を振りかえしていた。


 なんだ、後ろの女の子に手を振ったのか。

 恥ずかしい。勘違いするとこだったわ。


「あれ、姉さんに手を振ったんだよね?」

 ホッとしてこっそり息を吐いてるルリエルにカミルが周りに聞こえないくらいの小さな声で言う。


「そんなことないんじゃないかな」

 アドルフさんはミランダさん一筋なのに、変な誤解をされて彼女たちの怒りを買うのは勘弁してもらいたい。

 顔を引き攣らせながら、こんなとこで余計なことを言わないようにと弟に目で合図する。


「姉さん、僕は姉さんには魔法師団長みたいな人がいいと思うんだ」

 残念ながら、カミルにルリエルの合図はちゃんと認識されなかった。


「えっと、カミルくん、何を誤解してるのか分からないけど、どちらの方もしがない子爵令嬢には縁のない方よ」

 とんだ勘違い女だと思われそうで、慌ててひそひそ声で、カミルの間違いを指摘する。


 弟のカミルから見たら、大好きな姉さんだろうけど、他の人には何の価値もない貧乏令嬢だからね。

 カミルの姉を慕う気持ちは嬉しいけど、ちゃんと客観的な視点を持ってくれないと姉さん、困っちゃうよ。


「姉さんは自己評価が低過ぎるよ」

 カミルがやれやれとばかりに肩を竦める。

「あの上級魔法師の人はどうかわからないけど、魔法師団長は姉さんのことをちゃんと評価してくれてると思うよ」


「カミルはさっき初めてラグラン団長と会ったばっかりなのに、どうしてそう思うのよ」

 ルリエルは姉大好きの曇った目でカミルがまた適当なこと言ってると胡乱げな目で見た。


 カミルはちょっと小首を傾げた。

「うーん、男の勘、かな?」


 やっぱり適当だよ。

「はいはい。そうだったらいいわね」

 ルリエルは雑な返事をすると、訓練中の魔法師たちに目を戻した。


 カーティスが中央で五人の魔法師を相手にしていて、炎や風の刃で攻撃してくるのを防ぎつつ、彼らの足元から蔓を出して彼らの動きを封じている。

 カーティスはそこに怪我をしない程度の小さな雷で攻撃して、動くことのできない五人の魔法師たちは堪らずギブアップした。


 はぁ、相変わらず魔法の発動が早くて、正確。

 やっぱり、ラグラン団長は凄いわ。


 目を輝かせて魔法師団長を見つめている姉を、カミルはちょっとニヤけて見ていた。




 副団長のキールから訓練の終了が告げられると、女の子たちが一斉に出口に向かって走って行くのをルリエルはポカンとして見送っていた。

 貴族令嬢たちは流石に走ったりはしていないが、早足で移動して行く。


「みんな、なんであんなに急いで…」

「姉さんは公開訓練を見るの初めてなの?騎士団の公開訓練もそうだけど、女の子たちはお目当ての人がいて、その人に話しかけるために出口で出待ちをするんだよ」

「へぇ、そうなんだ。って、なんでカミルがそんなこと知ってるの」

 思わず口にした疑問にさらりと答えが返ってきて、カミルの方を振り返った。


 魔法師団付きの文官である自分より、ついこの間王都に出てきた弟の方が詳しいなんて!?


「クラスメイトたちがそんな話をしてたんだよね。まぁ、聞いてなくても分かるけど」

 カミルの言葉にルリエルはがっくりと肩を落とした。


 勉強ばかりしていて、クラスメイトと世間話すらろくすっぽしてなかったんだなぁ。

 私ってもしかして常識的なことを知らないのかも…




 ルリエルとカミルは他の見学者が訓練場から出たのを見計らって席を立ち、最後に外に出た。


 案の定、アドルフが女性たちに囲まれている。

 嫌な顔ひとつしないで、愛想よく彼女たちと話しているのを見て、慣れてるなと感心する。


 そこから視線を横にずらすと、カーティスが一人の女性に話しかけられているのが目に入った。

 華やかな雰囲気の美人で、着ている物や所作から、貴族令嬢らしさが窺える。

 少し離れているので、何を話しているのかは分からないものの、女性が差し入れらしきお菓子の包みを渡すのを見て、ルリエルはもやっとしたものが胸に広がるのを感じた。


 あれは有名な菓子店の包み紙だ。

 わたしの手作りの不恰好なクッキーなんて、必要ないじゃない。


 急に黙り込んで眉間に皺を寄せているルリエルの視線の先を辿ったカミルはどうしたものかと暫し考える。


「姉さん」

 モヤモヤしながら、カーティスと女性が話すのを見ていたルリエルはカミルに呼びかけられて、ピクリと肩を揺らした。


「今はまだ魔法師団長に婚約者とかがいるとか聞いたことがないけど、姉さんが立候補したいなら早いうちにした方がいいと思うよ」

 ルリエルはカミルの婚約者立候補発言に目を見開いた。


「きっ急に何言い出すのよ」

 カミルは笑って、焦った様子のルリエルの眉間を指差した。

「眉間に皺が寄ってる。魔法師団長が他の女の人と話してるのが嫌なんじゃないの?」

 カミルの指摘に慌てて眉間を押さえる。


「姉さんは自分の幸せだけを考えて。父さんが政略結婚の話を断っていられるうちにね。姉さんは知らないだろうけど、幾つも縁談の話は来てるんだよ。姉さんは優秀だから。今はまだ同格か下の爵位の家からしか来てないから、断れるけど、上からの話だとうちの状態じゃ断れない」

 ルリエルは初めて聞く話に目を瞬かせた。


「縁談?」

「父さんは姉さんが自分で選んだ人とって思ってるんだよ。だから、姉さんは好きな人をちゃんと捕まえて」


 少し大人びた弟が悪戯っぽく笑った。


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