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貧乏令嬢、魔法師団で働く  作者: 桃田みかん


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16/25

16,公開訓練

「あれ?今日は休みじゃなかったのか?」

 今日休ませてほしいと言っていたはずのルリエルが魔法師団長の執務室に現れて、カーティスが首を傾げた。


 アルギナの森の魔獣討伐後は魔獣の出没も少し落ち着いて、小康状態。

 ルリエルは今日、前もって休暇を申請していた。


「そうなんですけど、もう少ししたら、弟が魔法師団の訓練を見学に来るんで、時間まで仕事しようかと思って」

 今日は月に一度、魔法師団の訓練を公開する日だった。


「弟?王都に出て来てるのか?」

「魔法学園に入学することになったんで、出て来たんです」

 先日、入学式すませた弟のカミルはルリエルが魔法師団で働いていると聞いて、姉に会うついでに魔法師団の訓練の見学をしたいと連絡してきたのだ。


「へぇ、弟も魔法学園に入ったのか。訓練開始まであと一時間ほどだな」

 カーティスが手元にある時計をチラリと見た。


「ルリエルは今日休みなんだから、仕事をしなくていいんだけど」

「なんだか落ち着かなくて。弟と会うのは久しぶりで、早く来過ぎちゃいました」

 カーティスは嬉しそうに笑うルリエルを微笑ましそうに見て、書いていた書類を処理済みの箱に入れた。


「折角来たので、ちょっとお茶でも淹れますね」

 仕事しなくてもいいと言われても、手持ち無沙汰で、棚からティーセットを取り出した。

 水の入ったケトルをコンロ型の魔道具の上に載せて魔力をちょっと流すと、火で沸かすより早くお湯が沸く。


「ありがとう。じゃあ、ちょっと休憩するか」

 ルリエルはソファに移動したカーティスの前に淹れたての紅茶と茶菓子のクッキーの入った皿を並べた。


「このクッキーはルリエルが持っていたのか?」

 お茶のセットは王宮のメイドが毎日整えて置いて行くのだが、いつもは茶菓子までは用意されていない。


 カーティスが少し戸惑ったような顔をして、いかにも手作りっぽいクッキーを見つめている。

「寮の調理場を少し借りて作ったんです。弟へ渡すために作ったクッキーの残りで申し訳ないんですけど。見かけはちょっとでも味はまずまずだと思います…多分…」

 あまりにまじまじと見られて、ちょっと焦げた場所や欠けたところを見つけて、自信がなくなってきて声が尻窄みになっていく。


「えっと、やっぱりなしで!」

 ルリエルは急いでクッキーの皿を下げようと手を伸ばした。


「待った」

 カーティスはルリエルの手が届く寸前、クッキーの皿を慌てて手に取った。

「丁度甘いものが欲しいと思ってたところだ。折角だから、頂くよ」

 皿を手に持ったまま、クッキーをひとつ口の中に放り込んだ。


「え…」

 ルリエルはカーティスのクッキーを取られまいとするような行動に唖然となる。


 ラグラン団長って、そんなに甘いものが好きだったんだ。

 確かにミランダさんも団長は甘いものが好きだって言ってたし、ケーキ屋さんにもついてきてくれたものね。


 甘いもの好きの人の目の前にクッキーを出して、後で取り上げる様なことをしようとしたなんて、酷いことしちゃったのかしら。


「あー、うん、美味しいよ」

 自分の行動が少し恥かしかったのか、クッキーの皿をテーブルに戻したその頬が若干赤い気がする。


「ルリエルもそこに座って、お茶でも」

 カーティスがティーカップに紅茶を注いで、自分の向かい側に置いた。


 ラグラン団長と向かい合って二人でお茶!?

 仕事でいつも一緒の部屋にはいるが、向かい合ってお茶を一緒に飲んだことはなかった。

 いつも、それぞれ執務机で休憩していたのだ。


 どうすべきか戸惑いつつ、既に紅茶の注がれたカップを前に、遠慮するのも却って失礼かと、カーティスの前のソファにおずおずと腰掛けた。


「ルリエルはよくクッキーを作るのか」

「領地にいた時はよく弟たちに作ってましたよ。こっちにきてからはあんまり作ってないですけど」

「そうか。弟とは随分仲がいいんだな」

「そうですね。父も母もいつも忙しくしていたんで、自然と私が弟たちの面倒を見ることになって。二人ともよく懐いていてくれてます」

 幼い弟と妹がついて回っていた様子を思い出して、自然と顔が綻ぶ。


 それを見たカーティスもつられたように口角を上げて、ティーカップを手に取り紅茶を飲んだ。



 コンコン

 扉をノックする音がして、カーティスが返事をすると副団長のキールが顔を覗かせた。

「そろそろ公開訓練の時間なんで、訓練場へ…」


 カーティスとルリエルが向かい合って、お茶を飲んでいるのを見て、目を瞬かせた。

「なんで初めてのお見合いみたいな空気なんですか」


 悪気ないキールの一言にカーティスとルリエルは口にしていた紅茶を危うく吹き出しかけた。


「何言ってるんだ」

 カーティスはちょっと目元を赤くして、キールを睨むとソファから立ち上がった。


「さっさと訓練場に向かうぞ。ルリエルも早く行かないと弟が待ってるんだろ」

「あっ、はい」

 ルリエルはカーティスに急かされて、テーブルの上をさっさと片付けて二人の後に続いて部屋を出た。


 残っていたクッキーをどうしようか一瞬迷い、持ってくる時に入れていた袋に戻して、そっとカーティスの執務机の上に置いた。


 あれだけクッキーが好きそうだったんだから、一応、残しておいた方がいいよね。いらなきゃ捨てるだろうし。


 ルリエルは自分が作ったクッキーを美味しいと言って食べてくれたのを思い出し、ほっこりした気分のまま訓練場に向かった。





 訓練場の入り口の前で、栗色の髪に藍色の瞳の少年が待っていて、ルリエルを見つけると、嬉しそうに駆け寄って来た。

「姉さん、久しぶり」


「久しぶり、カミル。大きくなったわね。元気だった?」

 久しぶりに会う弟は、背がぐっと伸びて少し逞しくなっていた。


「元気だよ。姉さんこそ大丈夫なの?無理してない?僕たち姉さんに世話ばかりかけてるから」

 少し眉根を寄せて心配そうな顔になる。

 身体は大きくなっても、かわいい弟のその様子にルリエルは内心デレデレである。


「彼が弟君?」

 まだ近くにいたカーティスの言葉にルリエルははっとして、デレっとしかけた顔を引き締めた。

「弟のカミルです」

「カミル・ティールストンです。よろしくお願い致します」

 濃い紫のローブを身に纏う人物が誰か分かったのか、カミルは緊張した面持ちで挨拶をする。


「魔法師団長のカーティス・ラグランだ。君のお姉さんにはいつも世話になっている。今日はゆっくり見学していってくれ」

 カーティスはふっと一瞬笑みを浮かべた後、顔を引き締めて訓練場に入っていった。


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